第24話 再会(1)
雲ひとつない青空が広がった、7月初めの土曜日。
私たちS大BLACK CATSのメンバーは練習試合のため、対戦相手であるT大SILVER EAGLESのグラウンドへと向かっていた。
「司先輩、章吾先輩たちも今ちょうど着いたところみたいですよ」
「どこにいる?」
「向こうです。あの右端の方」
グラウンド横にある駐車場の一角を指さし、章吾先輩の車から降りてきた雄大君たちに手を振る。
司先輩が章吾先輩の隣に車を止めた。
「運転お疲れさまでした。ありがとうございました」
ここまで乗せてきてくれた司先輩にお礼を言うと、一緒に乗っていた守と間宮君も頭を下げる。
「ありがとうございます」
「あぁ。荷物を下ろすぞ」
司先輩が車のトランクを開ける。中に積まれていた沢山の道具を下ろしていると、先に来ていた一年生たちがすぐに駆け寄ってきて、手伝ってくれた。
「おはようございます。運びますよ」
「おはよう。ありがとう」
手分けして重い荷物を抱える。みんなで少し先にあるグラウンドの入口へと歩きだした。
「私、T大に来たのってこれが初めて」
T大のマネージャーが教えてくれた自分たちのベンチへと向かいつつ、隣を歩く守に声をかける。
T大の校舎はS大ほど広くはないけれど近代的な建物で、色々と設備も充実していると聞いたことがある。
「俺もはじめて来た。二部リーグだったとはいえ、そこそこ歴史があるせいか結構立派なグラウンドだよな。マネージャー5人もいるし」
そう、部員数はうちとさほど変わらないようなのに、マネージャーらしき女の子が5人もいる。みな笑顔で楽しげに働いていて、とっても仲が良さそうだ。
「守、可愛い子がいてうらやましいんでしょ。でもさ、本当に色々な面で、うちとは大違いだね。練習場の広さももちろんだけど、そのすぐ横に駐車場があるっていうのもいいなぁ。試合の荷物を運ぶ時とか、けが人が出た時とかに便利だよね」
今日対戦するT大SILVER EAGLESは、うちのチームと同じくラン攻撃を得意とするチームだ。
3年生エースRB大野君を中心としたバックス陣の活躍により、Ⅰ部リーグ入りを果たしたばかり。
春季リーグ戦で初対戦した時には、うちの圧勝に終わっている。
「上原さん」
名前を呼ばれた司先輩が足を止める。
T大のユニフォームを着た背の低いゴツイ人と、同じくユニフォーム姿の長身の男の人が歩み寄ってきた。
「遠いのにわざわざ来てもらってすみません。場所が分かりにくくはなかったですか?」
背の低いほうの人が、人懐っこい笑顔を浮かべ頭を下げる。
確かこの人が主将の藤野さんだよね。そして隣の爽やかそうな長身の人が、副将の大野さんだったはず。
「はい、大丈夫です。今日はよろしくお願いします」
司先輩が挨拶を返す。
「今日の試合をみなすごく楽しみにしていたんですよ。今年のS大は新入部員も沢山入ったそうですね」
「はい」
「あの、1年生RBの間宮君って、アメフト経験者なんですか?」
それまで黙っていた大野さんが遠慮がちに口を挟む。
「いえ、間宮は――」
「あ、俺はラグビー部出身です」
司先輩に目で促された間宮君が、突然話題をふられたことに驚いた様子を見せつつも言葉を返した。
「君が間宮君? 突然すみません、うちの部内でS大にアメフト経験者が入って来たんじゃないかって、すごく話題になっていたもので」
大野さんが少し照れくさそうに笑う。
この人もいい人そうだ。エースRBで3年生ながらも副将を務めている人なのに、全然偉そうな感じがしない。
この二人が引っ張っているのだから、T大ってすごく雰囲気のいいチームなんだろうな。
「それじゃあ、何かわからないことがあれば声をかけてくださいね」
「はい」
藤野さんと大野さんが軽く頭を下げ、仲間の元へと去って行く。
それをしばらく見送ったあと、間宮君が訝しげな顔で口を開いた。
「あの人、なんで俺のことを知って……」
「春季リーグ戦で見たからだろ?」
「でも、俺は最終戦にほんの少し出ただけなのに」
「わずかなプレーでそれだけ認められたってことだ。喜べよ」
僅かに口元を緩めた司先輩の言葉に、間宮君が小さく息をのむ。
「……ありがとうございます」
めったに見られない司先輩の微笑みは、男の人にとってもかなりの威力を持つものなのかもしれない。
めずらしく戸惑った様子で頭を下げた間宮君の姿を見て、そんなことを思った。
フィールド横のベンチに着くと、もうすでに沢山の部員たちが着替えて準備をしていた。
「小太郎、おはよう!」
「おはよう、香奈ちゃん」
「いよいよ初スターターだね。頑張って!」
「ありがとう」
今日の試合、RBでは司先輩と小太郎がスターターに選ばれている。
スターターというのは、先発出場するレギュラー選手のこと。
控えに回されてしまった先輩には申しわけないけれど、この日のためにどれだけ小太郎が努力を重ねてきたかということを知っているだけに、正直すごく嬉しく思う。
小太郎はサッカー部出身ということもあって、もともと足が速くてカットも上手だった。
でも体が細くて当たりに弱く、それをカバーするため去年からウェイトトレーニングで下半身強化に努めてきた。
