第27話 ほろ苦い思い出(2)
お兄さんが、小太郎と香さんが両想いだったのを知っていて、あえて小太郎には他に好きな人がいると彼女に嘘をついていたのかどうか――。
『どうだろうね。もう怖くて確認できなかった。兄貴のこと、本気で嫌いになりそうだったから』
そう言って俯いた小太郎の優しさに、胸が切なく、苦しくなる。
「……ねぇ、その時小太郎の気持ちは伝えたの? 自分もずっと好きだったってこと。他に好きな子がいるなんて誤解だったってこと」
「いや、言わなかったよ」
「どうして? せっかく両想いだったのに」
「今さら言っても意味がないだろう? 過去に両想いの時期があったにしても、香さんはもう半年も前から兄貴の恋人なわけだし、俺にだって付き合いだしたばかりとはいえ別の彼女がいる。それにさ……なんかそのことを知った時に強く感じたのは、嬉しいって気持ちよりも香さんに対する不信感の方だったんだ。俺に彼女ができたと知って落ち込む様子を見ていれば、香さんの中に俺に対する気持ちが強く残っているのは明らかだった。それなのに、どうして今まで平気な顔をして兄貴と付き合ってこれたんだろうって」
それは確かにそうかも……。小太郎の側にいるために、お兄さんを利用しているととられてもおかしくないよね。
「兄貴のやったことはどうかと思う。だけど優しくて気の弱い兄貴が、弟を出し抜いてでも手に入れたいと思うぐらい香さんのことを好きだったのは確かだった。そこまで想ってくれる兄貴の目の前で、なぜ俺への気持ちを残したまま堂々と俺の部屋を訪ねてくることが出来たんだろう。俺から見たら、それは兄貴に対する裏切り行為でしかない。俺が兄貴の立場だったら、絶対耐えられない」
そっか……小太郎と香さんが一緒にいる姿を見る度にお兄さんが複雑そうな表情をしていたっていうのは、きっと香さんの中に小太郎への気持ちがまだ残っていることを知っていたからなんだ。
そして小太郎もそのお兄さんの気持ちに気付いたからこそ、香さんのことを許せなかった。
「それからは、二人が一緒にいる姿を見るたびに嫌な気分になった。それが彼女に対する未練のせいなのか、兄貴のしたこと、彼女のしてきたことへの苛立ちのせいなのかは分からない。――その後も香さんは俺の彼女に遠慮することなく俺の部屋を訪ねてきたし、兄貴と3人でどこかへ遊びに行こうとまで誘ってきた。いつまでたっても嫌な感情は消えず、二人の前で嘘くさい笑顔を見せるのが面倒になって――あえて県外のS大に進学を決め、家を出た」
「……今日、いきなり二人が来て驚いちゃったの?」
「うん、確かに驚いたのもあるけど、それ以上に、やっと見つけたこの大切な場所にまで二人が入り込んでくるのかと思ってショックを受けたって感じかな」
「……なぁ、小太郎が今でも誰とも付き合おうとしないのは、そのことがあったせいなのか?」
守の問いかけに、小太郎が笑って首を振る。
「いや、別にそんなんじゃないよ。実際、高校時代も何人か付きあった子はいたし……。
でも、いつも無意識に一歩引いていたような気がする。誰かに好きだと言われても、どこか冷めている自分がいる。コンパなんかで出会った初対面の子だと、付き合ってみたいという気持ちにすらなれない」
「それって、女の子に対する不信感みたいなものがあるのかな?」
「そうかもね」
小太郎はすごく優しい。いつでも、だれに対しても穏やかで優しくて温かくて。
先輩たちへの気遣いとか後輩へのフォローとか、小太郎以上に頼りになる人はいないって思うぐらい。
そんな小太郎が、恋愛に、そして女の子に対して一歩引いた冷めた見方しかできないっていうのは、ものすごく違和感がある。
私の知っている小太郎にはそんなの似合わなすぎて、なんだか悲しくなってきた。
「……きっと小太郎はさ、いっぱい傷つきすぎちゃったんだよ」
