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2、香奈の番犬

番外編第二弾。引き続き咲良視点です。

夏合宿から数か月後のお話になります。

 秋の風が心地よい、ある休日。

 広いグラウンドを見下ろせる芝生の上まで来ると、真剣な表情で練習に取り組む部員たちを眺め、腰を下ろした。


「はい、ラスト一本!!」

「さぁ行こっ!!」

「フォースリー、フォースリー!」

 様々な掛け声が飛び交い、オフェンス陣とディフェンス陣がにらみ合う。


「セット、ハットハット!」

 クォーターバックのコールを合図に、選手たちが激しく衝突する。

 そこにできたわずかな隙間を目指し、ボールを持った小太郎君が突っ込んで行った。


「ピーッ!」

 香奈ちゃんのホイッスルの音を合図に、重なり合うように倒れていた選手たちが次々と立ち上がる。

 一番下にいた小太郎君も素早く起き上がったのを見て、ほっと胸をなでおろした。



 * * *



「咲良ちゃん!」

 練習終了の挨拶のあと。

 満面の笑顔をうかべた香奈ちゃんが、芝生の斜面を駆け上がってきた。


「お疲れさま、香奈ちゃん」

「ずいぶん早かったね。ごめん、これからまだアフターがあるんだけど……」

「うん、気にしないで。ちょっと練習を見たくなって早く来ただけだから」

「それって、小太郎の?」

「もちろん」

「でへへへへーぇ」

「香奈ちゃん、顔が気持ち悪いよ。――そんなことより、お兄ちゃんまだ練習に出てるんだね。4年生はもう引退じゃなかったの?」


 先日の秋季リーグ終了と同時に引退したはずのお兄ちゃんは、いつも通りのユニフォーム姿で小太郎君と何か話している。


「うん、一応引退にはなったんだけど、先輩は春までに体がなまっちゃうといけないから練習には続けて参加するって言ってたよ」

「ふぅん、そうなんだ。――あ」

 私の声に反応して、香奈ちゃんが後ろを振り向く。

 そして近づいてくる人を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「咲良ちゃん、またあとでね」

「うん」


 香奈ちゃんが手を振り、斜面を器用に駆け下りていく。

 入れ替わるようにして目の前に立ったのは、ついさっきまでお兄ちゃんと話していた、私の好きな人。


「こんにちは、咲良ちゃん。ちょっと久しぶりだね」


 また少し逞しくなった小太郎君が、爽やかな笑みを浮かべ私の隣に腰を下ろした。



「今日はどうしたの? 香奈ちゃんに用事?」

「うん、このあと香奈ちゃんと買い物に行く約束をしているの」

 正確には、それにかこつけて小太郎君に会いに来たっていうのが一番正しいんだけど……。


 あのぐだぐだの告白から、はや数か月。

 携帯の番号とアドレスを交換し、時々連絡を取り合うようにはなったものの、リーグ戦で忙しい小太郎君の邪魔にならないようにと遠慮していたせいもあって、ほとんど進展はみられないまま。

 友達以上、恋人未満――その言葉をそのまま表したかのような私たちの関係は、どこまで踏み込んでいいものやら、なかなか加減が難しい。


「買い物か。司先輩も一緒に?」

「ううん、お兄ちゃんは別。一緒だと香奈ちゃんから色んな話を聞き出せないもの」

 小太郎君がくすりと笑う。


「そんなに色々と聞きだすつもりなんだ」

「うん。今ね、香奈先生から恋愛について学んでいるところなの――私の初恋成就のために」

 その初恋相手である本人に、しれっとそう言ってみる。

 小太郎君は一瞬キョトンとしたあと、プハッと吹き出した。


「いいね、香奈ちゃんが恋愛の先生か。まぁ頑張って」

 いたずらな笑みで返されたのは、そんなつれない言葉。

 どうやら恋人までの道のりは、まだまだ遠かったみたい……。

 ちょっと落ち込みながら、グラウンドに目を向けた。


 アフターという居残り練習の前の休憩時間なんだろうか。重そうなショルダーとヘルメットを脱ぎ、木陰で涼んだり腰を下ろして楽しげに話したりと、みんな思い思いに過ごしている。

 そして沢山の荷物が置かれたベンチの前で急がしく働く香奈ちゃんのそばには、今日もあの雄大君がぴったりと張り付いていた。


「……ねぇ、小太郎君。合宿の時から思っていたんだけど、香奈ちゃんと一緒にお水を汲みに行くのは雄大君の仕事って決まっているの?」

「ん、雄大?」

 小太郎君がグラウンドに目を向ける。ちょうど雄大君と香奈ちゃんが仲良く一つずつ、お水のタンクを抱えたところだった。


「あぁ、違うよ。一年が手伝うと決まっているだけで、別に雄大に限定されているわけじゃない。――ただ、あの雄大の幸せそうな顔を見たら、みんな邪魔できないと思って遠慮するんだろうな」

「本当に香奈ちゃんのことが好きなんだね。あんなに仲良さそうにしていて、お兄ちゃん焼きもちやいたりしないの? 四年生の先輩たちに聞いたけど、『香奈の番犬』って呼ばれるほど、雄大君は香奈ちゃんにべったりなんでしょう?」

