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第18話 新歓コンパ(1)

「香奈先輩、失礼します!」

「あっ、はいどうぞ!」

「あれ? これってお茶ですか?」

 スーツ姿でビール瓶片手に挨拶に来てくれた一年生が、不思議そうにグラスを眺めている。

「えっと、お茶です」

「もしかして、香奈先輩って全然飲めないとか?」

「うーん、ある意味飲めない……かな?」

 曖昧に答えると、へらっと笑ってごまかした。



 今日は、新一年生を迎えた歓迎コンパの日。場所は去年と同じ中華料理店2階のお座敷だ。

 今日までに入部保留になっていた2人も無事課題をクリアして、仮入部していた18人全員の入部が決まった。

 こんなに沢山の部員が一度に入部するのは初めてらしくて、先輩たちのテンションはいつも以上に上がりっぱなし。

 その証拠に、まだ開始して30分程しかたっていないというのに、空になったビール瓶が大量に転がっている。


 そんな中、過去の失敗を痛いほど悔やんでいる私は隅っこの方の席に着き、なるべく気配を消してこっそりお茶を飲み続けていたんだけど――

「おい香奈。お前なんでそんなモン飲んでんだ?」

 私にとって厄病神以外の何物でもない泰吉先輩に見つかってしまい、深くため息をついた。


「泰吉先輩、香奈先輩って全く酒飲めないんですか?」

 隣にドカッと座り込んできた泰吉先輩に、一年生が悪気なく尋ねる。

「そんなわけあるか。おい香奈、お前まさか可愛い後輩の差し出した酒を飲めないって言うんじゃないだろうな?」

「でっ、でも……」


 もう嫌なんです! 鼻水たらしながら先輩たちに縋りつくのも、靴下で街中を疾走するのも、真夜中に恥ずかしい告白して笑い物にされるのも、そして何よりそれらすべてを覚えてないことも!! ――なーんてこと、何も知らない1年生の前で言えるわけがない。


「あの、お酒は禁止されていますから」

「誰にだよ」

「……お母さんに?」

「あぁん? 今まで散々飲んだくせに、何バカなこと――」

「パートリーダーにです!」


 これは嘘じゃない。まぁ、『俺がいない場所では』って条件付きだけど。

 でも司先輩がそばにいる時だからこそ、これ以上醜態をさらしたくないというのが恋する乙女心ってやつで。

「おい司! ちょっと来い!」

 そんな人間ならではの細やかで可愛らしい気持ちを、両生類である泰吉先輩に理解できるはずもなかった。


 スーツ姿でカッコよさ5割増しの司先輩がすっと立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

 ネクタイを緩め開かれたシャツの首元から覗く、なめらかな肌。

捲られた袖から見える逞しい腕……。

 思いっきり裸の上半身を見せられるよりも、こうしてわずかに露出している部分をこっそり覗き込み、そこから想像を膨らませていくほうが大好きだと気付いてしまった私は、やっぱり少し変態の要素を持っているのかもしれない。


「司、こいつがパートリーダーに酒を禁止されているから飲みたくないってほざいてるぞ。そんなバカなことしてねぇよな?」

 脅すように問いかける泰吉先輩の隣で、それと張り合うように『断って! お願いだから断わって!』と願いを込めた眼差しで訴える。

 さぁ先輩、どっちをとる? 泰吉先輩? それとも、わ・た・し!?


 司先輩が私と泰吉先輩を無表情のまま一瞥する。そして――

「平川、あまり飲みすぎるなよ」

 あっさり泰吉先輩を選んで、そのまま元の席へと戻って行ってしまった。

「だとよ。良かったな、香奈」

 泰吉先輩が勝ち誇ったように鼻で笑う。

 いいもんいいもん。気にしないもん。どうせこんなことだろうって……最初から分かっていたもん。


「じゃあ、一口ずつもらってもいい? ごめんね、あんまり強くなくって」

 せめてもの憂さ晴らしにと、ムカつく泰吉先輩にきっちり背中を向けて座り直す。

 キョトンと眺めている一年生たちに、笑顔でグラスを差し出した。





 ちょっと心配していたけれど、今年の歓迎コンパはとても平和なものだった。

 たまたまなのか、それとも一応上級生扱いしてくれているのか。いつもの飲み会ほど強引にお酒を勧めてくる先輩はいなかったし、後輩たちも私が『あまり飲めなくて』と言えば遠慮して本当に少しずつで勘弁してくれる。

 露出狂のダンサーたちが卒業したおかげで洗面器踊りの伝統はあっさり途絶えたし、なぜか歓迎される側の1年生が一発芸などで盛り上げてくれ、本当に楽しかった。


 入学式用のスーツらしきものを着こんだ、まだまだ細身の部員たち。

 沢山のお酒を飲まされて真っ赤になった顔。意外と余裕の顔。

 これから、このみんなも本当の仲間になるんだなぁ。

 毎日顔を合わせて、きつい練習に一緒に耐えて、お酒を飲んでバカ騒ぎして……。

 こうして改めて見てみると、細身だと思っていた小太郎や他の2年生たちがいつの間にかすっかりアメフト選手らしい体格になっていて、それだけの長い時間を一緒に過ごしてきたんだなって思うと、なぜかすごく嬉しく感じた。

