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第6話 変身開始

 今度こそ全力で「やめます!」と主張した私を、清田主将は「悪かったな」という全く心のこもってない謝罪一言であっさり片付けた。

 そしてお詫びのしるしにと、ほとんど無理やり晩御飯を食べに連れて行かれた。


 入ったお店は、S大運動部の食べ盛りさんたち御用達、古びた定食屋で、その名は「ゆり」。店のおばちゃん(おばあちゃん)が、百合さんという名前らしい。

 値段はとっても安いのに、とにかく量がハンパない。

 ご飯の量はお茶碗二つ重ね合わせたような綺麗な山盛りだし、おかずの量もすごくって、思わず「お持ち帰りできますか?」と聞いてしまったほどだ。


 そして「痩せすぎだ、もっと太れ!」と隣で睨みを聞かせる清田主将のせいで吐きそうなほどご飯をお腹に詰め込んだ私は、そのまま清田主将の家へと連れて行かれることになった。


「ただいま」

「おかえり!」

 一人暮らしのはずの清田主将の家で待っていたのは、とっても美人な年上彼女、麗子さん。


「はじめまして。あなたが香奈ちゃんね? 会えるのを楽しみにしていたのよ」

 指先まで美しい麗子さんに導かれ部屋の中へ入ると、ソファーに座らされる。

 麗子さんは「飲み物を用意してくるわね」と言って、そのままキッチンへと歩いていった。


 初めて目にする男の人の部屋は、麗子さんがいるせいかとても綺麗に片付けられていて、アメフトの部室に入った時のような嫌な臭いもしないし、とっても快適そうだ。

 対面式キッチンのカウンターには、所狭しとお酒のビンが置かれている。そしてその横には、『プロテイン』の文字が刻まれたピンクと茶色の大きな容器が二つ。


 うん、そうだよね。やっぱアメフトといえばプロテインは必需品なんだろうな。筋肉つけなきゃ話にならないもんね。それはわかる。分かるんだけど――

 なぜ、イチゴミルク味とキャラメルプリン味!?

 185センチを越える太マッチョのあの身体で、しかも俺様キャラで、こんな甘ったるそうな味を選んじゃ駄目でしょう? 男はだまってプレーン味とかにしようよ。そんな味があるのか知らないけどさ!


 実は清田主将って、あんな外見してて無類の甘党なのかな?

 俺様キャラなのも仮の姿で、麗子さんと二人きりの時にはお子ちゃまキャラの甘えんぼさんになっていたりして? 


 『麗子たーん』などと呼んで膝で甘えている先輩の姿が目に浮かび、思わず吹き出しそうになる。

 一度気になりだすとどうしてもその可能性が捨てきれなくて、清田主将の姿が見えないのをいいことに、飲み物を手に戻ってきた麗子さんにこっそり尋ねてみた。


「あの、もしかして、清田主将って甘党なんですか?」

「うん、そうよ。甘いもの大好きよ」

「麗子さんと二人きりの時には、甘えんぼキャラに変身しちゃったり――グエッ!」

「誰が甘えんぼだ、誰が」

「ギ、ギブギブギブ!!」

 いつの間にか背後に立っていた清田主将に、軽くプロレス技をかけられた。



 麗子さんは美容師の仕事をしているとのことだった。今日来ていたのは、私にいろいろとアドバイスをしてくれるためだそう。

 若紫枠の件では何かと嫌な思いをしたけれど、綺麗にしてくれると言っていたのはどうやら嘘じゃなかったみたい。


「ん、じゃあこれ。こっちがニキビによく効くと評判の洗顔料に化粧水ね。あとこれは体の中の毒素を排出してくれる中国茶。こっちは美肌のためのサプリメントよ。日焼けは絶対にしないこと。長袖長ズボン、帽子は必須ね」

「はい」

 あとは直接説明書を読んでみて、と麗子さんから大きな紙袋を渡される。


「あの、これっておいくらぐらい……」

「あぁ、気にしなくていいのよ。隆盛からもう貰っているから」

「えっ!?」

「私は隆盛に頼まれて用意しただけ。お礼なら彼に言ってね」

「き、清田主将」

「気にするな。俺からの指示は何があっても守れよ」


 どうやら清田主将の変人具合とその趣味に賭ける情熱は、私が思っていたよりずっと激しいものだったみたいだ。

 当面一週間の食事と生活上の注意点がびっしりと書かれた用紙を受け取り、玄関へと向かう。


「香奈ちゃん、近いうちにお店の方に髪を切りにおいで。その髪型はニキビによくないわ」

 今までコンプレックスだらけの顔が隠れれば隠れるほどよい、とばかりに放っておいたショートヘアーを見て、麗子さんが優しく微笑む。

「ありがとうございます」

 まずは先輩にもらったグッズを試してみて、少しでもニキビが減ったら髪を切りに行ってみよう。

 仲良く見送ってくれる二人に頭を下げ、部屋を後にした。


 外はすっかり暗くなっている。

 清田主将の部屋から私の部屋までは、徒歩10分ほど。

 慣れない練習に参加した疲れと精神的なダメージのせいでへとへとになりながら、自分の住んでいるマンションの階段を上がる。

 ドアの前で鍵を取り出した時、丁度タイミングよく隣の部屋のドアが音を立てて開いた。

 無視するのもなんだから、一応挨拶だけはしておこう――そう思って顔を上げると……。


「えっと、25番の、上原司先輩でしたっけ?」

「お前、なんでここにいる?」


 コンビニにでも行こうとしていたのか、司先輩は短パンTシャツ姿で、財布と鍵だけを手に立っている。

 初めてグラウンドで会った時と同じ、睨み付けるような厳しい顔。顔が整いすぎているだけに、より冷たく感じられる。


「あの、わたしの部屋ここなんです」

「――隣かよ」

 心底嫌そうに言われ、胸が激しく痛んだ。


 どうしてそんな言い方されなきゃいけないの? 

 どうしてそこまで冷たい目で睨まれなきゃいけないの?

 私、この先輩に何もしてないよね? 好きで隣の部屋になったわけでもないのに……。


 あぁ、だめだ。限界まできた疲れと合わさって、何だか泣いちゃいそう。


「どうもすみませんでした……失礼します」


 何に謝っているのか自分でも分からない。

 司先輩の顔を見ないようにして頭を下げると、ドアを開けて部屋に入った。





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