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第8話 幹部の思惑

 またしばらくお菓子を食べながら楽しく話をしていると、バックに入れてあった私の携帯から着信音が流れだした。


「――あれ? 泰吉先輩からだ」

「副将のぴょん吉先輩? なんで香奈に電話してくんだ?」 

「えっ、ぴょん吉先輩って呼ばれてるの? ――はい、もしもし?」

 おそるおそる通話ボタンを押し呼びかける。その途端、いつもの嗄れ声で怒鳴られた。


『遅い! さっさと出ろ!』

「あっ、はい! すみません!」

『お前、今どこにいる』

「え、小太郎の部屋ですけど……」

 3人の視線を一身に受けながら、何となく嫌な予感に見舞われる。


『小太郎? あぁ、木下か。あいつの家はたしか3丁目あたりだったな?』

「えっと、はい」

『なら……7分てとこだな。正門前のコンビニでアイスを5人分買って来い。目的地は清田の家。制限時間7分』

「えぇ? 無理ですよ、絶対間に合わないです!」


 私と司先輩の住むマンションは正門のほぼ正面に位置し、学校からは3分ほど。

 小太郎の家は、正門から学校のフェンス沿いに右回りで10分。

 そして清田主将の家は、正門から左回りに10分ほどの場所にある。

 つまり、ここから清田主将のマンションへは、普通に歩いて20分はかかるということ。

大学前のメインストリートだから夜も人が沢山いて怖くないけれど、いつもお客さんがずらりと並ぶコンビニで買い物をすることまで考えたら、7分じゃとても間に合わない。

そう思って抗議してみたものの、やっぱり泰吉先輩が聞いてくれるはずはなかった。


『間に合わないなら間に合わせろ。いくぞ、レディ・セット・ゴー!』


 無茶苦茶な言葉といつものスタートの合図を残し、電話がそっけなく切られてしまう。

 これって、もうタイムを計り始めてるってこと!? 

 慌てて荷物を手に立ち上がる。


「ごめん! 行かなきゃ!!」

「「「えっ、どこに?」」」

「清田主将のとこ!」


 そのまま玄関に向かって駆け出した。







「――おう、ご苦労さま」

 清田主将がドアを開け、ニヤリと笑う。

「まぁ、上がれよ」

 息が苦しすぎて返事ができず、黙って主将についていく。

 フローリングの上にごろりと腕枕で寝転がっていた泰吉先輩が、私を見て笑った。


「お前、やっぱ使えるな。6分20秒で来れたぞ。次の目標は6分だな」

 先輩はそれだけ言うとあっさりテレビに視線を戻し、お尻をぽりぽりと掻いている。

 なにこの態度。お礼の言葉くらい言っておこうよ!


「香奈ちゃん、練習で疲れているところを悪いね」

 空気を読んだかのように微笑んだのは、ソファーに腰掛けている翼先輩。

 優しい言葉と爽やかな笑顔に、思わず大丈夫です、なんて言いたくなっちゃうけれど、それをぐっと抑えて泰吉先輩を睨みつけた。


「先輩、ひどいですよ! せっかくプロテイン・カプチーノ味をご馳走になっていたところだったのに!!」

 まだ半分以上の残っていたのに飲み損ねちゃったじゃないか! もったいない。


「あぁ? プロテインだと? 香奈、お前なんでそんなモン飲んでんだ?」

 地を這うような低い声に、恐る恐る振り返る。

「お前に必要なのは筋肉じゃねぇ! プルプルの脂肪だ!! プロテイン禁止!」

「はいっ!!」

 清田主将に叱られ直立不動で返事した私を見て、泰吉先輩がケケッと笑う。

 くそう、覚えてろよ。いつか絶対に仕返ししてやる! カエルそっくりのぴょん吉め!




 その後しばらくお説教タイムが続いた後、やっと私が買ってきたアイスを清田主将がみんなに配った。

 私を含めて、今は四人。あと一つは誰の分だったんだろう?


「清田主将、麗子さんも後から来るんですか?」

 残りの一つを冷凍庫にしまうのを見て尋ねると、主将はなぜかすぐには答えず、自分の席に戻ってきてドカッと座った。

「いや、もう少ししたら、司が来る」

「えっ!?」

 私の反応を見て、清田主将が苦笑する。

「なんだ? もうあいつに何か言われたのか?」

「……えっと」

「まぁ、想像つくけどな。あいつな、女子マネージャーに対して妙な偏見を持ってんだよ」

「偏見?」

「あぁ。男の部活に自ら入って手伝いをしたがる女なんて、男に群がる鬱陶しい女の象徴なんだと」


 そんな風に見られてたの? 男の子目当てに入部したって?

 そっか、だからあんな軽蔑したような冷たい目で見られてたんだ。


「ごめんね。香奈ちゃんは清田に無理やり入れられたんだし、そんな子じゃないのにね。――ただね、あいつがそんな風に思うようになったのにも、ちゃんとした理由があるんだ」

 翼先輩がソファーの上で身を起こす。


「俺とあいつ、同じ高校出身でサッカー部の先輩後輩だったんだよ。司は1年の時からレギュラーで活躍していてね、あの外見だからファンの女の子もすごく多かった。俺たちから見ても鬱陶しいほどにね。司もなんだかんだと付きまとわれてすごく嫌がっていたんだけど、それに追い打ちをかけるように、あいつが2年の時ちょっとした事件がおきたんだ」

