表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/107

閑話 BLACK CATS野生の王国(2)

視点が途中から、香奈→小太郎に変わります。


 とっても幸せな気分のまま迎えた、その日の午後。


「じゃあ、香奈。また後で」

「はーい」

 今日最後の授業を終えると、学食へ寄ってから行くという守と一旦別れ、一人図書館へと向かった。

 

 テスト前のこの時期、大学内のカフェテリア、学食、図書館には沢山の試験勉強をする学生たちが集まってくる。

 中でも、調べ物をしながら勉強できる図書館は人気があって、かなり広いにもかかわらず席が確保できないこともしばしばだ。

 おもに文系の学生が利用する中央図書館の2階、第一閲覧室でめずらしく4人掛けのテーブルが空いているのを見つけると、ほっと安心して荷物を下ろした。


 ――この辺の席、座るのは初めてかも……。

 入口から少し右奥にはいった、あまり普段利用することのない場所。立派な図鑑や事典がシリーズごとにずらりと並んでいる。

 ふとその中の一冊、動物図鑑らしきものに目がとまり、思わず立ちあがった。


 動物の図鑑なんて、大学生が使うことあるのかな? 

 手の上では広げられないほど重たい図鑑を持って席に戻り、目次を開く。

 えーっと、ネコ科の動物、ネコ科、ネコ科……。

 調べたかったのは、司先輩と初めてグラウンドで出会った時から気になっていた、あの疑問。司先輩のイメージにぴったりくるネコ科の肉食獣ってどれだろう――ということだ。

 多分、チーター、ヒョウ、ジャガーあたりなんじゃないかなって漠然と思ってはいたんだけど……。

 目当てのページを見つけると、一つ一つ写真を眺め、詳しい解説を読みこんでいった。


 ――ふんふん、地上で最も速く走るのがチーターで、木のぼりが得意なのはジャガーやヒョウね。

 体格的に、司先輩にチーターではちょっと細すぎちゃう気がする。もう少しがっしりしたジャガーの方が、見た目にしっくりくるよね。

 ジャガーってネコ科の動物の中ではライオン、トラについで三番目に大きいんだ。とっても強そう。やっぱりチーターみたいに足が速いのかな?


 図鑑にはその辺のことがあまり詳しく載っていなかったため、携帯を取り出して調べてみる。

「えーっと、早さ比べ……っと。あ、あった、あった」

 あれ? ジャガーやヒョウって、チーターと違って意外と足が遅い。

 そうなると、木には登れなくてもチーターの『地上最速』ってポイントが捨てがたくなっちゃうなぁ……。


「うーん」

 迷った時のいつもの癖で腕を組み、何度もチーターとジャガーの写真を見比べてみる。

 よし、決めた! 見た目のイメージ重視でいこう!

 持っていたルーズリーフを一枚取り出し、まずは緑のペンでサバンナを描く。

 その中央に枝を大きく広げた木を書くと、悠然と寝そべる金色の動物を書きこんだ。


 おぉ! 何だか顔も司先輩に似てないか!? カッコいい!

 でも一頭だけだとちょっと寂しいかな。他のみんなのイメージアニマルも考えてみよう。

 小太郎なんかもやっぱりネコ科だよね、足速いし。司先輩よりもスリムで、おしゃれで綺麗なイメージ――それこそ、小顔のチーターが似合うんじゃない?

 守は……わっ、ぴったりなやつ、見ーつけた!


