第41話 お祭り対決
「そういえば司先輩、今日って秋祭りの日らしいですよ」
病院を出て数分歩いたところで、小太郎がふと思い出したようにそう切り出す。
「祭り?」
「はい。この近くの大きなお宮で」
「わぁ、楽しそうだね」
香奈が目を輝かせた。
「行ってみるか?」
「え、いいんですか?」
「あぁ」
最近忙しくてどこにも連れて行ってやれなかったし、ちょうどいい。
「小太郎たちも一緒に行こうよ!」
「そうだな、なんか食わせてやるから、お前らも来いよ」
「ホントですか!? もう俺、ハラ減りすぎて限界で!」
守が嬉しそうに声を上げ、先頭に立って歩き出した。
普段は通ることのない脇道へ入りしばらく進むと、同じ方向を目指す人の数が増えていく。
住宅街を抜けた高台に、かなり古くて大きな神社があった。
「おおー、やってる、やってる。すげぇ人だな、まだ昼間だってのに」
参道の両側には様々な露店が立ち並び、休日ということもあって多くの客でにぎわっている。
守がさっそく匂いにつられて動きだし、危うく人の波に流されかけた。
「ちょっと待て」
腕をつかみ引き戻す。
「この人数で一緒に回るとはぐれそうだな。とりあえず飯にしよう。これで好きなものを買ってこい。そこの休憩所で待ち合わせでいいか?」
「わかりました、ありがとうございます。――じゃあ香奈ちゃん、またあとでね」
「あっ、うん」
小太郎が育太と守を連れ歩き出す。香奈は少し残念そうにその後ろ姿を眺めていた。
「食い終わってから、またゆっくり一緒に回ればいいだろ」
「そうですね。じゃあ私たちも何か買って場所取りしましょうか」
「あぁ」
その後、食いきれないほどの食べ物を手に戻ってきた3人と遅い昼飯を終えると、今度は全員で店をのぞいて回ることになった。
綿菓子、お面、イカ焼き、くじ引き……目に鮮やかな露店からは威勢のいい客寄せの声が聞こえてくる
「結構いろんな遊びがあるなぁ……おっ、射的がある! 先輩、みんなで勝負しましょうよ!」
守の誘いで、銃を手に5人全員が横に並ぶ。
「なんか賭けますか?」
よほど自信があるのか、めずらしく育太がそう切り出した。
「あぁ、いいぞ」
「育太、お前あとで後悔すんなよ?」
守がいつものごとく根拠のない自信を見せると、香奈もすぐに飛びついてくる。
「じゃあさじゃあさ、最下位の人は罰ゲームっていうのはどう?」
「いいね、それ。香奈ちゃん、罰ゲームって何をすればいいの?」
「うーん、何がいいかな……。そうだ! 最下位の人は迷子のふりをして、『お母さん、どこー』って3回叫ぶ!」
「マジかよ……」
「それはかなり負けたくないね」
守と小太郎が口々に言い、苦笑した。
「司先輩もそれでいいですか?」
「あぁ」
小太郎の問いに頷くと、香奈が急に焦った顔で振り返る。
「し、しまった。司先輩も参加するってことをすっかり忘れてました! 先輩が負けちゃったらどうしよう、孤高のヒーロー的なイメージがっ!」
「どうでもいいから、さっさとやるぞ」
見物客が集まりだしたのを見て、銃を手に取った。
「お兄ちゃんたち面白いことするねぇ! 弾は5発。一人ずつ順番に撃っていこうか。落とした景品は全部もっていきな! 何も当たらなかったら残念賞ね」
射的屋のオヤジが、いい客寄せだと言わんばかりに声を張り上げる。
並んでいるのは小さなぬいぐるみと箱に入った菓子、おもちゃなど。
――まぁ、とりあえずなにか一つでも落とせば大丈夫だろ?
じっくり構えて、引き金を引いた。
――数分後。
「がーん……」
「がーんがーん……」
ある意味予想どおりの二人が、射的屋の前で地面に膝をつき打ちひしがれている。
「守と香奈ちゃんか。どうする、二人で一緒にやる? 迷子の兄妹設定ってことで」
ぎりぎり難を逃れた小太郎が晴れやかな笑顔を見せた。
「よかったな。一人よりも心強いだろ? お前ら手でも繋いで走ってこいよ」
「司先輩、冷たい……」
香奈が悲しげな顔で呟く。
「自分で言いだしたことには責任を持て。それとも、最下位決定戦でもやるか?」
「「最下位決定戦!?」」
二人がそろって顔を跳ね上げた。
「最下位決定戦……いいですね、その響き!」
「おう、望むところだ! 受けて立ってやろうじゃねぇの!」
単純な二人があっさり元気を取り戻し、勢いよく立ち上がる。
「何の勝負にするんだ?」
育太が楽しげに口を挟む。
「優勝者の司先輩が決めてください」
小太郎にそう頼まれ、周りの店に目を向ける。
「――じゃあ、金魚すくいで」
すぐ隣にあるのを見つけ、深く考えもせずにそう答えた。
*****
「――じゃあ、金魚すくいで」
「よっしゃ、金魚すくいなら負けねぇぞ!」
司先輩の言葉に、守が自信満々でガッツポーズをとる。
そういえばこの前、最高10匹すくったことがあるって守が自慢していたような……。
ちょっぴり弱気になりつつ、隣の店に場所を移す。
もうすっかり勝った気でいる守とともに、水槽を覗き込んだ。
「香奈、さっさとはじめようぜ!」
「ちょっと待って、守。いきなりやっちゃダメだって。ここはまず時間をかけて相手の動きを分析し、その攻略法をさぐらないと!」
「おおっ、アメフトと一緒だな!」
「どこが一緒だ、バカ」
水槽に張り付く私と守に、司先輩が冷ややかな言葉をかける。
「こうして見てる分には、バカな争いほど楽しいですけどね。――育太、お前どっちが勝つと思う?」
「そりゃ香奈だろ」
育太の即答に、守が勢いよく顔を上げる。
「なんでだよ、育太! お前、俺の金魚すくいの腕を知らねぇな!?」
「知るわけがねぇ」
「司先輩はどっちだと思いますか?」
小太郎の声に今度は私が速攻で振り返り、司先輩を見上げる。
「……まぁ、香奈だろうな。相手は守だし」
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズ。
「そういえば香奈ちゃん、守が相手だと絶対に手加減しないよね」
「うん。なぜか守に負けるのだけは、限りなく低い私のプライドが許さないんだよね」
「なんでだよ!」
「うるさい。いいからさっさと始めろ」
司先輩に睨まれ、慌てて水槽に目を戻す。そしてじっと観察しているうちに、ふとあることに気が付いた。
これって、もしかして……? うわっ、守に勝てちゃうかも!!
