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第31話 夏合宿(1)

 咲良ちゃんが泊りに来た日の二日後、日曜日。

 合宿初日の今日は、朝からまさに合宿日和といえそうな晴天に恵まれた。


「見て、咲良ちゃん。本当に海のすぐ近くだよ!」

 章吾先輩の車を降りて見上げたのは、思っていたよりもずっと小ぎれいな3階建の合宿所。

 その周りには、ナイター設備もばっちりの広いグラウンドにテニスコート、バスケットコートと綺麗に手入れされた芝生が広がっていて、どことなく南国ムードが漂っている。

 後ろの防風林を抜ければもう海で、砂浜を少し歩くと海の家が数件並ぶ海水浴場になっているそうだ。


 すっきり晴れた青空を見上げ、二時間のドライブで硬くなった身体をほぐすように深呼吸する。

 まだ午前も早い時間というのに、夏の日差しは容赦ない。今日の練習も熱中症には十分気をつけなくっちゃね。

 「へぇ。予想していたよりもずっと素敵な場所だね。本当に海が近いんだ」

 私の後から車を降りてきた咲良ちゃんも、眩しそうに目を細めている。

 いつもは女の子らしいスカート姿が多い咲良ちゃんだけど、今日は合宿の手伝いということもあり、めずらしく膝上丈のパンツをはいている。髪の毛もすっきりひとまとめ。

 それでもやっぱり咲良ちゃんの女の子らしさが損なわれることはなく、むしろその白いうなじが気になってしょうがない。


 昨日、練習後のミーティングで章吾先輩が咲良ちゃんの合宿参加を伝えた時、興奮した部員たちが猛獣さながらの唸り声を上げていただけに、これからの3日間がちょっと心配だ。

 まぁ何と言っても誰もが恐れる司先輩の妹なのだし、咲良ちゃんに手を出したり女風呂を覗いたりした者は、たとえそれがお酒のせいであったとしても全裸で沖に捨ててくるって章吾先輩が脅していたから、大丈夫だろうとは思うけれど……。


「海かぁ、今年初かも。明日の自由時間が楽しみだね、香奈ちゃん」

「うーん……そうだねぇ」

 楽しげな咲良ちゃんの言葉に、もうひとつの心配事を思い出す。

 あまり乗り気でない雰囲気が伝わってしまったのか、車のトランクから荷物を下ろしていた章吾先輩が、チラリと視線を向けてきた。


「香奈、お前ちゃんと持ってきただろうな」

「一応、持ってきてはいますけど……」

「大丈夫です。昨日の練習のあと、二人で買いに行ったんですよ。すっごく可愛いやつ」

 咲良ちゃんの言葉に、章吾先輩が満足げに頷く。

「まだ司には黙っておけよ」

「でも……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まってんだろ」

「平気、平気。そんな深刻に考えることないって、香奈ちゃん」

 美形二人の笑顔はまぶしいばかりだけど、不安はちっともぬぐえない。

 咲良ちゃんの合宿参加と引き換えに章吾先輩から出された条件を思い出し、またため息がこぼれた。


 そう、あれは二日前の電話でのこと――――



「水着……ですか? 二人とも?」

 咲良ちゃんを参加させる代わりに、必ず二人とも水着を持参すること。

 そんな思いもかけない条件を提示され、もう一度確認してみる。


『あぁ。合宿所は海の近くだと言っていただろう?』

「はい。みんな自由時間に泳いだりするんですよね。でも私は海が苦手なので泳がないですし、普通の服だけで行くつもりだったんですけれど」

 多分なんだかんだと忙しくて、遊ぶ暇もなさそうな気がするんだよね。


『だめだ。別に海に入れとは言わんが、水着だけは持って来い』

 海に入らなくていいのに、なんでわざわざ……まぁ、そこまで言うのなら一応持ってはいくけどさ。

「分かりました」

『よし。このことはまだ司には話すなよ』

「え、どうしてですか?」

『驚くツラが見たいからに決まってんだろうが』

 うわぁ、なんか怖いなぁ……って、ちょっと待って!


「持っていくだけじゃなくて、水着を着なくちゃダメなんですか? それはちょっとまずくないですか?」

『あ?』

「アメフトのみんなもそうですけど、沢山の男の人がいる前で咲良ちゃんが水着になるなんて、司先輩、絶対怒っちゃう気がするんですけど」

 隣にいる咲良ちゃんが、「え、私?」と呑気に首を傾げる。

 うん、やっぱりダメだよ。だって水着になるってことは、今の咲良ちゃんよりさらにセクシーな姿になっちゃうってことでしょ? そんなの危険すぎるし、司先輩が怒るに決まってる!


『お前……そうきたか』

「えっ?」

『なんでもない。――とにかく大丈夫だ。海に行けば水着になるのは当たり前だろうが。あいつだってその程度でうるさく言わねぇよ』

 そうかなぁ。咲良ちゃんの水着姿はどう考えても、部員たちにとって刺激が強すぎる気がするんだけど。特に守なんか、盛大に鼻血をふいて貧血で倒れてしまいそうだ。

 それに問題は咲良ちゃんだけじゃないよね。そういう色気面では心配のない私ですら、この前の海の件では司先輩にいろいろと怒られたばかりなのに……。


「先輩、やっぱり無理です」

 もうあんな怖い思いをするのはいやだ。今の私にとって海は鬼門な気がする。

 そう思って今回ばかりは粘ってみたものの、章吾先輩が折れる様子は全くない。

「それなら、咲良ちゃんの合宿参加もなしだな」

 ついにはそんな大人げのないことまで言いだし、隣で耳を澄ましていた咲良ちゃんがしょんぼりと肩を落とした。


 どうしよう。せっかく手伝おうかって言ってくれたのに……。咲良ちゃんなら大丈夫かも、なんて調子のいいことを言っておきながら今更やっぱりダメだなんて、申し訳なさすぎるよね?