 試験勉強用に持ってきていた色とりどりのペンを使い、ルーズリーフ数枚分のサバンナの中に次々と動物たちを書き込んでいく。

 守がなかなか来ないのをいいことに、夢中になって図鑑をめくり続けた。




*****




 その日最後の授業が終わり、緊張から解き放たれた学生たちが一斉に荷物をまとめだす。

「木下、今日から部活ないんだろ? この後どうすんの?」

 隣で講義を受けていた友人の戸塚が、あくびをしながら話しかけてきた。


「うーん、金融論の資料集めに、図書館行ってこようかなと思って」

「あーあれか。早いな、もうやるのか?」

「結構手間取りそうだし、やれる時にやっておかないと、テスト前でも連日呼び出しがかかったりするんだよ」

 もちろん、さみしがりやの泰吉先輩から。

 パシリは香奈ちゃん、サシでの飲み相手は俺。いつの間にか泰吉先輩の中でそういう担当が決められてしまっていたらしい。


 駿と雄大の件があって以来、司先輩のガードが固くなり、さすがの泰吉先輩でも長い時間香奈ちゃんを拘束するのは難しくなったようだ。

 それでもめげずに香奈ちゃんをパシり続けるあたり、もう単なる司先輩への嫌がらせとしか思えないけれど。


「そっか。部活やってると色々大変だな。じゃあ、またテスト終わってから部活が休みの日にでも飲みに行こうぜ」

「あぁ、悪い。またな」


 クーラーの効いた講義棟を一歩出ると、肌をじりじりと焼く夏の日差しと熱気に晒される。

「あっつ……」

 熱を蓄えたアスファルトの上を足早に歩き、図書館へ向かう。

 2階にある正面入口へと続く階段を上り始めた時、後ろから大きな声で呼びとめられた。


「木下君!」

 笑顔で駆け寄って来たのは、同じ学部の女の子。

 さっきまで隣で授業を受けていた戸塚が以前コンパで知り合った子で、俺も戸塚と一緒にいる時に何度か話しかけられたことがある。

 ――と、言うよりも。同じ授業がある度に、友達らしき子と一緒に鬱陶しいほど観察されている気がするから、多分それなりの好意を持たれているんだろう。


「こんにちは」

「こんにちは! 偶然だね、木下君も今から勉強?」

「うん。ちょっと調べたいことがあって」

「そう。……あっ、私ね、この前の木下君の試合、応援に行ったんだよ?」

 肩を並べて階段を上がりながら、名前も覚えていない女の子がはしゃいだ声を上げる。


「この前のって……T大戦?」

「うん、そう。木下君ってすごいよね。2年生なのにあんなに沢山試合に出してもらえてさ。すごくカッコよくて、感動しちゃった!」

「……そう?」


 あんな最悪の状態だったのに、カッコよくて感動した、か……。

 アメフトのことなどろくに知らないのだろうから、仕方のないことかもしれないけれど。

 それでもいつものしつこさで眺めていたのならば、俺が落ち込んでいる姿とか、先輩たちとの微妙な雰囲気とか、多少なりとも気付くことができたんじゃないだろうか。

 香奈ちゃんや育太はともかく、あの守でさえ気を使うほど酷い有様だったのだから……。


 図書館の入口を過ぎても当たり前のようについてくる女の子に目を向ける。

 香奈ちゃんと同じ位の小柄な体。

 茶色く染められた長い髪は艶やかで、清潔感もある。

 客観的に見て、男10人に聞けば10人揃って「かわいい」と答えるような子だ。

 だけど――ただ、それだけ。


 まだ話し足りないといったそぶりに気付かないふりをして、足を止めず閲覧室へと向かう。

 ふと見覚えのある後ろ姿を見つけ、立ち止まった。


「あ、あのさ木下君、よかったら今から一緒に――」

「ごめん。俺、女の子と待ち合わせしてるから」

 笑顔できっぱり断ると、俯いて熱心に何かを書いている小さな背中に歩み寄る。

 まだこちらの様子を窺うかのような視線が追いかけてきているのを感じて、わざと柔らかな髪に手を伸ばした。


「こんにちは、香奈ちゃん」

「わっ、小太郎!? びっくりした!」

「やけに熱心に勉強していると思ったら……これ、何?」


 隣に座り、香奈ちゃんが慌てて隠した手元の紙を覗き込む。

 一番上に書かれているのは、どうやらタイトルらしきもの。

「BLACK CATS……野生の王国?」

「うーん、かなり恥ずかしいんだけど……まぁ、小太郎ならいっか」


 苦笑した香奈ちゃんが身を起こす。

 その下から出てきたのは、ルーズリーフ8枚分の、何やら広大な草原と沢山の動物たちの絵だった。


「これは、すごいな……香奈ちゃんって絵が上手なんだね」

 ひとつひとつ表情の異なる、多種多様な動物たち。

 群れをなしているもの、草を食むもの、仲間同士喧嘩をしているものまでいる。

「これね、みんなのイメージアニマルなの」

「みんなって……部活のみんな?」

「そう。それぞれ横に小さく名前が書いてあるよ。ちなみにこれ、『チーター小太郎』」

「俺?」


 指さされていたのは、遠くの何かを見据えるかのように顔をしっかりと上げ力強く立っている四本脚の動物。

 ――うん、たしかにどこから見ても立派なチーターだ。


「小太郎って足が速いでしょ? 最初にネコ科のハンターっぽい動物が似合うかなと思ったの。細身なんだけどスピードがあって身のこなしが軽やか。捕まえた獲物を絶対逃がさないぞって力強さもあって、あと小顔で綺麗なイメージね。そんな小太郎には、チーターがぴったりじゃない?」