「ん?」
「信頼していたお兄さんに酷いことされて傷ついて、ずっと温めてきた気持ちを伝えることすらできなくなってしまったことに傷ついて……。それでも二人のために、自分の気持ちをぐっと抑えて受け入れようと頑張っていたんでしょ? それなのに、今度は香さんのいい加減な態度に傷つけられて……。優しすぎる小太郎のことだから、いつまでも二人を見て嫌な気分になっちゃう自分のことをずっと責めていたんじゃないの? 家を出た一番の理由だって、本当はお兄さんにこれ以上悲しい思いをさせないためだったんじゃない?」
絶対にそうだ。小太郎はいつだって、自分のことよりも周りの人の気持ちを優先させる人だもん。
自分がどんなに理不尽なことをされても、二人の仲を崩してしまわないよう、穏やかに微笑み続けていたんだと思う。
高1の終わりから卒業まで……そんなに長い時間小太郎がたった一人で耐えてきたんだと思うと、切なすぎる。
「小太郎は間違ってないよ。私、お兄さんのしたことも香さんのしたことも理解できない。両想いって知っていながら嘘ついて自分と付き合わせたりしない。たとえ望みがないと聞かされても、小太郎のことが好きなままお兄さんと付き合ったりなんかしない。もしも……もしも、お兄さんと付き合うって決めたなら、せめてその時点で小太郎への気持ちはきっぱり終わらせるべきだよ。じゃなきゃ、好きになってくれたお兄さんに対しても失礼だ」
「香奈ちゃん……」
「たとえ彼氏の弟であっても……そこに恋愛感情があってもなくっても、他の男の人の部屋を一人で何度も訪ねたりなんか絶対しない。自分が同じことを恋人にされたらどんな気持ちになるか、ちょっと考えればわかることだよ。恋愛経験に乏しい私にもわかるんだもん。鈍感だからとか、子供っぽい性格だからとか、そんなの全然理由にならないよ」
「香奈……お前が泣いてどうすんだ」
守が苦笑しながら私の頭をくしゃくしゃにする。
私だってわかってる。これはもう何年も前の話で、今更私が何を言おうとどうにもならないことは。
だけど悲しくって腹が立って、お兄さんたちの悪口を止めることができなかった。
「だってさ、お兄さんも香さんもズルすぎるよ。自分の気持ちばっかり優先して、小太郎のこと傷つけて」
少なくとも、お兄さんはそのことをちゃんと自覚していたはずだ。多分、小太郎が家を出た本当の理由だって……。
今日のことは、彼女に連れていってとねだられたのかもしれない。でもそれにしたって、いきなり平然と顔をだすなんて無神経すぎる。
「小太郎、あのさ。何があっても小太郎じゃなきゃ嫌だっていうぐらい小太郎のことを好きになってくれる人、絶対にいるよ。小太郎にとってもこれまでの嫌なことなんて全部吹き飛んじゃうぐらい夢中で好きになれる人、絶対どこかにいると思う。だからさ、一緒に探そうよ。あんな人たちのことはもう忘れてさ」
小太郎が柔らかく微笑む。
「香奈ちゃんと司先輩みたいに? ――見つかるかな、俺にも。香奈ちゃんが司先輩を想うのと同じぐらい、俺を好きになってくれる人」
「あたりまえじゃん! 見つかるよ、絶対。小太郎ほど穏やかで優しくてカッコよくて頼りになる人、私、他に知らないもん!」
小太郎がぷっと吹き出す。
「香奈ちゃん褒めすぎ。俺、調子にのっちゃうし」
「のっていいよ! 私、何度も小太郎に助けてもらったもん。小太郎のこと大好きだもん。香さんなんかにあげないよ、もったいなさすぎる!」
「落ち着けよ、香奈。お前今日酒飲んでたら確実にピンポンダッシュしに行ってんな、隣の県まで」
守の突っ込みに育太がめずらしく吹き出し、小太郎もクスクス笑っている。
一人で興奮してしまった自分が急に恥ずかしくなって、慌てて口をつぐんだ。
