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第33話 夏合宿(3)

「香奈ちゃん、日焼け止めとタオルは持ったよね?」

「うん、持ったよ。咲良ちゃんの分も一緒に入れておこうか?」

「ありがとう」

 小さな手提げ袋を開き、咲良ちゃんの荷物を一緒に入れる。

 人気のない静かな合宿所の廊下を進み、玄関でビーチサンダルを履いていると、突然がらりと入口の戸が開いた。


「げ、間宮君!」

「――香奈先輩?」

 慌てて咲良ちゃんの後ろに飛び込み、水着姿を隠す。

「……くそ、あのハゲ」

 驚いた様子で固まっていた間宮君が、すぐに顔をしかめて何か呟いた。


「あの、どうかした?」

「――何でもない。おい、買い出し行くぞ」

「買い出し?」

「章吾先輩に頼まれたんだよ。合宿所にいるあんたを連れて買い出しに行ってこいって」

 どこか不機嫌な間宮君が、面倒くさそうに言って髪をかきあげる。


「え、そうなの? じゃあ早く行かなきゃ……あぁでも、どうしよう」

 間宮君の目の前に出るのが恥ずかしすぎて、思わずその場でおろおろする。

「咲良ちゃん、やっぱり私、タオルかTシャツだけでも」

「だめ」

「う、酷い……」

「いつまでそんなとこに隠れてんだよ」

 なかなか動こうとしない私を見て、間宮君がいぶかしげに眉を寄せた。


「香奈ちゃんってばこんなに似合っていて可愛いのにね、恥ずかしいとか似合わないとか言って、なかなか外に出たがらないの」

「――よく似合ってると思うけど?」

 間宮君にじっと凝視され、慌ててまた咲良ちゃんの後ろで小さくなる。

「嘘だよ、そんなの。本当は、こんな小さい胸でビキニ着るなんてバカみたいだって思っているくせに」

 寄せても上げてもささやかなままだった自分の胸を見下ろし、つい八つ当たり気味に文句を言ってしまう。


「もしかして、先輩たちに言われたことをまだ気にしてんのか? いいかげん忘れろよ。あんなの軽い冗談だろ」

「全然冗談なんかじゃなかったよ。それに、本当にびっくりするぐらい小さいんだもん。あきらかに公開不可レベルだよ、これ」

「なんだよ、その公開不可レベルって」

 間宮君がふんと鼻で笑う。咲良ちゃんも苦笑しながら私の頭をぽんぽん撫でた。

「まぁまぁ、香奈ちゃんは体自体が小さいし、きっとこれから成長期なんだよ。大きくなるって」

「いいよ咲良ちゃん、無理して慰めなくても」

 しかもそれ全然慰めになってないし。成長期はこれでも終了したし。

「デカけりゃいいってもんでもないだろ。海には水着を着た女が腐るほどいる。いちいちお前一人のことをじっくり見ねぇよ。さっさと行こうぜ、先輩たちが待ってる」

「……そっか、そうだよね。他にいっぱい女の子がいるんだもん、誰も私とか見てないよね」


 海に行けば、きっと綺麗でスタイルのいい子がたくさんいるだろう。そんな場所で私が恥ずかしがってコソコソしていたら、かえって『お前なんか見てねぇよ、ブース』って呆れられちゃうかもしれない。

 意識しすぎている方が、みっともなくて目立っちゃうかも。

 よし、今度こそ吹っ切れたぞ。


「ごめん。いそごっか」

 タオルの入ったバックで前を隠しながらも、咲良ちゃんの後ろから出てサンダルを履く。

 その様子を見ていた咲良ちゃんがクスクスと笑いだした。

「間宮君と香奈ちゃんって、どっちが先輩だかわからないね」

「そうでしょ。間宮君てば、なぜか初めて会った時からこんな感じなんだよ。いつもアンタとかお前とか言われるし……。そのくせ部活中は敬語なんだよね」

「どっからどう見ても年上には見えないんだから仕方ないだろ。部活中はいろいろと面倒だから敬語使うけど」

「え、じゃあ二人きりの時だけこんな感じなの? ……すごく仲がいいんだね」

「うん、仲はいいよ。一応、同じポジションの可愛い後輩ですから!」

 驚いた様子の咲良ちゃんに、笑って頷く。

 まぁ、間宮君の方はちっとも先輩だなんて思っていないのだろうけど。


「咲良さん、すみませんがクーラーボックスに氷を入れて、向こうに持って行ってもらえませんか。部員たちが固まって座ってるんで、場所はすぐにわかると思うんですけど」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます」

「咲良ちゃん、ごめんね」

「大丈夫だよ。あっ、そのバックも私が持っていくよ。買い出しに行ったら、荷物が多いかもしれないし」

「ん、じゃあお願いします」

 タオルの入ったバックを咲良ちゃんに手渡す。

「またあとでね」

「うん」

 笑顔の咲良ちゃんに手を振り、間宮君と共に外へ出た。




 できるだけ誰にも会いませんように、なんてことを願いながら海へと向かったけれど、いざ行ってみればそこには間宮君の言う通り、たくさんの水着姿の女の子たちがいた。

 私なんかよりずっと大胆な水着で、みな楽しげに遊んでいる。

 ――やっぱり、ちょっと心配しすぎだったかも?

