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  交際宣言(2)

「司くん、少し時間が早いけれど、一緒に酒でも飲まないか?」

 香奈の父親が穏やかな笑みを浮かべ聞いてくる。

 香奈からは、『父親は優しくて母親が怖い』と聞いていたが、これまで見た感じだと本当に温厚そうな人物だ。


「いえ、今日は……」

「お父さん、先輩車で来てるから、お酒は飲めないよ」

「何言ってんの、泊まってもらうってさっき言ったでしょ。――ねぇ司くん、お父さん初めて娘の彼氏と一緒にお酒を飲めるって、すごく楽しみにしていたのよ。ぜひつきあってあげて?」

 香奈のフォローをあっさり切り捨て、母親の幸子さんが俺に向かって微笑みかける。


「ちょっとお母さん、さっきから強引すぎだってば。先輩に失礼だよ」

「失礼なのはどっちよ。両親にわざわざ挨拶に来てくれる彼氏のことを『ただの部活の先輩だ』なんて紹介するバカがどこにいるの!」

「うっ……」

「遊びに来るだけなんて嘘までついて!」

「だっ、だって、挨拶しにくるなんて言ったらお母さんが強引に捕まえちゃうじゃん!」

「何をいまさら。結婚したいとまで言ってんだから、もうすでに捕まってんでしょうが、あんたに」

「えぇっ、私に!?」

「本当に気が利かない子でごめんなさいねー司くん。ほら、香奈も謝りなさい!」

「ご、ごめんなさい?」

「司くんのお茶がなくなっているわよ」

「あ、はいっ」

 香奈が慌てて立ち上がり、台所へと向かう。

 そのやり取りに思わず笑ってしまった時、幸子さんもくすくすと笑いだした。


「ごめんなさいね、なんだか騒々しくて。……あのね、司くん。あの子は誤解しているみたいだけど、私たちは誰でもいいから早く香奈をもらってほしいと思っていたわけじゃないの。スポーツマンやカッコいい息子にこだわっていたわけでもない」

「はい」

「親はいつか必ず先立ってしまうものでしょう? あの子は一人っ子だし、とても不器用な子だから、一人にしてしまうのが怖くって。あの子の本当の良さを分かってくれる人が見つかるまで、根気強く探していくつもりだったの」

