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第28話 再教育の必要性

 深夜12時を過ぎた、静かな海沿いの道。

 あるはずの車がそこに無いのを疑問に思いながらドアを開けると、堤防の上に腰掛けて待っていた香奈が満面の笑顔で飛び降りてきた。


「司先輩、こんばんは。何だかすみません、わざわざ迎えに来てもらっちゃって」

「お前一人か? 小太郎たちは?」

「それが、ちょうど司先輩から迎えに行くって電話をもらった時、小太郎たちも急ぎの用事を思い出したらしくって」

「3人そろって用事?」

 それも、こんな時間から?


「えっと、正確には用事があったのは育太と小太郎の二人で、守は無理やり一緒に連れて帰られたって感じです」

「……俺の電話の後、ずっと一人で待っていたのか?」

「いいえ。この海岸沿いの道の向こうから司先輩の車が見えるまでは、みんなここで一緒に待っていてくれたんです。でも先輩に挨拶もしないまま帰っちゃうなんて、よっぽど急ぎの用事だったんですかね?」


 小首を傾げた香奈が、俺のいる外灯の下まで歩いてくる。

 その時になって初めて、その全身が雨にでも打たれたかのように濡れていることに気が付いた。


 水を含み、艶やかにまとまる柔らかな髪。

 身体に張り付き、以前よりずっと女らしさを増した身体の線を浮き上がらせるノースリーブのカットソー。


 こいつがなぜこんな状態になっているのかは分からない。

 ただ、あいつらが今ここにいない理由だけはよく分かった。



「お前……なんだ、その格好は」

「え? あっもしかして、まだどこかにワカメ付いてました?」

 香奈が慌てて自分の身体に目を向ける。

「おかしいな、しっかり洗い流したつもりだったんですけれど……どこですか? 髪の毛ですか?」

「……そこじゃねぇ」

「頭じゃない? すみません、すぐにもう一度海で洗い流してきますっ!」


 きょろきょろと自分の体を見回していた香奈が、勢いよく海に駆け出す。

 その腕を咄嗟に掴んで引き止めた。


「――お前な。ワカメだか何だか知らないが、俺が言いたかったのはそこじゃない。どうしてそんなに濡れてんだって聞いてんだ」

「濡れた理由ですか? えっと、4人でワカメ戦争をしたらですね、全身砂とワカメまみれになってしまったので、仕方なく海で洗い流してみたんですけど……」

「ワカメ戦争?」

「はい! もうめちゃめちゃ楽しかったです! 最初に守がワカメを投げてきて――あれ、最初に投げたのは私だったかな? まぁとにかく、最近気にしている若ハゲを指摘された守がキレて、無差別にワカメ攻撃をしてきてですね。守より足の遅い育太一人を狙いうちしだしたので、小太郎と二人でちょっと懲らしめてやろうって話になって!」

「……」

「二人で一緒に守を追いかけて、まず私がタックルして守を止め、わき腹をくすぐって動きを封じたんです。その隙に小太郎がワカメをかき集めて、なんとそれを守のパンツの中に大量に詰め込んで! ぷぷっ!」

「……」

「もうあの時の守の顔、司先輩にも見せてあげたかったです! 最高に面白くって――――って、あの、どうかしましたか? 先輩」


 どうしたもこうしたも、突っ込みどころ満載の上にムカつきすぎて言葉が出ない。

 二十歳を過ぎた女が、男とワカメを投げ合って取っ組み合い?

 タックルしてくすぐったってことは、こいつはまた性懲りもなく守に抱きついたあげく馬乗りになったってことだよな。しかも、こんな格好で――


「暗くて気付かなかったけど、先輩、少し元気なくないですか? あの、試合の後で疲れちゃったとか?」

「……違う」

「じゃあ、お家で何か? あっ、自宅に呼び出しって、もしかしてお父さんから何かお説教でも――」

「違うって言ってんだろ」


 思った以上に冷たい声が出て、香奈がびくりと肩を揺らす。

 悲しげに、そして不安げに俺の様子をうかがう姿を見て、何とも言えない苦いものが広がった。


 ――抑えろ、俺。

 こいつの精神年齢が極端に低いのは、今に始まったことじゃない。

 これぐらいのことで腹を立てていたら、こいつと付き合うことは不可能だ。


「……ワカメはもういい。でもお前、海に入るのは苦手だって言ってなかったか?」

 気を取り直し、できるだけ普段通りに問いかける。

 香奈がホッとしたように頬を緩め、嬉しそうに頷いた。


「はい、そうなんです。子供の頃のトラウマで海はすごく浅いところしかダメなんですけれど、今日は育太がずっと背中におんぶしてくれていたので何とか大丈夫でした」

「……」

「守ってば酷いんですよ。海は恐いって言ったのに、いきなり足を引っ張ったり背中から乗っかってきてわざと沈めようとしたりするんです。もう死ぬかと……。そうそう! その仕返しで小太郎が海中から守のズボンとパンツを脱がしてくれたんですけどね、暗いからどこに流されて行ったのかわからなくなっちゃって!」

「……」

「守があんまり必死に探すから、もうみんな笑いすぎてお腹が痛くって!!」


 我慢できないといった様子で笑っていた香奈が、やっと俺の様子に気づき口をつぐむ。

 そして不思議そうに小首を傾げた。


「あの、先輩? 今の話、あんまりおもしろくなかったですか?」

「――お前、やっぱり一人で帰れ」

「へ?」

「走って帰れ」

「はい?」


 呆然と突っ立ったままの香奈を残し、車に乗り込む。

 ドアを閉めエンジンをかけると、やっと状況を把握できたらしい香奈が慌てて窓に飛びついて来た。


「司先輩!?」

「お前の足なら、余裕で明るくなる前に帰れんだろ。じゃあな」

「本気ですか!? まっ、待って先輩! うわぁーん! 置いていかないでーっ!!」


 走り始めた車のあとを、半泣きになった香奈がダッシュで追いかけてくる。

 本当にバカなヤツ。

 そんな格好のお前を、こんな場所に一人残して帰れるわけがないだろうが。


 必死に追いかけてくる姿をバックミラーで眺めながら、たっぷり50m程も走らせて車を止める。

 少しすっきりして車を降りると、息を切らした香奈がおそるおそるといった様子で近寄って来た。


「……せっ、先輩?」

「さっさと乗れ」

「いいんですか? あの、じゃあ、トランクを開けてもらっても?」

「トランク?」

「だって、あの……こんなに汚い女の子、シートに座らせたくないですよね?」


 まさかこいつ、それが理由で俺が怒っていたとでも? 

 治まったはずの苛立ちが再燃する。


「俺の気が変わる前に、さっさと乗れ!」

「はっ、はいっ!」

 おびえきった香奈が、慌てて車に飛び乗った。




 こいつと付き合い始めるまで、自分の女を束縛したいなどと思ったことは一度もなかった。

 女の行動にいちいち腹を立て制限する男など、情けなさすぎてありえない――そう思っていたはずなのに。


「――お前、本気でムカつく」

「うっ……」


 プライドも何もあったもんじゃない。 

 ムカつくものはムカつくんだからしょうがない。

 今日こそ致命的に鈍いこいつでも理解できるよう、何が許せないことなのかを一からこと細かに説明してやる。


 苛立ち紛れに覚悟を決めると、隣で小さくなる女をひと睨みして車を走らせた。



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