「司先輩は気にしないよ。むしろ、先輩にとっても雄大がそばにいた方が好都合かも」

「どうして?」

「トイレにでも行くふりをしてさ、二人の後をこっそりついて行ってごらんよ。『番犬』の本当の意味が分かるから」


 そんなことを言われたら、ついて行きたくなるに決まってる。

「行ってくる」

 急いで立ち上がり、水汲みに向かう香奈ちゃんたちの後を追う。

 何とか気づかれずに追いつくと、適度な距離を開け、その会話に耳を澄ませた。



「――ねぇ、雄大君。三丁目の『カレー屋一番』にさ、10人前カレーっていうメニューがあるの知ってる?」

「知ってますよ。制限時間内に全部食べきったらタダになって、挑戦者の写真が張り出されるやつですよね。たしか柔道部のヤツが成功していたような」

「そう、それ! 昨日久しぶりに先輩たちと食べに行ったらさ、新たに13人前カレーっていうのができててね、さっそくラグビー部の人たちが挑戦していたんだよ。全員あと少しのところでギブアップしたみたいだけど」

「そうなんですか?」

「あそこ、もともと量が多いもんね。なんかさ、同じS大の運動部としては、ラグビー部に先を越されちゃうのは悔しい気がして、失敗した時ちょっとホッとしちゃった」

「――今日、行ってきます」

「えっ?」

「帰りに寄って、記録を残してきますね」



 ――なんだろう。このあまりにも平和で健気すぎる会話は。


 てっきり、雄大君が香奈ちゃんを口説きまくっているとばかり思っていたのに。

 ついでに、もしそんなことをしていたら、さりげなく邪魔をしてやろうとも思っていたのに……。


 まさに至福の時といった感じの、締りのない顔。

 背の低い香奈ちゃんに合わせ巨体を丸めて話す雄大君の姿は、どこからどう見ても従順なペットか、強面のぬいぐるみのようにしか思えない。


 これの、一体どこが番犬?

 内心首を傾げた時、それは起こった。


「おっ、香奈ちゃんだ。超かわいー」

 通りかかったラグビー部員のごく小さな声に、雄大君が鋭く反応する。

 ――こっ、怖っ!! 雄大君の顔、怖っ!!


「今日も番犬と一緒かよ」

「ほんと、うっとうしいよな、あいつ」

「せっかく上原引退したのに、全然香奈ちゃんと話せねぇ」

「あいつもまだ練習来てるらしいぞ」

「えー、マジで?」


 ラグビー部の人たちがつまらなそうに言って、そのままグラウンドへと戻っていく。

 その後ろ姿をしばらく睨みつけたあと、雄大君は何事もなかったかのように背中を丸め、笑顔で香奈ちゃんに向き直った。


 その後も他の部の男の子とすれ違うたびに雄大君がさりげなく目で威嚇する。

 うっかり香奈ちゃんに視線のひとつでも送ろうものなら、もう大変だ。

 なにも、みんながみんな香奈ちゃん狙いっていうわけじゃないと思うんだけど……。

 目を泳がせ大きく迂回していく男の子たちに同情しつつ、踵を返した。



「――どうだった? 結構面白かっただろ?」

 まださっきの場所で休憩していた小太郎君が、私をみて楽しげな笑顔を浮かべる。

「最初に雄大のことを『番犬』って呼び始めたの、ラグビー部の部員たちなんだよ。あそこ、香奈ちゃんのファンクラブがあるらしいから」

「本当に?」

 なるほど、どうりで雄大君の睨みがきつかったはずだ。


「なんかすごいね。あそこまで徹底してるって本当にすごいよ。でも、それに気付かない香奈ちゃんが一番すごいかも」

「ぷっ、確かに」

「隣であんなに威嚇しまくっているのに、どうして気づかないんだろう。雄大君が大きすぎて、雄大君の表情までは香奈ちゃんの視界に入らないのかなぁ?」


 しっかり見上げなきゃ顔は見えないもんね。隣を歩いていると、意外と気づけないものなのかもしれない。

 それにしても――


「やるなぁ、香奈ちゃん」


 お兄ちゃんとはなんだかんだ言ってラブラブだし、しっかりモテてるし。

 私ももっと頑張らないと。せっかくもらえたチャンスを無駄にしないように。


 小太郎君が立ち上がり、芝を払う。

「じゃあ俺はそろそろ練習に戻るよ。咲良ちゃん、今日は香奈ちゃんの部屋に泊まるの?」

「ううん。買い物したら家に帰るつもりだけど」

「だったら、帰り連絡して。家まで送っていくよ」

「えっ?」

「ドライブしよう」

「ほっ、本当に!?」

「あぁ」

 うわぁ、嬉しすぎる!


「ねぇ、夜御飯も一緒に食べていい?」

「もちろんいいよ。何か食べたいものでもあるの?」

「カレー!」

「カレー?」

「うん、『カレー屋一番』ってところに行ってみたいの」


 真新しい雄大君の写真が飾られているのは、まず間違いないと思う。

 それはいつも通りのいかつい顔なのか、それとも香奈ちゃんが見に来ることを想定した、ゆるい笑顔なのか――。

 多分、前者だろうな。カメラを持った店員さんに微笑む雄大君なんて、想像できないもの。


「そんなところでいいの?」

 不思議そうな小太郎君に、笑って頷く。

「うん! 番犬くんのけなげな愛の証、一緒に見に行こう?」



【香奈の番犬(完)】


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