その甲斐あっての、今回の抜擢だ。
今日の成績次第では、約1ヶ月半後に迫った秋季リーグ戦でもスターターに選ばれることができるかもしれない。
そして今日は小太郎の他にも、今年からディフェンスに転向した育太他数名の2年生がスターターに選ばれている。
1年生からは、今のところ雄大君一人。
1年生のこの時期でというのは異例の早さのような気がするけれど、雄大君の場合は、ただそこにいてくれるだけで敵にプレッシャーをかけてくれそうだもんね。
経験が足りない分、まだまだな点ももちろん多いらしいけれど、すごくセンスがいいと先輩たちに褒められていたし、期待通り清田主将たちの抜けた穴をしっかりと埋める存在になってくれるだろう。
準備を進めるうちに試合開始時間となり、章吾先輩、司先輩、そして相馬先輩がフィールド中央にいる審判の元へと向かう。
審判から簡単な説明があった後、コインを投げて先攻、後攻が決まった。
「リターンチーム!!」
「よし、行ってこい!」
早くも興奮が高まっていく。
私たちS大BLACK CATSの攻撃から、試合がスタートした。
今日のみんなは絶好調だった。
前半が終わった時点で、28対0。
章吾先輩を中心としたS大ディフェンス陣の鉄壁の守りの前にT大のラン攻撃はことごとく潰され、タッチダウンはおろかロングゲインを得ることすらままならない。
こちら側は司先輩が2本、小太郎が1本、そして副将でWRの相馬先輩が1本、前半にタッチダウンを決めている。
どうやら司先輩と小太郎、そしてT大の大野さんには毎回試合を見に来る固定ファンの女の子たちがいるらしく、公式戦ではない今日もどこから聞きつけたのか応援に駆け付けた彼女たちにより、フィールドは華やかな歓声に包まれていた。
第3クォーター、開始5分。
T大SILVER EAGLES セカンドダウンの攻撃、残り8ヤード。
「セット! ハットハットハット!」
自分の前にいたオフェンスラインの選手をすばやくかわした育太が、ボールを持つT大エースRB、大野さんめがけて一直線に突っ込んでいく。
そして力強いタックルで大野さんを地面に叩きつけ、ボールを大きく後退させた。
「ピーッ!」
レフリーのホイッスルが響く。
「ナイス、育太!! ――すげぇな、あいつ!」
「うんうん! めちゃくちゃ上手になったよね!」
今日も控えに回されている守と、大きな声援を送り続ける。
やがてT大サードダウンの攻撃も失敗に終わると、パントリターンのためフィールドに飛び出して行った小太郎とベンチへ戻ろうとしていた育太が、すれ違いざま笑顔でハイタッチを交わした。
「育太!でかした!」
「よくやったな!」
戻ってきた育太が、先輩たちの手荒い歓迎を受ける。
「育太、めちゃめちゃカッコよかったよ!!」
お水のボトルを渡しながら声をかけると、育太が照れくさそうに鼻を鳴らした。
「雄大君もお疲れさま!」
「ありがとうございます」
ヘルメットをとった雄大君がボトルを受け取り、息を整えながら微笑む。
「香奈! テーピング!」
「はいっ!!」
手首を痛めたディフェンスの先輩に呼ばれ、急いでテーピングで応急処置をする。
ちょうど巻き終えたころ大きな歓声が聞こえフィールドに目を向けると、ボールを持った小太郎が追いすがる敵ディフェンスの選手を引きずりながら力強く前進していくところだった。
「小太郎すげぇ! またファーストダウン獲得だよ!」
守が自分のことのように、はしゃいだ声を上げる。
「あいつほんと強くなったよな! ちょっとやそっとじゃ止められねぇし!」
フィールド上では、司先輩がディフェンスの選手たちに潰されるようにして倒れている小太郎に手を差しのべている。
それにつかまった小太郎が勢いよく立ち上がると、先輩はよくやったと褒めるように小太郎のメットを軽く叩いた。
「ハドル!!(作戦会議)」
余韻に浸る暇もなく、次の攻撃準備のため司先輩がオフェンスメンバーの元へ走っていく。
小太郎も続けて走りはじめようとした、ちょうどその時――
「コターッ!!」
どこからか、女の人の大きな声が聞こえてきた。
フィールド上の小太郎が、はじかれたように動きを止める。
「……小太郎!?」
一体、どうしたんだろう。
小太郎はその場に立ちすくんだまま、呆然とした様子でフィールドの外に目を向けている。
「小太郎! 早く戻れ!!」
「時間がないぞ!」
先輩たちがフィールド横に置かれた時計に目を向け、大声で叫ぶ。
アメフトでは、前のプレーが終わってから次のプレーが始まるまでの制限時間が決められている。
小太郎が我に返ったようにハドルに戻り、QBからの指示を聞く。
全員が慌ただしく配置についたけれど、次のプレーが始まる直前、審判が黄色い布を投げながらホイッスルを吹いた。
「ディレイ・オブ・ゲーム。5ヤード罰退!」
反則を取られ、ボールの位置が5ヤード下げられる。
「何やってんだ、あいつは!」
苛立たしげに呟く先輩たちの横で、章吾先輩も両腕を組み厳しい眼差しで小太郎を見据えている。
本当にどうしちゃったんだろう。こんなの全く小太郎らしくない。
反則を取られたこと、引きずらなきゃいいんだけど……。
厳しい表情で立つ小太郎を、不安な気持ちで見つめた。