「……そう?」

「うん。小太郎チーターはね、とっても知的で意志が強いんだよ」

 これは、かなり嬉しいかも。

 緩みそうになる口元を手で隠しながら、そのサバンナに目を向ける。


「……俺、名前を見なくてもいくつかあてられると思うよ」

「ホントに?」

「うん。これ絶対、司先輩だよね?」


 サバンナの、ちょうどど真ん中。

 大きな木の上に寝そべり他の猛獣たちを悠然と見下ろしている、チーターとよく似た金色の美しい動物。

 鋭い眼差しと逞しい体が与える存在感、威圧感は、まさに司先輩そのもの。

 だけど、これが司先輩だとわかる確かな理由がもう一つあって――


「当たり! それはジャガー司です!」

「ジャガー司!?」

「うん。司先輩ってさ、どこからどう見ても迫力満点の猛獣系でしょ? そこまではすぐに決まったんだけど、その後ジャガーとチーターどっちにするかですごく迷ったんだよね。

体格や雰囲気から言うと細身のチーターよりジャガーが似合うような気がするんだけど、ジャガーってそんなに足が速くないらしいからどうしようって……。でもね、この木の上から無言でみんなを見下ろしてる感じがまさに司先輩っぽいと思って、木のぼりが得意なジャガーの方に決定! でねでね、両方のいいとこ取りをしようと思って、オプションで足だけはチーターの足に代えてみました!」

「何それ! そんなオプションもありなんだ」


 さすが香奈ちゃん。司先輩にかける愛情は半端ない。

 ジャガー司ってネーミングだけは、ちょっとどうかと思うけど。


「あとさ、この司先輩のいる木の下でお座りをして上を見上げている動物、絶対に香奈ちゃんだろ?」

「わぁ、よくわかったね!」

 いや、これだけ熱い視線でジャガー司を見つめていたら、誰にでもわかるって。


「香奈ちゃん、何か口にくわえてない? ってか、香奈ちゃんは何の動物? 模様は似ているけど、ジャガーやチーターにしては小さすぎるよね?」

「えっとね、口にくわえているのは、司先輩への献上品のお肉。私が何の動物かって言うと……一応、発育不良のジャガーってことで」

「ジャガー? 香奈ちゃんが?」

「あっ、やっぱりずうずうしすぎるよね」

「いやいや、そんなんじゃなくて。俺の中のイメージでは、香奈ちゃんには小動物系が似合うと思うんだけど」

 子猫とか、すばしっこいリスとか。


「う、やっぱり? 自分でも猛獣系は無理があるかなと思ったんだよね。でもさ……異種族は、さすがにまずくないかな?」

「異種族?」

「うん。発育不良で貧相でも同じジャガーならともかく、異種族の猫とかリスとかじゃ、ジャガー司にはとても相手にしてもらえそうにないよね?」

 そこ、やっぱり一番重要なポイントなんだ。たとえ架空の世界の話であったとしても。


 だけど、多分――

「それはないんじゃない? もし香奈ちゃんが子猫や子ウサギだったとしても、司先輩はたいして気にしないと思うけど。子猫香奈を抱え込むようにジャガー司が身体を丸めて寝そべってさ、周りの動物たちを目で威嚇するんだよ、きっと」

 うん。我ながらいい案だ。それはきっと、心癒される光景に違いない。

「それって、司先輩のお腹の毛を布団代わりにして眠れるってこと? そ、その案も捨てがたいかも」

 香奈ちゃんが、へへっと笑って顔を赤らめる。


「どうしよう。やっぱり無理はしないで他の動物に変えよっかな? あ、イリオモテヤマネコだったら、ちょっと模様がお揃いっぽいかも。でも、こんな希少価値のある動物ってガラじゃないし……。サーバルがいいかなぁ、それともオシキャットかなぁ……やっぱり、ただの雑種のイエネコ?」


 真剣な表情でページをめくる姿を見て、つい笑ってしまう。

 もう、本当にこの子は可愛すぎる。

 香奈ちゃんの司先輩を思う気持ちは、何があっても揺らがない。

 一日たりとも、一秒たりとも。


 ここまで惚れられている司先輩が、時々無性にうらやましくなる。

 もし、二人が付きあっていなかったとしたら、多分俺は――――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