「ありがとう、香奈ちゃん。今日は不意打ちで動揺してしまったけれど、もう昔の話だし、今はみんなのおかげで毎日すごく楽しいから大丈夫だよ。――ただ、今日の試合はさすがに落ち込んだな。こんなしょうもない理由でせっかくもらったチャンスをみすみす逃して……。みんなにもすごく迷惑をかけてしまったし」
「そんな、たかが反則一個でしょ?」
「いや、それだけじゃないんだ。その後も俺が止めなきゃいけないやつを止め損ねて司先輩の走るコースを潰してしまったりして、本当にぼろぼろだったんだ。失敗を取り戻そうと焦れば焦るほど上手くいかなくなって、格下のチーム相手に全くいいところを見せられなかった。本当に情けない」
「小太郎……」
俯いてしまった小太郎にどう声をかけていいのか分からず、助けを求めるように育太と守に目を向ける。
するとそれまで俯いて何か考え込んでいた守が、ふっと顔を上げた。
「お前は情けなくなんかないだろ。小太郎が情けないなら、俺なんてどうなるんだよ」
「……守?」
「一年以上も一緒に練習してきたのに、お前が立ち直るまでの繋ぎの役目すらろくに果たせなかったんだぞ? 入部して間もない間宮の方が、ずっと頼りになっていた」
いつになく真面目な顔をした守が、大きなため息をついた。
「おれさ、司先輩に憧れてRBを希望したものの、最初の数カ月で自分がRBに向いてないってことが分かったんだ。スピードもパワーもない俺が必死に練習したとしても、司先輩や小太郎みたいにはなれっこないって」
「そんな! 守だってちゃんと頑張れば……」
「まぁな。必死に頑張っていれば、今よりはずっとマシになっていたと俺も思うよ。だけど、俺にはそれができなかった。……みんなとの差を感じてからさ、わざと手を抜くようになったんだよ。すっげー必死に練習しているのに使えないやつって思われるよりは、適当に手を抜きながら楽しんでるやつって思われた方が、まだカッコ悪くないかなと思って」
「「「……は?」」」
三人の冷たい声と視線が重なる。
「いやいやいや、それは今までの話! まだ続きがあるんだって! ……俺、思うんだけどさ、多分司先輩は俺のそういう手抜きとか才能の無さとかに最初から気付いていたはずなんだよ。それなのに、清田主将に俺のポジション変えろって言われてもずっとRBに置いといてくれたし、小太郎たちと全く同じように指導してくれただろ? 今日の試合で司先輩と一緒にプレーして、改めてこれまでのことを思い返してさ。俺、今まで何一つ先輩の優しさに応えられていなかったなってことに初めて気付いて、すごく反省したんだ」
「守……」
「俺さ、やっぱりもっと上手くなりたい。もう一度司先輩と一緒に試合に出たい。ちゃんと成長したところを見せて、できれば先輩の引退に自分の力で花を添えたい。だから今決心した。もうサボるのはやめる。先輩と一緒にプレーできる最後の秋季リーグ戦に向けて、心を入れ替える。これからはカッコ悪さとか気にしないで、汗臭く、泥臭く、死に物狂いに――――って、香奈。お前なに泣きそうな顔してプルプル震えてんだ?」
拳を握って熱弁していた守が、きょとんと首をかしげる。
「もしかしてあれか? そんなに感動したのか? おいおい、頼むから俺に惚れたりなんか」
「するわけないでしょー!!」
「おわっ!! ペッ、ペッ! こら香奈! お前落ちてるワカメを人の顔に投げんなよ! うっかり食っちまっただろっ!」
「うるさい! 守なんて腐ったワカメ食べてお腹壊しちゃえ! 一緒に海の中で漂ってこい! なんでそんな基本的かつ大切なことに気付くのに1年半もかかっちゃってんの!? 大体、秋季リーグ戦開幕までもう1カ月ちょっとしかないんだよ!? 今からどう変わるっていうのさ!」
「マジで。ここまでバカとは思わなかった」
「呆れたな」
三人揃って冷たい目を向ける。守がムッとしたように口をとがらせた。
