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第7話 ゆかいな仲間たち

 仮入部5日目。

 だいぶ一日の練習の流れもつかめてきて、気持ちも身体も楽になってきた。


 グラウンドに集合すると、まずはみんなで軽くウォーミングアップ。そのあとパート別練習、全体練習(紅白戦みたいなもの)と続き、最後に走りこみをしておしまい。

 その後は、希望者のみが残ってアフター(居残り練習)の時間になる。


 このアフターが、とても楽しい。

 私と同じ一年生の部員たちは、まだ身体がしっかり出来てなくて怪我をしやすいということで、普段は先輩たちとは別メニューの練習をしていることが多いのだけれど、アフターの時は自分の希望するポジションの先輩に付き、アメフトの動きやルールを教えてもらうことができる。

 私は清田主将との約束どおり、同じ一年生でランニングバック(RB)志望の2人と共に、危険のない練習だけ、ちゃっかり参加させてもらうようになった。


 教えてくれるのは、爽やかクォーターバック(QB)、副将兼主務の翼先輩の時もあるけれど、大抵は2年や3年のQBやRBの先輩たち。

 QBからボールをすばやく受け取って走る練習の他に、まずは基本ということで、二人ずつ向き合ってキャッチボールをすることもよくある。


 アメフトのボールって、ラグビーボールを少し小さくして硬くしたようなものなのだけれど、これがなかなか扱いにくい。

 先輩達が投げるとミサイルのように猛スピードで一直線に飛んでいくのに、私が投げると変に回転してしまって綺麗に飛ばない。

 毎日一年生同士でキャッチボールをやり、やっとコツをつかんで上手く投げられるようになったので、調子に乗って翼先輩にキャッチボールを申し込んだら、速すぎて上手く取れず私のみぞおちにボールがぐさりと突き刺さった。

 息ができず声も出せない程の苦しみを初めて味わったけれど、私よりも翼先輩のほうが激しくうろたえていて、とっても申し訳ないことをしてしまったと思った。


 ところで、少し気まずいことのあったお隣の部屋のエースランニングバック(RB)、3年生の上原 司先輩だけど、あれ以来、部屋の前で遭遇することはなく、グラウンドでも目が合うことも口をきくこともほとんどない。


 アフターの時間、司先輩はたいてい翼先輩と組んで真面目に練習していて、1年生RBに教えに来てくれることも全くない。

 なんとなく、私がいるから避けているのかな……なんて思ったけれど、考えすぎかな?


 まぁ気になることはあるものの、部活がどんどん楽しくなってきたのは間違いなくて、同じ一年生の中に気の合う友達も見つけることができた。


 一人目は、木下 小太郎。

 元サッカー部のランニングバック(RB)志望で、身長は175cm。細身だけど、意外とがっしりしている。

 さらさらの茶色い髪と、すっきりと整った顔。見た目はおしゃれな今時の大学生って感じなのに、とても落ち着いていて穏やかな性格。たぶんすごくモテるんじゃないかな。


 二人目は、中村 育太。

 親の願いに応えすぎたのか、その名の通りとても体格のいい男の子。183センチ、体重100キロ超。元柔道部で髪は短く刈り上げられていて、ぱっと見はかなりの危険人物だ。

でも親しくなってみればとてもいい人で、言葉数は少ないけれど、すごく優しい。

希望ポジションはオフェンスライン(OL)。


 小太郎と育太は私と同様に、大学の近くで一人暮らしをしている。


 そして、最後にもう一人。広瀬 守。 

 元野球部のランニングバック(RB)志望。身長は自称170センチ、ややぽっちゃり。

 この人は、一言で言えばお調子者。いつも何か面白いことをしてはみんなを笑わせてくれている。

 一年生の中で唯一私と同じ法学部で、自宅通学だ。

 外見は……うん、愛嬌のある丸顔だと言っておこう。


 『たまには部活外でゆっくり話そうぜ』、という守の提案により、今日の練習が終わったあと、みんなで定番となりつつある「ゆり」へ晩ご飯を食べに行き、小太郎の家に遊びに行くことになった。




