第40話 青少年のお見舞いは
「――おい、香奈。お前も今日行くんだよな?」
練習を終え、章吾と共に部室棟を出ようとした時。
ちょうど女子更衣室から出てきた香奈を、章吾が呼び止めた。
「間宮君のお見舞いですか? はい、一度家に帰ってこの荷物を置いてから行きます。かなり臭うので、これ」
香奈が両手に下げた荷物に目をやり、笑顔を見せる。
明日は部活が休みだから、多分練習で使った共用のジャージなどの洗濯物が入っているのだろう。
「先輩たちはこのまま行かれるんですか? 面会時間に間に合わなくなっちゃうといけないから、お昼ごはんは後回しですよね?」
「そうだな。――そんなことよりお前、なんか手土産持っていくのか?」
「ちょうど今考えていたところなんですけど、何がいいのかわからなくて」
「それなら、悪いが間宮に頼まれていたものを買ってきてくれないか」
章吾が何かが書かれたメモと千円札を財布から取り出す。
「何ですか? それ」
「あいつがよく読んでる雑誌だとよ。入院生活が暇らしくて頼まれたんだよ。落としそうだから、ここに入れておくぞ」
香奈の両手がふさがっているせいか、章吾がメモと金を香奈のジーンズのポケットに押し込む。
「けっこうマイナーなヤツだから置き場所がわかりにくいらしい。本屋の店員にメモを見せて探してもらえ」
「わかりました。他にも何か持っていくものはありますか?」
「いやいい。残りは俺と司で買っていく。じゃあな、急げよ」
「はい、失礼します」
香奈が俺と章吾に頭を下げ、家へと向かって足早に歩き出した。
「さて、俺たちものんびり行くか」
「章吾、お前……」
「まぁまぁ。いいから行こうぜ、司クン」
俺の背中を叩き、章吾が楽しげに歩き出した。
「――よう、間宮。元気にしてっか?」
「章吾先輩! 司先輩も……」
ノックをして病室のドアを開けると、間宮が驚いた様子で体を起こす。
「すみません、わざわざ来てもらうなんて」
「いや、気にするな。遊びに来たようなもんだからよ」
「遊びに?」
「あぁ、もうすぐ香奈も来るぞ」
章吾が買ってきた飲み物や食い物をテーブルに置き、そのうちの一本を間宮に手渡した。
「ありがとうございます」
「昨日手術だったんだろ? 足の調子はどうだ」
章吾の隣に座りながら尋ねる。
「はい、昨日よりもだいぶいいです。痛みはマシになりましたし、さっそくリハビリも始まるらしくて」
「そうか、良かったな。退院はいつだ?」
「明日です」
「早いな、手術後二日で退院か」
「はい。当分リハビリで通院することになるとは思いますが」
「そうだな。無理はするなよ」
そこまで話した時、病室のドアをノックする音が聞こえ、守が顔を覗かせた。
「失礼しまーす。あれっ、先輩お疲れ様です! 間宮、お前個室なのかよ、いいなぁ」
「ちわっす」
相変わらず声がデカい守の後から、小太郎と育太、そして途中で偶然一緒になったらしい1年の部員たちが数人病室に入ってくる。
「一気に病室が狭くなった気がするな。お前らももっと奥に入れよ。――ん? おい、ちょっと静かにしろ」
章吾が全員を黙らせ、耳を澄ます。
ドアの外から、パタパタと廊下を走る音が聞こえてきた。
「来たな」
章吾が楽しげな笑みを浮かべる。
足音はどんどん近づき、大きくなる。それがこの部屋の前で止まった瞬間、ドアが勢いよく開けられた。
真っ赤な顔で息を切らした香奈が室内を見回し、章吾にぴたりと目を止める。
「――章吾先輩の、バカッ!!」
「うおっと!」
香奈に投げつけられたものを軽くかわした章吾が、その落ちた袋を見てゲラゲラ笑いだした。
