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  もう一つの夏合宿(4)

「それでは、もうすぐ始まる秋季リーグでの優勝を願って……乾杯!!」

 もうすっかり酔っぱらっている部員たちが、本日二度目の乾杯をかわす。

 一度目はもちろん、ビーチでバーベキューが始まった時。

 潮風を受け心地よい解放感のなか散々飲んで食べて騒いで夜も深まり、もういいかげん解散かな……と思ったら、当たり前のように合宿所に移動して二度目の乾杯が始まった。


 この人たち、一体いつまで飲む気だろう。

 広い座敷の端っこに寝転んでいるのは、多分一年生。終わりを決めてくれそうな章吾さんやお兄ちゃん、そして泰吉さんたちはまだまだ余裕の顔でお酒を飲んでいる。

 私もいつもより少し多く飲んだせいか、だんだん眠たくなってきた。


「ねぇ、香奈ちゃん。そろそろ部屋に戻らない?」

「うん、そうだねぇ。先に抜けようかぁ」

「ちょっと香奈ちゃん、大丈夫?」

 開始早々泰吉先輩に捕まってしまった香奈ちゃんが、真っ赤な顔でヘラヘラ笑う。

 ニコニコなんてもんじゃない。この締りのない顔、どう見てもヘラヘラだ。


「香奈ちゃん、すごく変な顔になってるよ! とりあえず口閉じて、早く部屋に戻ろう?」

 大変だ。こんな顔を見せていたら、香奈ちゃんファンが減ってしまう。でも部屋に戻るのなら、誰かに伝えてからの方がいいよね? 

 そう思って小太郎君の姿を探してみたけれど、こんな時に限って見当たらない。

 とりあえず先に香奈ちゃんを部屋で寝かせてこようと立ち上がった時、すぐ近くにいた一年生が突然香奈ちゃんの足に縋り付いてきた。


「ちょっと香奈先輩、聞いてくださいよ! 松島のやつ、彼女に二股をかけられていたらしくってぇ」

「なぁーにぃー? 二股だぁ?」

 急に香奈ちゃんが背筋をのばし、その酔っ払いの前に腰を下ろす。

「そうなんスよ! なぁ、松島!」

「はい」

 ヤケ酒なのか、大きな背中を丸めた松島君がビール片手に涙目で頷いた。


「ちょっと詳しく聞かせてみて?」

 香奈ちゃんに促され、松島君がぽつぽつと彼女とのなれそめを話しだす。

 えっ、そこから? なんて内心失礼なことを思ってしまったけれど、男の子側の恋愛話なんて聞いたことがなかったから、香奈ちゃんの横で聞かせてもらうことにした。

 いつの間にか、周りの上級生たちまで話をやめて松島君の話を聞いている。でもなぜだろう。みんな松島君じゃなくて、真剣に話を聞く香奈ちゃんの方を気にしているみたいなんだけど……。


「――なるほど、なるほど。その彼女はアイドル顔負けの美人さんなんだね?」

 話を聞き終えた香奈ちゃんが、ドラマの探偵役みたいに問いかける。

「はい」

「松島君のほかに、最初から本命の彼氏がいたと」

「……はい」

「ゴツいくせしてアニメのフィギュアを集めているだなんて想定外だ、と言って切り捨てられたと」

「うっ……はい」

「よしよし、可愛そうに。――松島君、残念ながらね、神様は美人に弱いんだ」

「へ?」

「いくら待っててもバチは当たらないの。神様、美人が好きだから」

「……あの?」

「家はどこ?」

「えっ?」

「彼女の家。どこの建物の何号室?」

「はーい、そこまでっ! だれかロープ持ってきてー!」

 突然守君が飛び出してきて、香奈ちゃんをその場に押さえつける。


「ま、守君どうしたの!?」

「いや、この手の話って香奈には厳禁なんだよね。――松島、お前知らねぇの? 香奈の『天に代わっておしおきよ』事件」

「え?」

「昔、育太が女にひどい目に合わされた時さぁ、酔っぱらった香奈が仕返しするって飛び出してって、その子の部屋をピンポンダッシュしようとしたんだよ。真夜中に」

「マジっすか?」

「おう。マジマジ。しかも部屋番号が分からないって泣き出して、しょうがないからとマンションの非常ベルを鳴らしたんだぞ、ありえねぇだろ!? ほんっと、手のかかるヤツだぜ!」


 香奈ちゃんってば、そんな武勇伝まで持ってたの? それは確かに問題だ。

 だけど……『手のかかるヤツ』だなんて、さんざん香奈ちゃんに助けられている守君がそれを言う!?

