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第39話 痛む心にお薬を(2)

 無理しなくていいと言われていたのに、間宮君は翌日から、一日も欠かすことなく部活に顔を出した。

 松葉杖で階段を上り下りするのは大変そうだったけれど、無事だった片足を使い、器用にそれをやってのける。

 笑顔で冗談を言う姿はもうすっかりいつもの間宮君に戻っているように思えて、少し安心した。

 そして、数日後――。


「間宮君!」

 駐車場のブロック塀から背を離し、病院を出てきた間宮君に声をかける。

「香奈先輩……こんなところで何を?」

「あのね、さっき買い物の帰りに偶然間宮くんが病院に入っていくところを見かけて――」

 手にした本屋の袋を見せる。

「検査結果を聞きに来たのかなって思って、出てくるのを待ってたの」

「待ってたって……あれからもう1時間経ってるけど?」

「うん、そうなんだけど。その、どうしても結果が気になって」

 

 さすがにちょっとしつこすぎたかな?

 苦笑しながら答えると、間宮君が呆れたように笑って自分の荷物を差し出してきた。


「悪いけどこれ持って。昼飯抜きで腹が減ってんだ。どっか付き合えよ」

「うん!」

 ホッと安心しつつ、荷物を受け取る。

 松葉杖をつく間宮君とともに、近くのファミレスへと向かった。


 学生たちでいつも混みあうこの店だけど、今日は中途半端な時間だったせいか、すぐ席に通された。

 間宮君のご飯と私の分の飲み物を頼み、話を切り出す。


「ねぇ、検査どうだった?」

「あぁ、やっぱり予想通り。半月板だとよ」

「そっか……手術しなきゃダメだって?」

「したくないけどな」

「……そう」


 あっさり答える冷めた声に、なんだか切なくなってしまう。

 もう、自分の気持ちには折り合いをつけられたんだろうか。


「……あのさ、やっぱり間宮君も、司先輩と一緒に走りたかったの?」

「は?」

「前にね、守が言ってたの。司先輩ともっと一緒にプレーしたい、自分も先輩たちのために優勝に貢献したいって。小太郎と育太も同じ。……間宮君もそうだった? だから今シーズンどうしても出たかったの?」

 間宮君はそうとも違うとも答えず、黙ったままこちらを見ていた。


「その……自分のポジションの先輩だし、本当にすごい人だから、そう思って当然だよね。私も試合を見るたびに、今すぐ飛び出して行って一緒に走りたいなって思うし」

 絶対に無理だとわかっている私ですら、そう思う。

 だから努力次第で一緒に走ることのできるみんなは、私なんかよりもずっとその気持ちが強いんじゃないだろうか。


「この前の試合、間宮君のあのリターンもすごくうらやましかったよ。――司先輩の後ろを走るの、気持ちよかった?」

「……あぁ」

 間宮君がため息をつき、頬を緩める。

「すっげぇ気持ちよかった。あの人が前にいるだけで何でもできそうな気がして……ま、最後にあっさり潰されたけど」

「うん、あれは確かにあっさりだったね。もうひと粘り欲しかった」

「容赦ねぇな、おい」

 思わず二人して笑ってしまう。

 一呼吸おいて、また間宮君に向き合った。


「あのね、間宮君の走りを見てるときにもね、私も一緒に走ってみたいって思うんだ」

「えっ?」

「すごいと思う。まだ一年目なのにここまでできるなんて。これから先、チームの中心となって支えていってくれる、なくてはならない存在だと思ってる。――だからさ、焦らずにちゃんと治そうよ」

 来年も、再来年も、思いっきりアメフトを楽しめるように。


「来シーズン、先輩を超えるぐらいパワーアップした姿を見せてくれるって期待してる。私もできる限り手伝うから、みんなと一緒に、また頑張っていこう?」


 黙って聞き入っていた間宮君が、なぜか深いため息を漏らす。

 ふいに、その口元がくいっと上がった。


「いつの時代の青春ドラマだよ」

「えっ?」

「セリフがいちいちクサいんだよ。本当に熱血やろうだな、お前は」

「はぁ?」

 声を荒げる私を、間宮君がケタケタ笑う。

 もう、なにこの人! 人がせっかく真剣に――

「なぁ、俺が司先輩を超えられるって、本気で思ってる?」

 突然真顔でそんなことを聞かれ、言葉に詰まる。


「答えろよ」

「……たぶん?」

「たぶん、どうなんだよ」

「えっと、間宮君はどう思う?」

「今は俺が聞いてんの」

 答えるまでは許さない、とでもいうようにじっと見つめられ、改めてもう一度考えてみる。


「……難しいとは思う、けど」

「けど?」

「絶対ないとは、言えないような」

「何だよ、そのあやふやな答えは」

 間宮君が不機嫌そうに眉を寄せた。


「だってしょうがないじゃん、分かんないんだもん。そこまで追求しなくたっていいでしょ?」

「じゃあ最初から適当なこと言うなよ。ってかお前、困ったとき眉がすげぇ形になるのな!」

「はぁ!?」

「すっげー角度で下がってたぞ」

 間宮君が自分の眉をぐっと指で下げる。

「もう、うるさい!」 

 それ、昔泰吉先輩に言われて以来、すごく気にしてるのに!

「おもしれー顔!」

 ゲラゲラ笑う間宮君をひと睨みして、運ばれてきたジュースに口をつける。

 まだ笑っている間宮君の焼肉定食を奪い取ると、一番大きなお肉を自分の口に突っ込んだ。


「んっ、熱っ!」

「お前、何やってんだよ!」

「お腹すいたの!」

「じゃあ自分のを頼めよ!」

「やだ!」

 そのままもぐもぐ食べ続けると、間宮君が呆れ顔でため息をつく。


「お前、本当に二十歳の女かよ。もう昼飯は食ったんだろ?」

「食べたよ」

「何を?」

「ほうれん草とベーコンのクリームスパゲティ。あとサラダ」

「美味そうだな。もしかして手作り?」

「うん」

「俺も食ってみたい。今度食べに行ってもいい?」

「別にいいけど」

「いいけどってお前……司先輩も一緒に食ってんじゃないのか? 普段どっちの部屋で暮らしてんだよ」

「あ!」

「その顔は先輩の部屋だな? 同棲かよ、やらしいな」

「やらしくないよ!」

「やらしくないのか?」

「やらしく……ないよ?」

「赤くなってんじゃねぇよ、バーカ」


 くそう、あの弱気な間宮君はどこ行った?

 火照った顔を体の中から冷ますべく、冷たいジュースを一気飲みする。

「――期待してる、か」

 間宮君が小声で何かを呟く。

「ん、なに?」

「別に。お前、ちゃんとリハビリ付き合えよ?」

 いつもの間宮君らしい強気な笑顔。それが戻ってきたことが嬉しくて、私も笑って頷く。


「もちろん! 準備はもうばっちりだよ。ほら、さっきちょうどこれ買ったところだし」

 本屋さんの袋から、『スポーツ障害 その予防からリハビリまで』と書かれた本を取り出す。

「ラグビー部のトレーナーさんにも色々と教えてもらったの。間宮君の怪我の回復程度に合わせて、リハビリのメニューをアドバイスしてくれるってよ」

「……マジかよ」

 間宮君がぽつりとこぼし、片手で口元を覆う。

 その姿は、らしくもなく少し動揺しているように見えて――


「照れてんじゃねぇよ、バーカ」

 この状況に合っているのか、いないのか。

 めったにできないお返しを、ここぞとばかりに言っておいた。


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