 携帯を耳に当てたまま黙り込んだ私に、隣にいる咲良ちゃんがじーっと目で訴えてくる。

 「行きたいよー。手伝いたいよー」

 とうとう口でも訴えられた。

 しかたない。水着を着るにしても、上に何か着ておけばきっと何とかなるよね。


「……分かりました。とにかく、水着を着ればいいんですよね」

 ため息交じりにそう伝える。

「よし、それじゃあ咲良ちゃんに変われ」

 満足げな先輩からそう言われ、咲良ちゃんに携帯を手渡した。

 咲良ちゃんは何やら楽しげな様子で先輩とコソコソ話をしていたけれど、しばらくして通話を終えると、満面の笑顔で私を振り返った。


「香奈ちゃん、水着! 水着だして!」

「えっ、今?」

「うん、どんなのか見せて」

 仕方なく、衣装ケースの奥から去年の水泳の授業で使った水着を引っ張り出す。


「……なにこれ。香奈ちゃん、まさかこれ着て海に行くつもりだったの!?」

「うん。これしか持ってないし」

「でもこれって競泳用だよね!? こんな色気のない水着、絶対ありえないって! さすがのお兄ちゃんでも一瞬で冷めるよ!?」

「さっ、冷めるって……いやでもさ、どうせこの上にTシャツと短パン履くんだから、中に何を着てても変わんなくない?」

 泳がなければ透ける心配もないし、髪が濡れる心配もない。うん、ばっちり大丈夫だ。

 変な水着だったしても、せいぜい着替える時に咲良ちゃんから見られちゃうぐらいだよね。


「それもダメ。今が旬の女の子がさ、なんでTシャツなんかで身体を隠さなくちゃいけないの? 可愛い水着を着るなら今しかないでしょー、今しか」

「咲良ちゃんはいいよ、スタイルいいしさ。でも私がそんな可愛い水着なんか着たら、かえって先輩冷めちゃうと思う。ぺったんこの貧乳だもん」

「大丈夫だって。そんなものいくらでも大きく見せるアイテムがあるんだから。明日練習の後、一緒に水着を買いに行こうよ。私も新しいのが欲しかったんだ」

「私はいいって。この前司先輩に怒られちゃったばかりだし、水に入る気はないから……。咲良ちゃんもあんまり大胆なのはやめておいた方がいいよ。先輩に怒られちゃうよ?」

「さっきもそんなことを言っていたけど、なんで私がお兄ちゃんに怒られるの?」


 納得がいかない様子の咲良ちゃんに、この前の海での一件を話す。

 服のまま泳いでしまったこと。下着が透けていることに自分では全く気付かず、迎えに来てくれた先輩から家に帰って正座でお説教をされたこと。

 タックル禁止令の本当の意味を教えてもらい、先輩のやきもちが嬉しくて顔がにやけ、さらに怒らせてしまったことは内緒だ。


「今の咲良ちゃん、すごく色っぽいもん。男の子がいっぱいいる明るい場所で水着なんか着てたら、司先輩心配しちゃうよ?」

「――女が濡れた髪や透けた服で無防備に男の前に出るもんじゃない、ねぇ……。今日会った時にも思ったけど、お兄ちゃんってこんなに過保護で束縛するタイプだったんだ。まぁ、気持ちは分からないでもないけれど」

 咲良ちゃんが楽しげに笑う。


「大丈夫だよ香奈ちゃん。服のまま泳いで下着が透けちゃうのと、海で水着になるのとでは全く違う話だよ。水着も着るなと言われたわけじゃないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「お兄ちゃん結構モテるからなぁ。可愛い水着きた女の子たちが、よってたかってお兄ちゃんに色目を使ってきたりしちゃうかも。そんな中、香奈ちゃんは冴えないTシャツ短パン姿で太刀打ちできるの?」

「うっ……」

「一度きりの夏、せっかくの海なんだよ。一緒に思い出作ろうよ香奈ちゃん! それにこの前雑誌で読んだんだけどね、恋人と長くラブラブでいるためには相手の言いなりにばかりなってちゃダメらしいよ。それだとマンネリ化して、飽きられるのも早いんだって」

「飽きられる!?」

「相手の気持ちを引き付けておくためには、適度な刺激、サプライズがとても効果的だってさ」

「サ、サプライズ……」

「そう、思いもかけないサプライズ。――可愛い水着を着た香奈ちゃんがいきなり目の前に現れたりなんかしたら、もうお兄ちゃん絶対驚くだろうなぁ。間違いなく惚れ直しちゃうとも思うんだけどなぁ……。それでもやっぱり、嫌?」

「…………」


 咲良ちゃんの言葉をそのまま信じたわけじゃない。決して信じたわけじゃないんだけど……。

 結局咲良ちゃんの説得に負け、次の日の午後、二人で水着を買いに行くことになった。


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