「なんだよお前ら、冷たいやつだな! せっかく人が心を入れ替えて再スタートを切ろうとしてんだから、仲間としてちょっとは応援しろよ!」
「本当に心を入れ替えられるの? これまで面倒くさいことやきついこと全て避けてきた守に、わずかな期間で効果が出るほど厳しい練習が耐えられるの!?」
「あたりまえだ! 俺だってやるときはやる男だぞ!」
「笑えるほどに説得力が無いな」
「あぁ、マジで」
育太の辛らつな言葉に小太郎が頷く。守がわざとらしく項垂れ、クスンと鼻を鳴らした。
ちょっと可哀想な気もするけれど、これまでの行いを思えばすぐに信じろという方が無理だよね。
「守はさ、いつも明るくってみんなを楽しませてくれることはとっても感謝してるけど、アメフトに限らず人に頼りすぎなんだよ。本当に心を入れ替えるなら、これからは最低限の勉強だって自分でやりなよ? 授業の課題レポートとかテスト勉強とかさ。ちゃんと手伝ってはあげるから」
落ち込んでいる守がちょっと可愛そうになり、一応フォローを入れてみる。
すると守が、ん? と顔を上げ、あっさり首を横に振った。
「あぁ、そっちは無理だわ。今日から俺の持てる限りの情熱と体力を全てアメフトに捧げるからさ、勉強までは余力ない」
当たり前といった顔で平然と答える守に、一瞬殺意が芽生える。
ぐっと拳を握って堪えていると、小太郎がくすりと笑って口を開いた。
「まぁまぁ。色々と問題は残ってるけどさ、守がめずらしくやる気になったんだ。一応協力してあげようよ」
「……そうだな。最後の秋季リーグ戦、何としても優勝を果たして司先輩たちを送り出したいという気持ちは、みな同じだしな」
『リーグ優勝を果たして、司先輩たちを送り出す』
育太の言葉をかみしめ、大きく頷く。
「そうだね。今年こそ、優勝を」
「おう、絶対やってやろうぜ! よーし、燃えてきたぞー! ついでにたき火も熱くなってきたぞー! ちょっと涼みに行くか!」
すくっと立ち上がった守が、海に向かって歩き出す。
「本当に調子のいいヤツだな」
「だよね」
呆れながらも後に続いた育太を見て、私も立ち上がり砂をはたいた。
「ねぇ、小太郎も一緒に行こうよ!」
最後まで座ったままでいた小太郎に手を差し出す。小太郎がふっと微笑み、私の手を握り返した。
「せーの、んしょっ!」
思いっきり力を入れて小太郎を引きあげる。
立ち上がったと思った瞬間、なぜか逆にその腕に引かれ、小太郎の胸に自分のおでこがトン、とぶつかった。
「あっ、ごめん!!」
慌てて離れようとしたけれど、いつの間にか回されていた小太郎の腕がそれを許してくれない。
小太郎の胸に顔を埋めたまま、司先輩とは違う香りを感じて一気に全身が固まった。
「こ、小太郎?」
「……本当は思いっきり抱きしめたい気分だけど、司先輩に睨まれそうだから、ちょっとだけ」
小太郎は私の耳元でそう囁くと、一度ぎゅっと力を入れ、すぐに手を離した。
まだ動けないでいる私と正面から向き合い、ふわりと優しく微笑む。
「香奈ちゃんってさ、いつも俺たちに何かが起きた時だけ本気で怒って泣いてくれるんだよな。香奈ちゃん自身のことでは、あのマネージャー候補から嫌がらせを受けてた時ですら泣くどころか怒りもせずに堪えていたのに、育太や司先輩、俺に何かがあった時には本気で怒って泣いて心配してくれる。――香奈ちゃんのそんな姿に、俺はもう何度も救われてきた」
「小太郎……」
そんなんじゃない。彼女たちに怒れなかったのは、ただ自分に自信がなかっただけで――
「香奈ちゃんが俺の代わりに沢山怒ってくれたおかげで、何だかすっきりしたよ。次に兄貴たちに会った時には、今日とは違う気持ちで笑える気がする。ありがとな」
