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第34話 夏合宿(4)

「あの、司先輩!」

 痛いほど強く腕を引かれながら、何度も先輩に声をかける。

「ご、ごめんなさい!」

「……」

「あの、これには事情があって」

「……」

「……先輩?」


 応える気など全くなさそうな司先輩に、涙がジワリと滲んでくる。

 もう口を聞きたくないぐらい呆れられちゃったんだ。嫌われちゃった。

 そうだよね、あれだけ言われてたんだもん。何があっても断るべきだったんだ。


 先輩が合宿所の入り口を乱暴に開ける。そして無言のまま玄関でサンダルを脱ぐと、そのまま私と咲良ちゃんが使っている部屋へと向かった。

「先輩……わっ!」

 部屋に入った途端、掴んでいた腕を放りだされ、背中を壁でしたたかに打つ。

 痛みを堪えて顔を上げた時、司先輩にまた腕を掴まれ、同時に目の前を黒いものがよぎった。

「――イタッ!!!」

 強い痛みが走る。

 至近距離から睨んでくる司先輩を、呆然と見つめ返す。

「――戻れるもんなら、戻ってみろよ」

 いつも以上に低く、冷たい声。

 おそるおそる視線を逸らし、まだ痛みの残る胸に目を向けると――

 すっかり露わになったそこには、水着では隠しようのない大きな歯型が付いていた。




 腕を組んで壁に寄りかかり、冷ややかな眼差しで見下ろしてくる司先輩の前に正座して、全てを白状したあと。

 当初の予定通りTシャツと短パンを上から着て先輩と共に戻ると、章吾先輩が爽やかな笑顔で私たちを迎えた。

「おう、遅かったな、お前ら」

 

 毎回毎回、簡単にのせられたり騙されたりするお前が悪いって司先輩にも言われたけどさ。

 この迎え方はあんまりでしょ!?

 助けてくれるって言ったくせに! 絶対大丈夫って言ったくせに!!


「――今日からもう、章吾先輩の言葉は一切信用しません」

「あ?」

「ちょっとチビッたかと思うぐらい、めちゃめちゃ怖かったんですからね!」

 司先輩に聞こえないよう小声で言って睨みつけると、章吾先輩が勢いよく噴き出した。


「どうせイチャついて帰ってきただけだろうが。上下きっちり着こみやがって。司に痕でもつけられたか?」

「なっ!?」

「顔に出すぎなんだよ、お前は。少しは司の無表情を分けてもらえ。あぁ、そんなことより――司、香奈、今からビーチバレーの試合始めるぞ」

「ビーチバレー?」

 近くのコートに目を向ければ、すでに部員たちが試合の準備を始めている。

 4年の先輩たちは顔を突き合わせ、トーナメント表を作成中のようだ。


「学年対抗トーナメント戦な。最下位の学年が今夜のバーベキューの準備と片づけを担当」

「えっ、本当ですか!?」

 それって、勝てば私たちは用意しなくていいってことだよね?

 それいいかも。すっごくいいかも。楽チンじゃん!


「おーい2年! 今から作戦会議やるぞ、こっち集合!」

 やる気満々な守が、大声をあげ手を振っている。

「わぁ、ありがとうございます、章吾先輩! よーし、絶対勝つぞー!」

 憂鬱だった気分が一気に晴れていく。

 2年生部員の集まる場所へと、駆けだした。


「香奈ちゃん」

「あっ、咲良ちゃん!」

 誰かに借りたらしい大きめのTシャツを着た咲良ちゃんが、申し訳なさそうな顔で近寄ってくる。

「さっき大丈夫だった? 私、クーラーボックスを探すのに手間取ってしまって、合宿所を出た直後にちょうどお兄ちゃんと香奈ちゃんとすれ違って……」

「え、本当に? 全然気付かなかったよ」

「うん、お兄ちゃんの顔があまりにも恐かったから、つい隠れちゃったの。まさかあそこまで怒るとは思ってなくて……。悪ふざけして本当にごめんね?」

 つい隠れちゃったって。隠れたかったのは私の方だよ、本当に。


「もういいよ。はっきり断れなかった私が一番悪いんだし……。それよりさ、咲良ちゃんも一緒にバレーしようよ! 勝てばバーベキューの準備を免除してもらえるみたいだよ」

「私も? でも、いいの?」

「もちろん。――ねぇみんな、咲良ちゃんも一緒に入っていいよね」

「おう、一緒にやろうぜ! じゃあ、まずはチーム分けからすっか。各学年2チームずつって言ってたよな」

 守が指を使い、砂にAチーム、Bチームと書き込む。


「俺、ビーチバレーのルール知らねぇんだけど」

「今回は超シンプルにするって先輩言ってたぞ。一度にコートに入るのは4人。ボールは3回以内で返す。控えのメンバーとは得点の入ったタイミングで自由に交代。あと、同じ人間が続けてボールに触るのは禁止」

「それだけ?」

「そりゃわかりやすいな」

 本当にシンプルだ。よかった、私もあんまりルール知らないもんね。


 2年生のチーム分けは、個々の適正、体格などのバランスを考えて決められることになった。

 私と守と育太は同じAチーム。小太郎と咲良ちゃんはBチーム。


「よし、そろそろ始めるぞ! まずは第一試合、2年Aチームと3年Bチーム!」

 章吾先輩の太い声があたりに響く。

 おぉ、いきなり私たちのチームからだ。


「よーし、お前ら絶対に勝つぞ!」

「おう!」

 守を中心に円陣を組んで気合いを入れ、早速コートへ入る。

 相手チームに目を向けると、3年生チームのはずなのになぜか泰吉先輩の姿があった。


「あれ? なんで泰吉先輩が入っているんですか?」

「人数調整だ」

 へぇ、そうなんだ……。あ、でもこれはチャンスかも。日ごろのパシリの恨み、ここで晴らしてやろうじゃないの!

