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第26話 ほろ苦い思い出(1)

「うわぁ、いい場所知ってるね、育太!」


 車から降り、潮の香りに思いっきり体を伸ばす。

 育太の運転でやってきたのは、海水浴場から少し離れた小さな砂浜。

 夏の海とはいえここなら人気もないし、買って来た花火をしながら多少騒いだところで誰にも迷惑をかけることはないだろう。


 乾いた砂浜に四人並んで腰をおろし、途中で買って来た飲み物に口をつける。

「海からの風が気持ちいいなぁ」

 隣に座った守が目を細める。

「うんうん、夏はやっぱり海だよね」


 ここに来る途中、のんびりとご飯を食べたり買い物をしたりしていたので、もうすっかり日は沈んでいる。

 明りといえば、車道に並ぶ外灯と波間に浮かぶ漁船のライト。そして夜空に輝く月明かりのみ。


「なぁなぁ、その辺に落ちてる物を集めて、たき火しようぜ!」

「えー、たき火?」

「おう。キャンプファイヤーみたいにでっかくな!」

「あほか」

「何か燃えやすいもんあるかなー? おっ、早速発見!!」


 育太の拒絶も気にとめず、守が燃えそうなものを探してうろつき始める。

 異様にテンションの高い守を見ていたらなぜだかみんな笑えてきて、結局4人揃ってゴミ拾いをすることになった。

 あまり湿ってなさそうな木片などをかき集め、花火用に買っておいたライターで火を灯す。


「ほーら、どうよ! なんか良い雰囲気でてきただろ?」

 赤々と燃えるたき火を中心に、小さな円を作って向かい合う。

 夜のうす暗闇のなか、お互いの顔が明るく照らし出された。


「まぁ、確かに」

「うん。一気に明るくなったね」

「そうだろ、そうだろ? おい小太郎、お前なんか怪談話せよ!」

「なんで俺が?」

「だってよ、前から思ってたんだけど、お前の名前ってお化けっぽいじゃん? 『オイ、コタロウ!』ってな」

 アニメキャラクターの声真似をした守が、一人でウケて大笑いする。

 小太郎はあっさり無視し、私に向き直った。


「そういえば香奈ちゃん、今日司先輩は?」

「ん? なんか自宅の方から呼び出しがあったらしくて家に帰ったよ」

「うわ、やらしい。お前いちいち司先輩の行動をチェックしてんのかよ」

「そんなんじゃないよ! 先輩の方から教えてくれたんだもん!」


 一緒の部屋で暮らしているんだからお互いの予定を知っているのは当然なんだけど、守にはどうもそのこと自体を言いづらい。変にからかわれるような気がするし……。

 小太郎や育太にも話してはいないけれど、すでに気付いているような気がするんだよね。

 まぁ、隣同士ってことはみんな知っているわけだから、ずっと一緒にいて当たり前って思われているのかもしれないけれど。


「司先輩の実家って、どのあたりなんだ?」

「えっとね、多分こっち方面だよ。片倉って地名だったかな」

「それなら確かに近いな、ここから車で15分ってとこか」

「育太、よくそんなこと知ってるね」

「たまに車で走ってるからな。小太郎と守はもう免許持ってたよな。香奈はとらないのか?」

「とるつもりだよ。秋季リーグが終わってから――ううん、多分3年生になってからにすると思う」


 司先輩と一緒にいられる時間は、あと僅か。

 秋季リーグが終わり先輩が引退したあとも私は毎日部活が続くわけだし、それ以外の時間はできるだけ一緒にすごせるように空けておきたいもんね。


「司先輩、今日は自宅に泊るかもって言ってたから、帰ってくるのは明日の朝じゃないかなぁ」

「よーし、それなら今日は時間を気にせずに語りあかそうぜ! そんで、みんなで朝日を見る!」

「えー、やだよそんなの」

「一人でやれ」

 いつものように騒ぐ私たちを見て、小太郎がくすりと笑う。

 そして小さく息をついた。


「香奈ちゃん、それから守と育太も、今日は悪かったな。心配かけて」

 その場に静けさが戻る。一番先に口を開いたのは、それまで一人ではしゃいでいた守だった。


「あの時……反則出る直前さ、何かあったんだろ?」

「……うん」

「お前の名前をデカい声で呼んだの、あの兄貴と一緒にきた女の人だったんだよな?」

 守がためらいがちに尋ねる。小太郎がまた、うん、と小さく頷いた。


「あの人さ、兄貴の彼女で……俺がずっと好きだった人なんだ」

「マジで!?」

「あぁ。俺と同じ高校の2コ上の先輩。俺が高1、彼女が高3の時、当時大学生だったうちの兄貴が偶然彼女の家庭教師をすることになったんだ」

 小太郎が焚火に目を落とす。そしてゆっくりと話し始めた。


「最初は、自分の家庭教師の弟が同じ高校にいるって知ったむこうが教室まで訪ねてきてくれて、よく学校で話すようになってさ。そのうち受験勉強の息抜きにって、兄貴に連れられてたまに家にも遊びに来るようになった。――年上なのに、子供っぽくて頼りなくて……なんだかんだと相談にのったり世話を焼いたりしているうちに、気付けば好きになっていた」