 少し気が楽になったところで海の家につくと、大量のビールやおつまみをカゴに入れた。


「俺たちも好きなものを買っていいってさ。何か選べば?」

「え、いいの? わーい、じゃあ冷たいアイスにしようっと!」

 間宮君と共に、冷え冷えのケースをのぞきこむ。

「うわぁ、どれもおいしそう! 夏といえばやっぱりこれだよね。買ったら急いで戻らないと」

「あぁ」

 先輩たちに取られてもいいように、余ったお金すべてを使い、たくさんのアイスを買い込む。両手に買い物袋を下げると、また熱をはらんだ砂の上を歩き出した。


「すごい量になったね。今回のスポンサーって誰? 章吾先輩?」

「あぁ」

「いつもながら気前いいなぁ。先輩ってそういうところがすごく男前だよね」


 歩くたびに、キュッ、キュッとサンダルが音を立てる。

 遮るもののない日差しは痛いほど。しっかり日焼け止めは塗ったけれど、私もあとでビーチパラソルを取りに行かなくちゃ。

 アイスが溶けてしまわないよう足早に歩きつつ、せっかくなので趣味ともいえる美少女ウォッチングを楽しむ。


「間宮君、見て見て、あの人すごくない? 可愛いし、スタイルめちゃくちゃいいよ」

「普通だろ」

「えー、そう? 間宮君てば絶対理想高いでしょ。――そう言えばさ、今日は誰が一番可愛い子をナンパできるか賭けるってみんな張り切っていたけど、上手くいったの?」

「さぁ、どうだろうな」

「間宮君は参加しなかったの? 私の予想ではね、やっぱり1位は章吾先輩だと思う」

 先輩だったら、女の子一人とはいわず、美女何人かをハーレムみたいに侍らせていそうだ。


「あの人、やたらと口が上手そうだよな。とりあえず守さんは全く無理そうだった」

「あぁ、やっぱり! 守って、一見ちょっと残念な感じの子に見えちゃうもんね」

「なんだよ、それ」

 間宮君が楽しげに笑う。

「なんていうかさ、しばらく噛んでみて初めて美味しさの分かるガムって感じじゃない?」

 守は外見が飛びぬけてカッコいいわけではないし、ちょっと子供っぽいところや面倒くさがり屋なところが目につきやすい。でも本当は結構優しいし、何より一緒にいるとすごく楽しいんだよね。


 夏の太陽に煌めく波間に目を向け、あの最高に楽しかったワカメ投げを思い出す。

 子供のようにはしゃぐみんなの姿。パンツを流されて半泣きだった守の顔。

 思わず一人で笑ってしまったけれど、ふいにその後の苦い記憶までもが一緒によみがえってきた。

 外灯に照らし出された司先輩の不機嫌な顔。真っ暗闇での猛ダッシュ。

 そして部屋に帰ってからの、正座つきのお説教――。


 一度は吹っ切ったはずの不安が、また急激に大きくなっていく。

 緊張のせいか微妙に寒気までしてきて、ぶるりと体を震わせた。


「……あのさぁ、間宮君」

 遠くを見つめる端正な横顔に呼び掛ける。

「私さ、こっそり荷物を置いたあと、合宿所に戻って上着を取ってこようかな」

「上着?」

「うん。司先輩に見つからないように、こっそりと……。なんかさ、つい章吾先輩や咲良ちゃんの説得に負けてこんなのを着てきちゃったけど、やっぱり水着を着るなら司先輩の許可を取ってからにした方が無難な気がする」

「無難、ねぇ……」

 間宮君が苦笑交じりにそう答え、また視線を前へと戻す。


「――俺は荷物を置いた後と言わず、今すぐ逃げた方がいいと思うけど」

「えっ?」

「あぁ、でももう無理だな。この距離だと、さすがのあんたでも追い付かれる」

「はい?」

「俺さ、今すっげぇ睨まれてんだけど」

 間宮君がくいっと顎を前に動かす。

 それを追って私も前を向いた瞬間――喉がヒュッと変な音をたてた。


 さっき感じた寒気は、ここからだったのかもしれない。

 真夏だというのに冷ややかな空気をまとって近づいてくる司先輩の姿に、両手の荷物がどさりと砂の上へ転がった。



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