「……はい」

「まだ二人とも若いし、司くんにプレッシャーをかけるつもりもないんだけど……どうか香奈のことを、これからもよろしくお願いします」


 二人が姿勢を正し、自分の子供とほとんど歳の変わらない俺に深く頭を下げる。

 その姿に今の香奈を作り上げた原点を見たような気がして、正直胸を打たれた。


「……はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」




 ――結局その日は、香奈の実家に泊まらせてもらうことになった。

 幸子さんの勢いに負けたというのもあるが、俺自身、もう少しこの人たちと話していたいと思ったせいでもある。


「司くんってお酒強いのねぇ。頼もしいわ」

「あぁ、本当に。一緒に飲んでいて楽しいよ」

「お二人とも結構強いんですね。香奈さんは弱いのに」

「そうなのよ。一体誰に似たんだか……。部活の飲み会とかで香奈が迷惑をかけてない?」

 隣に座る香奈が、言わないでくれと目で訴えてくる。

「……自分がその場にいる時だけ飲むようにと言ってあります」

「やっぱり迷惑をかけたことがあるのね? 本当に手のかかる娘でごめんなさいね」

 幸子さんの言葉に、香奈が小さく肩を落とした。


 夜も更け、風呂を借りて用意してくれていたパジャマに着替える。

 普段こんなものを着ないせいか、俺を見た香奈が顔を赤らめ、慌てて目をそらした。


「司くん、少し狭いけど、お布団は香奈の部屋に置いてあるから」

「ありがとうございます」

「えっ、なんで私の部屋? 客間があるじゃん」

「何言ってんの。普段ずっと一緒にすごしているんでしょう? お布団は別だし、わざわざ部屋まで分ける必要ないじゃない」

「やだよ、それなら私が客間に寝る!」

「どうしてよ」

「だって……お母さんそんなこと言っといてさ、明日の朝私が起きてきたとき、ぜったいニヤッて変な顔で笑ったりするんでしょ!」

「しないわよ、子供じゃあるまいし。っていうか、あんた親のいる家で一体何をする気?」

「なっ、何もしないよ!!」

「心にやましいところがあるから、そういう発想が出てくるのよ」

「ええっ!?」

「おい、いいからもう寝るぞ。――すみません、今日はいろいろとありがとうございました。おやすみなさい」

「はい、おやすみ」

「また明日」

 二人に見送られ、真っ赤になって固まっている香奈を掴み、二階へと上がる。


「部屋はどこだ?」

「あ、そこで……ああっ、ちょっと待ってください! 汚くなかったか先に見てきます」

「今さらだろ」

 止めるのも聞かず部屋に入る。

 学習机に小さなベッド、本棚がおいてあるシンプルな部屋。

 そこはマンションの香奈の部屋と同様に、すっきりと片付けられていた。


「普通だな……もっと最初の頃のお前の部屋みたいに、ビラビラしたレースとかがあるかと思った」

「あぁ、あれは今年のお正月に帰ってきたとき、落ち着いて眠れないからって言って全部交換してもらったんです」

 答えた香奈が、赤い顔のまま所在なさげに立ち尽くす。


「あ、あの、先輩のお布団敷きますね」

「別にいい。ベッドだけで充分だろ」

「え、でもこのベッドシングルだし、狭いし」

「お前の部屋のと同じだろうが。なに意識してんだよ。やましいことはしないんだろ?」

ベッドに座り引き寄せると、香奈が腕の中で慌てて体を離した。


「せ、先輩、お願いですから……」

「写真は?」

「へっ、写真?」

「一昔前の、カンフー映画の俳優のヤツ。まだとってあるんだろう?」

「ちっ、違うんです! あれは私が買ったわけじゃなくて、隣の格闘技好きのおじいちゃんからもらってですねっ!」

「それを、ずっと大切に隠し持っていたわけか」

「うっ」

「見せろよ」

「も、もう捨てて」

「まだあるよな?」

「…………」


 涙目になった香奈が悲しげな顔で机へと向かい、引き出しの奥に手を突っ込む。

 取り出したのは、子供っぽいピンクの写真立て。

 その中で勇ましくポーズを決めるアクションスターを見て、思わず噴き出した。


「うう、幸子も先輩も酷いです。人の恥ずかしい過去を容赦なく暴くなんて」

 悲しげに睨まれても、笑いが止まらない。

「普段は全然笑ってくれないくせに、こんな時だけ……もう恥ずかしすぎてお嫁に行けません」

 香奈がベッドの横に座り、いじけて枕に顔を伏せる。

 ひとしきり笑った後、香奈の抱える枕に手を伸ばし一気に引き抜いた。


「わっ……先輩?」

「行くんだろ?」

「えっ?」

「嫁。――来るんだろう?」

 息をのむ香奈をベッドの上に引き上げる。

 そのまま自分の下に組み敷くと、香奈が目を丸くして俺を見上げてきた。


「今日、来てよかった。いいご両親だな」

「……なんだか、無理やり約束させちゃったみたいで……強引過ぎて、来たことを後悔したりしませんでしたか?」

「いや、全然。承諾してもらえて安心した」

「もしかして、さっきまでずっと緊張していたんですか? なんだかいつもより笑顔が多いし」

「そうかもな」

「わぁ、先輩でも緊張することがあるんですね!」


 こんな状況で緊張しないヤツがいるなら見てみたい。

 一人娘を遠く離れた場所に就職させたあげく、面識もない男と同棲させる――。

 かなり無理のある願いだということは分かっていた。香奈が卒業するまで、何度でも頭を下げに来るつもりだった。

 それをまさか、こんなに早く認めてもらえるなんて。


「司先輩、せっかくだから、もうしばらく笑っていてください」

「なんでだよ」

「だって次はいつ見れるかわからないし……。しっかり目に焼き付けておかないと」


 相変わらず鈍いこいつは、着々と自分の周りを固められていることに気付きもせず、のんきにそんなことを言う。

 それがおかしくて少し笑うと、香奈がまた嬉しそうに顔をほころばせた。

 柔らかな髪に触れ、唇を寄せる。そのまま服の中へと手を滑らせると、香奈が慌てて俺の肩を押してきた。


「んっ……せ、先輩、今日はダメです」

「このくらいは許容範囲だろ。お前が明日の朝態度に出さない限り、何をしたってバレやしない」

「……そんなの、絶対無理ですよ」


 香奈が弱りきった顔で呟く。

 その姿が可愛くて、そして胸を満たしていく喜びを抑えきれなくて、逃げ出そうとする香奈を捕まえ、また口づけた。


【交際宣言(完)】


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