 トレーニングの成果ももちろんだけど、やっぱりすごいな、プロテインって。


「ところでさ、みんなはどうして今までやってきた部活じゃなくて、アメフトに入ってくれたの?」

 先輩たちへの挨拶回りを終え、だいぶ前からここに居ついている間宮君、雄大君、そして同じく一年生の三村君に尋ねてみる。

 間宮君はランニングバック(RB)、三村君はレシーバー(WR)希望で、それぞれラグビー部と野球部出身。雄大君はディフェンスライン(DL)希望で元柔道部。

 他の一年生たちも、高校時代何かしらの部活に所属していた人ばかりで、どうしてそれをやめて一から始めなきゃいけないアメフトを選んだのかってことがすごく気になっていたんだよね。


「特に間宮君はラグビー部だったんでしょう? うちの大学を選んだのは、ここのラグビー部に入りたかったからじゃないの?」

 この数週間の練習態度を見ていれば、いつか間宮君が言ったような、『香奈先輩が好みだったから』なんて理由が本心じゃないってことはすぐわかる。

 せっかく全国有数の名門ラグビー部がある大学に入れたのに、どうしてやめちゃったのかな?


「まぁ正直迷ったけど、全国から集まった優秀な選手たちの中で熾烈なレギュラー争いをするよりも、ラグビーの経験を生かしつつ発展途上にあるこのチームを引っ張って上を目指す方が面白そうだと思ったのが一番の理由ですかね」

「俺も駿と同じです」

 間宮君の言葉に、雄大君も頷く。

 この二人、全然タイプが違いそうなのに、いつの間にかお互い名前で呼び合うぐらい仲良くなったみたい。


「俺もそうですよ。もともと実績や伝統のある部もいいけれど、自分たちの力でリーグ初優勝を勝ちとって、この同好会の新たな歴史に名を刻みたい……ってこれ、実は先輩の受け売りなんですけどね」

 三村君が無邪気に笑う。

「先輩の? 三村君、それって誰が言ったの?」

「章吾主将ですよ」

 先輩ってば、そんな真面目なことも言えるんだ。……ちょっと胡散臭い気もするけれど。


「まぁでも、もうひとつアメフトに入った理由を上げるとすれば、やっぱり香奈先輩がいたからかな」

 ニヤリと笑う間宮君の言葉を聞き、三村君と雄大君が驚いたように私を見る。

「香奈先輩?」

「なんで?」

「雄大、お前勧誘週間の時、香奈先輩に声をかけられただろ?」

「あぁ」

「俺さ、偶然その現場を目撃したんだよ」

「マジで?」

「ほんとに?」

 そういえばあの日、間宮君に『あのでかいヤツ入部した?』みたいなことを言われたっけ。


「アメフトのスタジャン着た小柄な女の子が、きょろきょろとあたりを見回しててさ、あぁ、勧誘相手を探してんのかなーって何気なく眺めてたら、そいつが急に一か所を見つめたまま固まって。何を見つけたのか気になってその視線の先をたどったら、やたらとデカい男を発見した」

 間宮君が笑いながら雄大君を指さす。

「そのまま身動きもせず熱心にその男を見つめているから、俺もなんか目が離せなくなって眺めていたら……次の瞬間、その女が綺麗なフォームで猛ダッシュしたんだよ。いやもう、早いのなんの。あの恰好であんな走りをする女見たことねぇよ。マジで衝撃的な光景だった」


 うわぁ、恥ずかしい! 私ってば、そんなに焦ってたんだ。

 まさかパンツとか見えてなかったよね!?


「どんな女なのか知りたくて声をかければ、冷たくあしらわれた上に『お前にアメフトは無理だ』みたいなことを言われるしさ。だったらやってやろうじゃねぇかって、逆に燃えたね」

 間宮君が楽しげに笑う。でも、確かに私の態度は悪かったかもしれないけれど、間宮君だってかなり怪しくて嫌な感じの人だったよね。


「へぇ、俺もその現場見てみたかったな。それにしても、香奈先輩って異常に足が速いですよね。この前の入部テストの日、俺かなりへこみましたよ」

 三村君が苦笑する。そういえば、彼はあの時4位だったっけ。

「ごめんね、あの時は私もポジション変えられちゃうって思って、必死だったから」

「いや、マジですごかったです。先輩って見た目とのギャップがたまらないですよね」

「ギャップ?」

「そう、見た目はすごく女の子らしくて小さくて可愛いのに、実はめっちゃ運動神経がいいし体力あるし……先輩たちからもそう言われませんか?」

「まさか! ブサイクとか、タヌキにそっくりとか、パシリに最適とか、そんなのしか言われたことないよ!」

 あとは、胸がなさ過ぎて女として致命的だとか、風の抵抗が少なそう、とかね!


 あの時受けた屈辱を思い出し、ぺたんこな自分の胸を見下ろして深くため息をつく。

 間宮君のぷっと噴き出した音を聞き、はっと我に返った。

 ――すっかり忘れてたよ。間宮君もあの場にいたんだっけ。

 それにしても笑いすぎ。すっごく気にしてるのに!!


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