「泰吉先輩! 先輩にだけは絶対負けませんからね!!」

「ふん」

 ネット越しに睨み合う。審判が試合開始のホイッスルを吹いた。


 まずは2年生DB今田君からのサーブ。

 結構なスピードだったにも関わらず、3年生RB岡田先輩が軽々とレシーブする。

「山下!」

 OL中野先輩のトスにQB山下先輩が合わせ、アタック!

「はいはいっ!」

 声をあげてレシーブする。

「痛ったぁ……」

 さすがにボールが重くて、腕にジーンと痛みが走った。


「今田!」

 素早くボールの下に入り込んだ育太が、今田君にトスを上げる。

 今田君のアタックは泰吉先輩の横をすり抜け、ラインぎりぎりに見事に決まった。


「おぉー! すごい、今田君!!」

「ナイス、今やん!!」

 派手に喜ぶ私たち、そして声援を送る他の部員たちの姿を見て、泰吉先輩の眉間が悔しげに動く。

 ちょっと気が大きくなっていたのもあって、先輩と目が合った瞬間フフンと鼻で笑ってみた。


「ピーッ!」

 審判のホイッスルに合わせ、今田君が再びサーブを打つ。

「おい中野、俺に上げろ!」

「はいっ!」

 泰吉先輩の声に応え、中野先輩が高く綺麗なトスを上げる。

「喰らえっ!!」

「んぎゃぁ!」

 泰吉先輩のアタックは守の頭をかすめ、鋭く決まった。


「痛い、痛いよ! 香奈、俺の頭どうなった!?」

「大丈夫。髪の毛まだ残ってるよ。しかし、小っちゃいくせになかなかやるな、泰吉め!」

「いやそれ、お前が言うなよ」

 コートの向こうで、さっきのお返しだとばかりに泰吉先輩がニヤリと笑う。

 今度は私がぐっと唇を噛みしめた。


「おら、いくぞっ!」

「させるかっ!」

「まだまだぁ!」

「くらえっ!」

「育太、ナイスブロック!」


 試合は当初私たち二年生の方が押し気味だったけれど、その後守のミスがつづいたせいもあり、かなりの接戦となってしまった。

 ふと周りを見渡せば、いつの間にか部員たちだけではなく一般のお客さんまでが大勢集まってきている。

 先に21点を取った方が勝ちで、現在は18対18の同点。


「おい、みんな! 次やれたらあれ行くぞ!」

 サーブに向かう守が小声で指示を出す。

「了解!」

 守のサーブを中野先輩がレシーブし、岡田先輩が上げて泰吉先輩が合わせる。

 ボールはぐんぐん伸びるけど、ぎりぎりコートに入りそう。

「届けっ!!」

 思いっきり飛んで、昔マンガで読んで憧れていた回転レシーブ!

「ナイス香奈!!」

「すげぇ!」

 よし決まった! 続けて、もう一本!! 

 素早く起き上がり、コートの中央へと走り出す。


「育太!」

 トスを上げる今田君の声に合わせて軽く飛ぶふりをした育太が、すぐにその場にしゃがみこむ。

 その真後ろで育太に僅かに遅れ、思いっきり砂を蹴って飛びあがった。

 ――いけぇ! これぞ時間差、体格差!

「見えないアターック!!」

「うおっ!!」

「おおーっ!! ……あっ!?」


 その場にどよめきが走る。

 渾身の力を込めて打ったアタックは、正直育太がデカすぎて私もよく前が見えなかったせいもあって――――泰吉先輩の顔面に、直撃した。





 泰吉先輩と二人、仲良くメンバーチェンジしてもらった後。

「あの、先輩すみません」

「……」

「本当にごめんなさい」

「……」

「えっと、まだ痛いですか? いやっ、痛いに決まってますよね!!」

「……」

「……調子に乗りすぎました。ホントすみません」


 鼻血を出してしまった泰吉先輩の前に正座し、ティッシュでせっせと詰め物を作る。

 なんてツイてない一日なんだろう。もしも今朝の占いを見ていたなら、絶対ワースト1だったはず。

 普段決して口数の少なくない泰吉先輩が一言も口をきかないのは、もうひたすら不気味でしかない。


「……香奈」

「はいっ!!」

 やっと口をきいてくれたのが嬉しくて、笑顔でしゃきっと背筋を伸ばす。

「――――覚えとけよ」

「……はい」


 ため息交じりに、項垂れた。


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