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第22話 雨の中の仲直り(1)

「守、起きて! 部活行くよ!」

「おう」


 ――新歓コンパの二日後。

 めずらしく一度の声かけで目を覚ました守と共に、人の波に乗り講義室を後にした。


「ねぇ、守。また太った?」

「あぁ? 逞しくなったの間違いだろ」

「ううん。なんかますますビール腹になった気がするんだけど。ほっぺたもふっくらした気がするし……。新歓コンパでも飲みまくり、食べまくりだったでしょ?」


 部室棟への道を急ぎながら、その柔らかそうなお腹のお肉をぷにっとつまむ。脇腹の弱い守が、「きゃあ」と女の子みたいな声をあげて飛びのいた。

 うん、間違いない。やっぱりちょっと分厚くなっているようだ。


 ぷよぷよの脂肪を『柔軟性のある筋肉だ』と言い張るおバカな守と別れ、女子更衣室で着替えをすませる。時間を気にしながら、走ってグラウンドへと向かった。


 間宮君、雄大君と顔を合わせるのは、気まずく別れてしまったあの新歓コンパの夜以来。

 二人とも、ちゃんと部活に来てくれるかな。そしてまた元通り、3人で楽しく話すことができるようになるのかな……。

 見上げた空には、今にも泣き出しそうなどんよりと重たい雲が広がっている。

 ――雨、このまま降らなきゃいいけど。

 念のためにと準備してきたラバーボール(雨天用のボール)を抱えなおし、先を急いだ。


 やっとグラウンドを見下ろせる場所まで来て、走りながら部員たちに目を向ける。

 今日は遅くまで講義が入っていたため、今はもう全体練習の真っ最中だ。

 赤と青のジャージで色分けされたディフェンス・オフェンス双方が向かい合い、その横で一年生部員たちが一列に並び練習の様子を見学している。

 その中に、明るい茶髪とその巨体で真っ先に目につくはずの二人がいないことに気付き、階段を駆け下りていた足がぴたりと止まった。


「……来て、ない?」

 何度見直しても、見つからない。

 どうして? ……やっぱり私のせいで、部活に来るのが嫌になっちゃったの?

 

 荷物を抱えたまま、呆然と立ち尽くす。

 ふと視線を感じて目を移すと、順番待ちで控えている司先輩がこちらをじっと見つめていた。

 先輩は私と目が合うと、なぜかラグビー部のグラウンドの方へと視線を送る。

 私もつられてそちらをふり返ると、ラグビー部が練習しているその向こう、各部のグラウンドの一番外回りを黙々と走る、二つの人影が見えた。


「……いた」

 間違いない。間宮君と、そのかなり後ろを走る雄大君の姿。

 良かった、ちゃんと来てくれてたんだ……!

  安堵のあまり、へなへなとその場に座り込む。

 でも、どうしてあんなところを走っているんだろう。もしかして、二人だけ別メニューで練習しているの?


 気になりながらもまた立ち上がり、急いで先輩たちの元へと向かう。

「すみません、遅くなりました!」

 挨拶をして荷物を片づけると、いつも通りそのサポートに入った。







「集合!」

 今日の練習も終了の時間になり、章吾先輩の声がグラウンドに響く。

 いつものように泰吉先輩、章吾先輩、司先輩、そして相馬先輩から一言ずつ今日の練習の反省点や連絡事項などが伝えられると、希望者のみが残って練習するアフターの時間になった。