「先輩の変態! エッチ! 変質者!」
「香奈ちゃん落ち着いて。一体何があったの?」
いち早く立ち直った小太郎が香奈に問いかける。
「聞いてよ小太郎! 私……私、もうあの本屋さんに行けないよ!」
「えっ、本屋?」
「ククッ、香奈、お前まさか本当にあのメモ店員に見せて『コレください』って言ったのか?」
「言いましたよ! だって先輩がそう言ったじゃないですか! 間宮君の好きな雑誌だって。マイナーなヤツだから店員に聞かなきゃ場所分からないって! 嘘つきっ!!」
「え、俺?」
間宮が章吾と香奈を交互に見る。
「嘘かどうかは分からねぇだろ? 本当に間宮の愛読書かもしんねぇぞ?」
章吾が床に落ちていた袋を取り上げ、中身をベッドの上に放り投げる
「ひぃっ!」
「おおぅ。これは確かにマイナーっつうか、かなりマニアックですね」
「だなー」
「すっげ、ハンパねぇ」
「でも、意外とこれもアリなんじゃねぇか? なぁ、間宮」
「まぁ、アリかナシかで言えば、アリっすね。――って嘘ですよ、香奈先輩。その汚いものを見るような目つき、やめてもらえますか」
雑誌をのぞきこむ部員たちを見て、香奈がじりじりと後ずさる。
「つまり、章吾先輩に騙されて、香奈ちゃんがこれを買わされたってこと?」
「そう! そうなの!」
「普通タイトル聞けば、エロ本だってことぐらい一発で分かんだろ?」
守が雑誌のページをめくりながらバカにする。
「いや、そうでもないんだな、これが。この一見エロ本だとは分からなそうなタイトルのやつを探しだすのに苦労したぜ。香奈、お前メモに書いてあった名前を見て、何の雑誌だと思ったんだ?」
「マ、マニアックなペット情報誌?」
「ばっかじゃねぇの!?」
全員に笑われた香奈が怒りに肩を震わせる。
「笑い事じゃないんですよ、これは! 一番愛用している本屋さんだったんですよ? 入学してすぐに一目ぼれした憧れの店員さんだったのに……1年かけて築きあげた関係が一瞬でパァですよ!!」
笑い声が急激に小さくなる。後輩たちは俺に気まずげな視線を投げかけ、章吾はまた楽しげな笑みを浮かべた。
「ほう、一目ぼれね。どんなヤツだ?」
「え? あの、とっても優しそうな笑顔の素敵な人ですよ? なんかもう周りの人とは全然オーラが違ってて……サラサラロングのお人形さんのように可憐な人なんですけど、見たことないですか?」
「女かよ」
間宮がぽつりと呟く。
「司、今ちょっと焦っただろう?」
「別に」
その店員の話なら、もう何度も聞かされたことがある。
憧れだか何だか知らないが、同性の店員見たさにわざわざ遠くの本屋まで通うこいつの気がしれない。
「すみません、ほかの患者さんから苦情が出てるんで、静かにしてもらえますか」
ノックと同時に年配の看護師が顔を覗かせ、早く帰れと言わんばかりに睨みつけてくる。
「そろそろ帰るか。邪魔したな、間宮」
章吾が立ち上がる。そして同じように帰ろうとした一年の部員に目を向けた。
「お前らはまだ来たばっかりだろう。ゆっくりしていけよ。――じゃあな、間宮。しばらく休んでもいいぞ、無理するな」
「はい、ありがとうございました」
「香奈、お前も帰るぞ」
「えっ、私も? でもまだ来たばっかりで」
「バーカ、お前の今日の任務はさっきので終了なんだよ」
章吾が香奈の頭をわしづかみにしてドアへと向かう。
「イタタタタ! 何ですか、それ!」
「おい、静かにしろ」
また看護師たちに白い目で見られながら病院を出る。
用事があるという章吾と別れると、育太たちと共に大学方面へと歩き出した。