「事件?」

「うん……。司には咲良(さくら)ちゃんっていう二つ年下の妹が居るんだけど、たまたまその日、俺達の試合を応援しに来ていてね。司と親しく話しているのを見て、ファンの子たちが司の彼女か何かだと誤解したらしいんだ。それで試合が終わった後、ファンの子がわざと咲良ちゃんにぶつかった。本人は軽い嫌がらせのつもりだったのかもしれないけれど、運悪く段差のあるところだったから、咲良ちゃんは足を踏み外して転んでしまったんだ」

「ひどい……」

「そうだよね。司はたまたまその一部始終を見ていたらしくてね、すぐに駆けつけて咲良ちゃんを助け起こしたんだけど、咲良ちゃんは転んだ拍子に手首を痛めてしまっていて……咲良ちゃんはバスケ部に入ってて、大切な試合が控えていた。そのこともあって、司はそのぶつかった女の子をきつく責めたんだけど、その子は『わざとじゃないのに』って、みんなの前でシクシク泣き出したんだよ。はたから見たら、司のほうが酷い言いがかりをつけているかのようにね」


 どうしてそんなことをするんだろう。同じ女として、すごく恥ずかしく思う。

 でもそういう女の子が決してめずらしくはないってことは、私も嫌になるほど知っている。


「そのことがきっかけになって、司は男に群がるようなタイプの女の子を毛嫌いするようになったんだ。去年のマネージャー候補の中にも司目当ての子がいてね、仮入部期間が終わってもその子だけは残っていたんだけど、ある日司に『先輩の好きな女の子のタイプって、どんな子ですか?』って尋ねちゃってさ。司、なんて答えたと思う?」

「さぁ……」

「化粧塗りたくって男を作るために入ってきたお前とは正反対の女、って答えたんだよ。とうとうその日、最後のマネージャーも辞めちゃった」


 それはキツい。キツすぎる。

 あの迫力満点の冷たい目で言われたんだよね? ちょっとその女の子に同情しちゃうかも。

 だって本当にカッコいいんだもん。好きになっちゃうのも十分わかるよ。


「おい、香奈」

 ずっと黙って聞いていた清田主将が口を開く。

「お前たち新入部員の仮入部は明日までだな」

「はい」

「お前のここ1週間の働きっぷりを見て、入部を反対するものはまずいないだろう。司を含めてな」

「……そうでしょうか」

 冷たい態度には全く変化がないし、司先輩に認められているとは到底思えないけれど。


「正式に入部が決まったら、普通はマネージャーにも担当ポジションを決めるものなんだ。パート練習のとき必ず側に付いて手伝って、パート別の打ち上げなどにもメンバーの一員として参加することになる。今まで長続きするマネージャーがいなかったから、うちではできていなかったがな。――香奈、俺はお前をランニングバック(RB)担当にするつもりだ」

「RB担当ですか? でも……司先輩は私のことを嫌ってますよ?」


 各パートには、練習の指揮をとったり部員を取りまとめたりするパートリーダーがいる。

 RBには4年生が一人もいないため、3年生でエースRBでもある司先輩がリーダーだ。

 その先輩が、私と組むのを嫌がらないはずはない。


「香奈、お前が司の偏見を直せ。お前ならできる」

「泰吉先輩……どうしてそこまで?」

「さすがにあいつが可哀想だろう? いつまでもそんなつまらねぇトラウマ抱えてさ」

「それはそうかもしれないですけど……」

「香奈ちゃんさ、司の走りを見てRBのポジションに憧れるようになったんだろう? 自分の興味あるポジションに付くのが一番楽しいと思うよ」

 翼先輩にまで後押しされて、思わず黙り込む。


 確かに、どこかのポジションに付く必要があるのなら、RBが一番嬉しいに決まっている。

 自分も好きなポジションだし、小太郎や守の手伝いをすることもできる。でも……。


「真面目に頑張っていたら、いつかは司先輩にも嫌がられないようになると思いますか?」

「あぁ。今の調子で頑張ってくれれば、絶対に大丈夫だ」

 清田主将の言葉に、泰吉先輩と翼先輩が頷く。

 なんだか……初めて、ちゃんと仲間として認めてもらえたような気がする。

「じゃあ、やらせてもらいたいです。司先輩に認めてもらえるように頑張ります」

 そこまで話した時、玄関のインターホンが鳴った。


「お、司か。いいタイミングだな。香奈、あいつに何言われても逃げるなよ?」

 清田主将が立ち上がり、ドアを開けに行く。


 よし、ちょっと怖いけど、頑張るぞ。

 ちゃんと司先輩にも認めてもらえるように、今度こそ逃げださずに戦うんだ!

 ムン、と気合を入れて顔を上げた瞬間、部屋に入ってきた司先輩と目が合う。


「お前、なんでここにいる?」


 何度見てもカッコよすぎるハーフ顔。そして、いつかと全く同じ台詞。

 それなのに――

 今日はいつにもまして目が冷たい。怒りのオーラがメラメラ燃えてる! 逃げなくちゃ!


「あのっ、私はアイスを届けに来ただけです! すみません、失礼しましたっ!!」

「あっ! コラ香奈、待てっ!!」


 たった今宣言したばかりの決意もあっさり投げ出し、主将の部屋から一目散に逃げ出した。








アメフトに関しては乏しい知識をルールブックなどで補いつつ書いています。もしおかしなところがあれば、教えていただけたら助かります。


ポジションについては、話に出てきたものよりも実際は色々細かく名前があるのですが、恋愛主体のお話にしたいので、あえてざっくりと説明するだけにとどめておきます。





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