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閑話 BLACK CATS野生の王国(1)

お話の途中から視点が香奈→小太郎に変わるので、閑話扱いにしてみました。


「ピピッ、ピピッ、ピピッ」

 小さな目覚まし時計の音が鳴る。

 隣で眠る司先輩を起さないようそっとベッドを抜け出すと、携帯片手にバスルームへ向かった。


「もしもし、守? ちゃんと起きた? ……うん、じゃあ40分後ね」

 小声で話し、電話を切る。

 素早く着替えて顔を洗うと、朝食の支度にとりかかった。


 前期試験まで、残すところ2週間。今日から部活は試験休みに入る。

 司先輩の勉強の邪魔にならないため、そして私自身が試験勉強に集中するため、先輩とも話しあって今日からテスト期間終了までは自分の部屋に戻ることになっている。

 こうして先輩の朝ご飯を作るのも、しばらくはお休みだな……。

 いつもより少しだけ手をかけたメニューを作り終えると、まだぐっすり眠っている先輩の元へと静かに歩み寄った。


 ――どうか、まだ起きませんように。

 可能な限り気配を消して、先輩の顔を覗き込む。

 毎朝恒例の、司先輩観察タイム。私にとっては至福の時間だ。

 目が合えば恥ずかしさのあまり数秒と持たないけれど、今ならドキドキしながらもなんとか見つめていることができる。


 とびきり綺麗な色をした瞳を閉じていても、どこか日本人離れしたほりの深い整った顔立ち。

 規則正しく上下する逞しい胸。

 子供っぽさがばかりが目立つ私とは違い、先輩は眠っている時でさえ幼さとは無縁の大人の男そのものだ。


 温かな太い腕は、今も私が寝ていた場所にのばされたまま。

 先輩と一緒に暮らすようになり同じベッドで眠り始めた最初の頃は、緊張のあまり全然寝付けなくて大変だったけれど、今ではその温もりがあるのが当たり前のように体になじんでしまっている。

 男らしい大きな手のひらをじっと見ていたら、なぜか無性に、そこに触れたくなってしまった。


 ――いいかな、大丈夫かな? これぐらいなら起きないよね?


 初めてキスしたときのような緊張感を覚えながら、普段は恥ずかしくて自分から触れることのできないその手に、ゆっくりと顔を近づけていく。

 指先にそっと唇を落とした瞬間、いきなり先輩の腕が動き、ベッドの上に引きずりこまれた。


「せっ、先輩!?」

「……走りに行くのか?」

 再び目を閉じた司先輩が、少し掠れた声で問いかけてくる。

「はい、今から」

「守も?」

「はい」

「そうか。気をつけて行けよ」

 何気ない一言に、心臓が小さく跳ね上がる。

「はいっ!」


 Tシャツ越しに伝わる先輩の温もりと匂いを、2週間分たっぷりと味わう。

 再び寝息を立て始めた司先輩からそっと離れ、タオルを手に玄関のドアを開けた。




「おはよ! 守」

「おう。行くか」


 待ち合わせ時間ぴったり。マンションの下で待っていた守と共に走り出す。

 海に遊びに行った日の2日後から始まった守とのジョギングは、すでに今日で7日目になる。

 あの時、心を入れ替えると言ったのは嘘じゃなかったみたいで、守は今まで先輩に何度言われてもサボっていた体力作りに本気で取り組もうとしているみたいだ。

 まぁ、一人だと続く自信がないなんて素直に白状しちゃうあたり、守らしいと思うけれど。


「今日はどこ行こっか?」

 朝の爽やかな空気を切って走りながら、問いかける。

「そうだなぁ……。あっ、医学部の校舎裏にある池に行ってみようぜ。あそこ、カメが大量繁殖して困ってるらしいぞ」

「カメ? なんだろ。アカミミガメ?」

「知らね」

「じゃあ休憩場所はそこにしよう。大学の外回りを走ってからね」

「了解」


 しばらくの間互いに黙ったまま、一定のペースを保って走り続ける。

 毎日たくさんの学生で溢れる正門前も、この時間はまだ閑散としている。

 入学以来続けているジョギングで顔見知りになったおじさんが、犬の散歩の足を止め、笑顔であいさつしてくれた。


「ねぇ守。試験勉強、頑張ってる?」

「まさか。俺まだ、試験範囲も、知らねぇし!」

「守ってば、息が切れるの早っ!」

「うるせっ。そんなことより、今日授業終わったら、試験範囲教えて! あと、全教科のノートの、コピーなっ!」 

「はいはい。もうちゃんと用意してあるよ」


 ペースが崩れがちな守をせかしながら走り続け、今日の休憩場所へと向かう。

 水面に気持ち悪いほど浮かんでいる亀を眺めたあと、一限までの残り時間を見ながらさらに走り、マンションへと戻ってきた。


「お疲れ様。また後でね――って、なんで守まで上に行くの? 一度家に帰ってシャワー浴びてくるんでしょ。急がないと授業に遅れるよ?」

「まぁまぁ、細かいことは気にすんなよ」

 いつもならここでお別れなのに、守は一向に帰るそぶりを見せず、当然のようにマンションの階段を一緒に上ってくる。


「だから、なんで付いてくるの」

「家に帰るの、かったるい。香奈んちのシャワー貸して!」

「えー、やだよ! ちゃんと自分の家に帰りなよ。それか部室棟のシャワーを使えばいいじゃん!」

「そこまで行くのが面倒くさい。すっげー腹減ったし。お願い香奈! なんか食わせて!」

「やだ」

「なんでもいいからさー」

「何もないってば!」


 ドアの前に立ち、小声でやりあう。

 いつまでたっても諦める様子のない守にため息をつき、渋々部屋に通してコンビニにでも買い物に行こうかと思った、ちょうどその時――。

 隣の部屋のドアが、大きな音を立てて開いた。


「守、帰れ」

 寝起きで不機嫌さマックスの司先輩が、鋭い目で守を睨みつける。

「しっ、失礼しましたっ!!」

 さっきまでのしつこさはどこへやら。足音も荒く逃げ出した守に、思わず笑ってしまった。


「香奈」

「あっ、はい」

「お前、やっぱり試験期間中もこっちに泊まれ」

「えっ? でも先輩の勉強の邪魔に……」

「夜遅くなってもいいから来い。それから、守に勉強を教える時には大学の図書館を使え。部屋には入れるな」

「……っ、はい!!」


 先輩の部屋のドアが閉まるまで、顔の筋肉に気合を入れて何とか堪える。

 そして自分の部屋のドアを開け、それを後手で閉めると――


「くうーっ! やきもちバンザーイ!!!」


 部屋に駆け込み、ベッドに思いっきりダイブした。



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