***



 小太郎のアパートは、私の部屋から徒歩15分ほど。わりと新しいこぎれいな部屋で、ロフト付きだった。


「お邪魔します。……わぁ、小太郎らしいね。部屋の中がすっきりおしゃれだ!」

「本当だなぁ。おっ、酒のビンがたくさんある!」

 守がいそいそとお酒のならぶキッチンの棚へと近寄っていく。


「育太、香奈ちゃん、酒は何でもいい?」

 小太郎が爽やかな笑顔で聞いてくる。

「あぁ」

「あ、私はまだお酒飲んだことないから、それ以外があれば嬉しいんだけど」

「了解」

 守が人の部屋のキッチンに立ち、なにやら楽しそうな顔で飲み物を準備している。隣で見守る小太郎は苦笑いだ。


「お待たせいたしましたー」

 おどけた守が運んできたのは、缶ビール3つと私用の何やら茶色いコーヒー牛乳のようなもの。

「それじゃあ、今日も練習お疲れ様! 乾杯!」

 みんな嬉しそうにビールに口をつける。私ものどが渇いていたので、ありがたくその飲み物に口をつけた。


「んん? コレおいしいけど、コーヒー牛乳じゃないよね? 豆乳?」

 ほろ苦くって、甘くって、ちょっと粉っぽさを感じるものの、なかなかおいしい。

「それ、プロテイン・カプチーノ味のミルク割り。お前小っこいんだからもっと大きくなれよ、香奈!」

 守がケラケラと笑っている。

「うそ、これがプロテインなの? 意外と美味しいんだね!」

 もっとまずいものかと思ってた。これなら毎日でも飲めちゃいそう。

 しかし、さすが小太郎。カプチーノ味だなんて、プロテインの味までオシャレじゃないか。

 清田主将のような意外性がなくて、見た目どおりの優しくて大人っぽい人なんだろうな。


「小太郎たちも、もうプロテインなんて飲み始めたんだね」

「うん。まずはアメフトできるだけの体を作らないと話にならないだろうからね。うちの同好会は人数少ないから、頑張ればわりと早くレギュラー狙えそうだし」


 私もだんだん分かってきたところなんだけど、アメフトというのは、野球のように攻守交代制のスポーツらしい。

 一つのチームの中に、オフェンス(攻撃)担当チームと、ディフェンス(守備)チームが分かれていて、人数が足りないなどの理由があるとき以外は、一人の選手がオフェンスとディフェンスを兼任することは少ないようだ。


 自分たちのチームに攻撃権がある時、フィールド上にいるのはオフェンスチームのメンバー11人。

 途中で相手に攻撃権が移ったときには、オフェンスチームのメンバーは全員ベンチに下がり、代わりにディフェンスチームのメンバー11人がフィールド上に出て防戦することになる。


 つまり、一つのチームでオフェンス11人とディフェンス11人、あわせて22人の選手が必要になるということ。


 BLACK CATSはまだ結成して4年目ということもあって、他のチームに比べて部員数が少ない。私たち新入部員をのぞくと、2年生から4年生まで合わせて30人ほどしかいない。

 さっき言ったように、アメフトではオフェンス、ディフェンス合わせて22人の選手が必要だから、30人中の22人、かなりの確立でレギュラーになることができる。その上、途中交代は何人でも認められるので、1年生でもそれなりに力があれば試合に出られる可能性は十分にある。


「そういやさ、明日だな、仮入部の期限。みんな続けるんだろう?」

 忙しくお菓子を食べていた守が、口をモゴモゴさせながら聞いてくる。

「あぁ」

「もちろん」

「香奈はどうすんだ?」

「うーん、続けたいとは思っているんだけど……」


 そう、最初の方はどうなることかと思ったけれど、今はそこまで嫌じゃない。

 アメフトの面白さなども少しずつ分かってきて、むしろこのまま続けてみたいという気持ちが強い。

 だけど……司先輩の一向に軟化しない態度を見ていると、このままここに残ってもいいのかなぁ、なんて悩んでしまう。


「お前、最初の『若紫枠』の件は笑えたけど、実際マネージャー向きだと思うよ。小っこいのに体力あるし、よく働くし……。でもさ、どうしてランニングバック(RB)のアフターに混ざろうと思ったんだ?」

 守が不思議そうに聞いてくる。

 そうだよね。普通、女子マネージャーが男子部の練習に参加したりしないよね。


「仮入部の初日にね、清田主将と一緒にグラウンドに来て初めて上から練習風景を眺めた時に、たまたま司先輩の走りを見たの。――すごかった。スピードももちろんだけど、ディフェンスのかわし方とかすごく軽やかで無駄がなくて……なんていうか、私もあんなふうに走ってみたい、もしそうなれたらどんなに気持ちいいだろうって思っちゃって。ぽけーっと眺めていたら、清田主将が『アフターの時ならお前もRBの練習に参加していいぞ』って言ってくれたの」

「司先輩の走りを見て、か。確かにすごいもんな。俺もあの走りを見てRBやりたいって思ったよ」

小太郎が優しく頷いてくれる。


「私ね、子供の頃から格闘技とかすごく好きで、強い人に憧れてたの。でもうちの幸子――お母さんの理想は、『男の子ならスポーツマン、女の子なら可憐なお嬢様系』ってはっきり決まっててね、私がどんなにお願いしても空手とか剣道とかは習わせてもらえなかったんだ。やっと許してもらえたのは陸上だけ……。いっつもね、どうして私は男の子に生まれなかったんだろう、もし男の子だったなら、やりたいスポーツをなんでもやることができたのになぁって思ってた」


 中学に入ってからは、女の子としての自分の外見へのコンプレックスも合わさって、余計にそう思うようになった。


「アメフトってさ、まだよく分からないけれど、スピードもパワーもチームワークも必要じゃない? 私にとって、まさに理想のスポーツなんだよね。選手として参加できないのはすごく残念だけど、アフターで練習に参加させてもらえるだけでも楽しいし、マネージャーの仕事を頑張ることでチームの一員として認めてもらえるのなら続けてみたいなって思うよ」

「香奈はもう認められてるだろ。練習前のテーピングとかで、先輩たちに頼りにされているじゃないか」

 育太がぼそっと優しいことを言ってくれる。


「そういえば、香奈ちゃんテーピング巻くの上手いよね。なんで?」

「私、陸上部だったでしょう? その頃自分でやってたの。それで仮入部の二日目に、変な巻き方をしている先輩がいたから代わりに巻いてあげたら、すごく感謝されてさ。嬉しくなって、もう一度本で勉強しなおしてきたんだ」


 アメフトは激しいスポーツだからか、怪我の予防のためにあらかじめ足首などにテーピングを巻いておく人が多いみたい。

 こんなところで役立つとは思わなかったけれど、今では毎日沢山の先輩が頼んでくれて、ちょっと仲間に入れてもらえたような、そして頼りにされているような嬉しい気持ちになれる。

 相変わらず態度や口調は怖いんだけど。


「香奈も続けろよ。みんなでリーグ優勝めざそうぜ!」


 たった1本のビールで顔を赤らめた守が、勢いよくこぶしを突き上げた。







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