「守、そろそろやろうか」
「おう! オジちゃん、二人分ちょうだい」
お金を払ってモナカでできたポイを受け取り、守が狙いを定める。
「じゃあいくよ? ――レディ、ゴー!!」
自ら号令をかけると、まだ何もしないまま守の手元をじっと見つめた。
「くそ、こいつらなかなか水面に上がってこねぇな!」
守がイラつきながら何度もポイを出す。
「香奈、お前やんねぇの? ……っと、あれっ? ちょっと待て!」
何度も水に深く突っ込んだせいか、守のモナカがあっという間にふやけていく。それが針金から離れて水に浮かぶと――
「チャーンス!」
勢いよくポイを出した。
よほどお腹が減っていたんだろうか。ふやけたモナカに群がる金魚を、片っぱしからすくっていく。
「あぁっ! お前きたねぇぞ!」
「守が見落としたのが悪いんだよ! さっき金魚がちっちゃなモナカ追いかけてたじゃん!」
「知るか、そんなの!」
「へへーん、作戦勝ちってこと。うわっ、すごすぎる! どうしよう!!」
手にしたお椀には、すでに溢れそうなほどの金魚が入っている。
悔しげに見ていた守が、いきなりそのお椀をひっくり返した。
「ああっ! 私の金魚たちが!」
「ざまぁみろ! これでゼロ対ゼロだ!」
「ずーるーいー!!」
「ズルいのはお前だ!!」
「はーい、そこまで!」
守とつかみ合いになったところで、小太郎が止めに入った。
「とりあえず、守、反則負けね」
「なんでだよ! 先に汚い手を使ったのは香奈の方だぞ!」
「まぁ、あまりきれいな勝ち方ではなかったかもしれないけど、勝ちは勝ち」
「そっ、そんな!」
「ほら、グダグダ言わずさっさと行け」
「司先輩まで!?」
守が目を潤ませる。そしてきゅっと唇をかみしめると、
「うわぁーん! お母さんどこー!」
大声で叫びながら、人ごみの中へと突っ込んでいった。
「さすが守! うわぁーんってなんだよ、うわぁーんって!」
小太郎が爆笑する。
「バカ正直にまだ叫んでるし!」
人ごみにのまれ姿は見えないものの、たしかに守の『お母さんどこー』の声が遠くから聞こえてきた。
「はぁー、おかしい! ちょっとやりすぎでしたかね!?」
笑いすぎて滲んだ涙を拭いつつ、隣に立つ先輩を見上げる。
司先輩もめったに見せない楽しげな笑顔を浮かべ、守の消えた方角を見つめていた。
「あいつ、完全にはぐれるな」
その柔らかな声に、その笑顔に、嬉しさと同時に胸がぎゅっと苦しくなる。
「……どうした?」
「あ、いえ。――おじさん、これありがとうございました!」
慌てて笑ってみせると、ポイの残骸とお椀をひろい、おじさんに返した。
「それにしても……あーあ、せっかく部屋で飼えると思ったのになぁ」
「ん? お嬢ちゃん、金魚もっていくかい?」
「いいんですか?」
「あぁ、好きなの二匹選んでいいよ」
「やったぁ! わぁ、どれにしよう!? 先輩、どれがいいと思いますか?」
「どれも一緒だろ」
「そんなことないですよ。結構個性的ですもん、この子たち」
大きいのに小さいの、模様だって違うし悩んでしまう。
なかなか決めきれない私に呆れたのか、司先輩が一匹の金魚を指さした。
「じゃあ、こいつ」
群れの中で一番元気そうな、小さな金魚。
自分より大きな金魚を軽々と抜き、気持ちよさそうに泳いでいる。
「なんかそいつ、香奈ちゃんみたいですね」
小太郎がくすりと笑う。
「え、ほんとに? 似てる?」
逃げられないよう、慌ててお椀ですくう。
も、もしかして先輩ってば、この子が私に似てたから――
「無駄に全力で泳ぐバカっぽいところが、いかにも長生きしそうだろ」
――あぁ、なるほどね。長生きは一番重要なポイントだもんね、うん。
「あと一匹か」
「あ、待ってください。やっぱりもう一匹は自分で探します」
水槽をじっくり眺め、群れの中でもひときわ大きくて美しい金魚を選びすくいあげる。
司先輩に知られたらバカにされちゃうだろうけど、一応、自分の心の中だけでも司と香奈の分身ペアってことにしておこう。
「これ、お願いします!」
お見通しとばかりに苦笑している小太郎から目をそらし、おじさんに差し出した。