 小太郎の恋愛話を聞くのはこれが初めてで、どんな人が好みなのかなんて今まで聞いたことはなかった。

 だけど優しくて面倒見のいい小太郎が、あのどこか守ってあげたくなるような可愛らしい女の人を好きになるのはごく自然なことのように思えて……。

 高校時代の仲良く寄り添う二人の姿まで目に浮かぶような気がした。


「ちゃんと気持ちを伝えて付き合いたいとずっと思ってたんだけどさ、相手は受験生だし、兄貴の教え子だろ? 弟の俺が余計なことをして受験の邪魔をするわけにはいかないと、試験が終わるまでずっと我慢してた」

「……それで? 告白したのか?」

「いや。試験の次の日に会いに行って伝えようとだいぶ前から決めていたんだけど、結局言えないままで終わったよ」

「どうして?」

「俺が言う直前に兄貴が告白して、二人は付き合うことになったから」

 さらりと告げられた言葉に、思わず息をのんだ。


「兄貴は俺の気持ちに気付いていたんだ。俺と兄貴の部屋、隣同士だったからさ。俺が友達と話していたのが聞こえたんじゃないかな、試験の翌日に告白するってことも含めて」

「小太郎の気持ちを知っていながら、わざと先に告白しちゃったってこと?」

「うん」

「どうしてそう思ったんだ?」

「兄貴が告白したのがさ、俺が言おうと思ってた日の前日、つまり彼女の試験当日の夜だったんだよ。俺のことを知らなかったら、そこまで急ぐ必要はなかったと思わないか?

オッケーをもらったその足で俺に報告しに来たのも、俺がそのことを知らずに告白するのを止めるためだったとしか思えない。何より決定的だったのは謝られたことかな。部屋に来るなり兄貴がすごく深刻な顔をして頭を下げたんだ。『香と付き合うことになった。本当にごめん』って」

「そんな……」

「なんだよ、それ!」

 同時に声を上げた私と守を見て、小太郎が苦笑する。


「いやほんと、なんだよそれって俺も思ったよ。俺は兄貴のことも考えてこれまでずっと我慢してきたのに、それはないだろって。カッとなってつい文句を言ってしまったけれど、兄貴は何一つ言い返すこともなく、5歳も年下の弟に頭を下げ続けた。……どう考えても確信犯だろ?」

「それは……そうかも」

「彼女はすごく鈍いから、俺と兄貴の間がぎくしゃくしていたことなんて気付きもしなかった。それどころか、兄貴と付き合いだしたあと、兄貴が家に居ないのを知っていながら暇だからって俺に会いに来るようになった。帰って来た兄貴は俺と一緒にいる彼女を見て何とも言えない顔で笑う。……皮肉なことに、兄貴と付き合いだしたせいで俺と彼女の距離はぐっと近くなった」

「……辛いな、それ」

 ずっと黙って聞いていた育太がぽつりと呟く。


「まぁな。でも兄貴たちはすごく仲が良かったし、俺は最初から片思いだったんだと割り切ろうと思った。年上の男と付き合うぐらいだ。二つも年下の俺なんてガキすぎて対象外だっただろうし、俺が告白をしてもしなくても二人がこうなるのは最初から決まっていたことなんだって。頻繁に顔を合わせるせいもあってなかなかふっきれないでいたんだけど、半年ぐらい経ったころ同じクラスの子に告白されてさ。いい機会なのかもしれないと思い、付き合うことにしたんだ。これを理由に香さんとの距離をあけようと思った。俺のためにも、兄貴のためにも」


「それで?」

「ある日、いつものように俺の部屋へ遊びに来た香さんに、彼女ができたことを伝えた。その子に悪いから、俺の部屋に一人で来るのは控えてほしいとも言った。きっと香さんは、よかったねって笑うだろうと思っていたんだ。でも違った。泣きそうな顔になって言ったんだ。もうすっかり諦めたつもりでいたけど、やっぱりショックだって。兄貴と付き合いだすまで、俺のことをずっと好きだったからって」

「そんな! じゃあどうして、小太郎のお兄さんと付き合っちゃったの?」

「俺にはもうずっと前から他に好きな人がいるって誰かに聞かされていたらしい。やっと両想いになれたの? って聞かれたよ」

「……兄貴が嘘をついていたってことか?」

「どうだろうね。もう怖くて確認できなかった。兄貴のこと、本気で嫌いになりそうだったから」


 小太郎が苦笑して目を伏せる。

 その端正な横顔に、どことなく面差しの似た優しげなお兄さんの顔が重なって見えた。



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