 守君のお尻の下で苦しげにもがく香奈ちゃんを見ているうちに、ふつふつと怒りが沸いてきた。


「……ちょっと守君、それは言いすぎなんじゃない?」

「へっ?」

「あなた普段どれだけ香奈ちゃんのお世話になっているのよ? そこんとこ、ちゃんと分かってんの?」

「あ、あの」

「香奈ちゃん苦しがってる! 汚いお尻でふまないでっ!」

「うわぁ!」

 守君の丸顔を思いっきり突き飛ばす。コテンと転がった守君の下から急いで香奈ちゃんを助け起こすと、胸にギュッと抱きしめた。

「今度香奈ちゃんいじめたら、私が倍にして仕返ししてやるんだから!」

 呆然と口をあけたまま転がっている守君を睨み付けていると、いつの間に来ていたのか、お兄ちゃんが小さくため息をついた。


「おい、咲良」

「お兄ちゃんもひどいよ! なんで香奈ちゃん助けないの? こんな重たそうなのに踏まれたら、香奈ちゃん小さいんだから潰れちゃう!」

「……とりあえず、香奈よこせ」

「やだ!」

「いいからよこせ、窒息する」

「や……えっ? きゃあ! 香奈ちゃん大丈夫っ!?」

 さっきまで腕の中で暴れていた香奈ちゃんが、ぐったりして胸にもたれ掛っていた。




* * * * *




 人気のない廊下に、ひたひたと押し殺したような足音が響く。

「――咲良ちゃん、どこ行くの?」

 合宿所の玄関まで来たところで偶然通りかかった小太郎君に見つかり、呼び止められてしまった。


「ちょっと気分転換したくって。ごめん、見逃してくれる?」

「……もしかして、さっきのことを気にしてるとか?」

「え、聞いちゃったの?」

 あの時、姿が見えなかったはずなのに。

「うん。潰れた後輩を部屋まで運んで戻ったら、守のヤツが『お尻が汚いって言われた』って膝抱えて落ち込んでてさ。まぁ、その通りだろって言っておいたけど」 

 小太郎君の楽しげな笑顔に、テンションがさらに下がっていく。


「どうしてあの時あんなに腹が立ったのか、自分でもよくわからないの。お酒に酔っていたせいなのかな……」

 結局、香奈ちゃんは単にぐっすり眠っているだけだと分かり、お兄ちゃんが部屋まで運んでくれた。

 私も付き添おうとしたんだけど、香奈ちゃんは一度眠ると朝まで決して起きないらしく、さっきの出来事をネタに盛り上がる上級生たちから無理やり引き止められ、3度目の乾杯に付き合わされた。

 午前3時を過ぎた今も、まだ宴会は続行中。私だけトイレに行くふりをして、やっと抜けてきたところなんだけど。


「守君には悪いことしちゃった。あとでもう一度謝っておくね。――ちょっと外の風に当たりたくなっただけなの。敷地内しか行かないし、すぐに戻るから気にしないで?」

「じゃあ、俺も行くよ」 

 断る間もなく、小太郎君が靴に履きかえる。

「……大丈夫なのに」

 嬉しいけれど申し訳なくて、もう一度だけ言ってみる。

「こんな時間に女の子が一人で外に出たらだめだよ。それに、俺もちょうど外の空気が吸いたいと思っていたところだったから」

 行こうか、と爽やかに笑い、小太郎君が戸を開けた。


「さっきね、ここでボールを見つけたの。使ってもいいかな?」

 合宿所のすぐ外にある倉庫に寄り、バスケットボールを一つ手に取る。

「そっか、咲良ちゃんバスケ部だったんだよね。いつからやってたの?」

「中学から高校卒業までの6年間。大学に入ってからは一度もやっていなかったから、今日ボールを見て我慢できなくなっちゃって……。ねぇ小太郎君、ワンオンワンしない?」


 暗闇をそこだけ切り取ったかのような、明るいコート。

 肌に触れる風はあまり心地よいとは言えないけれど、どこからか響く虫たちの声に心が癒される。


「いいよ、やろうか」

 期待どおりの答えをもらい、コートの中央に立った。




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