 あちこちに転がっている飲み物のボトルを拾い集め、大きなタンクからお水を補充する。

 残りを確認するためにタンクを持ち上げてみると、ぽちゃんという音と共にその重みが手に伝わってきた。

 うん、この分なら今日はもう、汲みに行かなくても大丈夫かな。


「香奈ちゃん、お疲れさま」

「あっ、小太郎。この前は本当にありがとう」

 小太郎が視線を上へとずらし、プッと吹き出す。

「どういたしまして! そんなことよりもさ、俺今日の練習中、ずっと笑いを堪えるのが大変だったんだけど」

「あぁ、もしかしてこのおでこのこと? やっぱりまだ目立ってる?」

「うん、かなり。どんだけ激しいデコピンだったんだよ。こんな指の形に青あざ作ってる子、初めて見たし!」


『ずっと記念に残しておきたい』っていう願いが、ちょっとだけ叶ったのかな。

 司先輩にデコピンされて赤くなっていた場所は、翌朝綺麗な青あざになっていた。

 一日お休みを挟んで少し薄くなったかと思っていたけれど、どうやらまだまだ目立っているらしい。


「司先輩、これ見て驚いてなかった?」

「うん、すっごく驚いてたよ。本気で謝られちゃった」

 あのコンパの日の翌朝、いつの間にか隣に寝ていたらしい司先輩は、目を覚まして私の顔を見た途端に固まった。


 それだけでも十分めずらしいことなのに、いつもの無表情を崩し真剣な顔で「悪かった」と謝る姿をみていたら、小太郎の言った『やきもちデコピン説』がにわかに信憑性を帯びてきて、めちゃくちゃ感動してしまって……。

 思わず感極まって、「気にしてないです! むしろ嬉しいです! いくらでもつけちゃって下さいっ!!」って叫んだら、あからさまにドン引きされちゃったけど。


「――ねぇ小太郎、それよりさ」

「あぁ、駿と雄大のことだろう? 心配しなくても大丈夫だよ。雄大は3日間、駿は1週間の別メニューになっただけだから」

「別メニュー?」

「そう。別メニューという名のお仕置き。一応、歓迎コンパで酔っぱらった二人が店の中で喧嘩したってことに落ち着いたみたいだね」

「え、そうなの!?」

「うん。香奈ちゃんは気にすることないって。あぁ、噂をすれば――――二人とも、お疲れさん」

「お疲れさまッス」

 ものすごく近く。自分の頭上から雄大君の低い声が聞こえ、慌ててふり返る。


「あ、あの……」

 相変わらずの巨体を見上げ言葉を探していると、雄大君がいつも通りの笑顔でくしゃりと笑った。

「香奈先輩、こんにちは」

「……こんにちは」

「色々心配かけてしまったみたいで、すみません」

「えっ?」

「悪いのは全部こいつなのに」

 雄大君が自分の後ろを指でさす。

 少し身体をずらして覗き見ると、雄大君の後ろに、同じく汗びっしょりになった間宮君が立っていた。

 一瞬目が合い、緊張のあまり息をのむ。

 でも間宮君はあっさり視線をそらすと、着ていたTシャツの袖で額から伝ういく筋もの汗を無造作に拭った。


「あー、マジキツイ。こんなのがあと6日も続くのかよ」

「自業自得だ」

「うるせぇな。お前にやられたわき腹と肩の痛みが取れねぇんだよ」

「あんなに手加減してやったのに?」

ムッとする間宮君を、雄大君が鼻で笑う。

「よく言うぜ。壁に穴あけそうな勢いで吹っ飛ばしたくせに」

「俺が本気でやってたら、今頃お前はここにいないだろう?」

「雄大相手だと、肋骨だけじゃなくて内臓もやられちゃいそうだなぁ」

 のほほんとした小太郎まで会話に加わり、3人揃って楽しげに笑っている。

 なんだろう、この妙に物騒でいて和やかな雰囲気は。

 それにしても……

 

 隣に立つ雄大君を、こっそりと見上げる。

 普段私に見せてくれる癒し系の笑顔とは全く違う、凄みのある笑顔。そして遠慮のない言葉。

 一見恐ろしい猛獣、でも実際はガラスのハートを持つ『癒し系巨大チャウチャウ』だと思いこんでいたけれど……あの日の様子といい今の会話といい、雄大君って結構見た目通りの恐い一面も持っている人なのかもしれない。


 楽しげに話す3人を見ながら、ふと、そんなことを思った。



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