「本当に? 小太郎、私に気を使って無理してない? もう本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。それにあのことがなければ俺は今ここにいない。逆に感謝したいぐらいだよ」
すっきりとした顔で笑う小太郎を見て、ほっと胸をなでおろす。
間近で向かい合うことに今更ながら照れくささを感じた時、守の大きな声が響いた。
「おーい、お前らも早く来いよ!! 気持ちがいいぞー!」
いつの間にか靴を脱いだ守が、足を水に浸して笑っている。
「守ってば本当に能天気だなぁ。まぁ、そこがいいところなんだけど」
「そうだな。でもさ、あいつもあいつなりにずっと悩んでいたんだと思うよ」
行こう、と軽く私の背中を押し、小太郎が歩き始める。
「悩んでいたって、守が?」
「うん。入部して2、3か月たった頃からかな。練習が終わった後とか、深刻そうな顔して考え込んでいる時がたまにあった」
「本当に? ……全然気付かなかった」
「あいつは単純だから、落ち込んでも長続きしないみたいでさ。あんまり気付いた人はいなかったんじゃないかな。司先輩は気付いていたように思うけど」
「司先輩も?」
「うん。そう思わせるような先輩のフォローが、何度かあった」
なんで気付けなかったんだろう。私だって、すぐ近くで練習に参加していたのに……。
「どうしよう、小太郎。私、今日守に酷いことを言っちゃったよね?」
「いや、あれぐらい言っていいんじゃない? 守が甘ったれでサボり魔なのは本当のことだし」
「そうかなぁ。でももしかしたら傷つけて――ぎゃっ! なっ、何!?」
顔に突然張り付いてきた冷たいものを、慌てて払い落す。
「何これ!! ワカメ!?」
「へへーん、ザマーミロ! さっきの仕返しだ!」
月明かりに照らされた波打ち際で、守が手に付いた汚れを振り落としながら得意げに笑う。
「もう! 最初に投げられるようなことをしたのは守の方でしょ!!」
波間を漂っていた大きなワカメを拾い上げ、力いっぱい守に投げ返す。
それは見事に守の頭へと命中し、まるでびしょ濡れのカツラのように頭上から水を滴らせた。
「うわぁ、冷てぇ! やりすぎだろ、香奈!」
「守、髪の毛増えたなぁ。良かったじゃねぇか」
「い、育太! 人が密かに気にしていることを!」
「確かに去年に比べて守の頭薄くなったよな。お前が練習嫌がるの、実はメットを被って頭が蒸れるのを避けるためだったんじゃないのか?」
「ひっ、酷い! 小太郎まで!! もういい、みんなまとめてこうしてやるー!」
いじけた守が、猛烈な勢いでみんなにワカメを投げ始める。
「うわっ!」
「守、やめろって! 服濡れる!」
「知るか! 若ハゲに悩む繊細な俺の深い悲しみを知れーっ!!」
逃げまどうみんなを、守がワカメを抱えて追いまわす。
すぐに私と小太郎には追いつけないと気付いた守は、標的を育太一人に絞って追いかけて行った。
「ここまで濡れたら、なんかもうどうでもよくなってくるな」
軽く息を切らした小太郎が、濡れた髪をかきあげて楽しげに笑う。
「ほんとだね、もうびしょびしょ。ワカメと砂まみれ! あーあ、育太かわいそうに。狙い撃ちされてるよ」
「しょうがない。ちょっと守を懲らしめに行くか」
「いいね、それ! じゃあさ、私が守を止めるから、その隙に小太郎が守をワカメで埋めちゃって!」
「了解! 香奈ちゃん、行くよ!」
「うんっ!!」
掛け声と同時に、小太郎と二人で勢いよく走りだす。
それに気付いた守が抱えていたワカメをすべて投げ捨て、慌てて逃げ出した。
「なっ、何だよお前ら! 2対1なんてずるいぞっ!」
「守にそんなこと言う資格はなーいっ! 覚悟しろー!!」
その差をあっという間に詰め、守の背中めがけて思いっきりダイブする。
「ギャーッ!!!」
守の悲鳴が、静かな夜の海に響き渡った。