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第5話 これってイジメ?

 私たちがグラウンドに到着すると、どこからか「集合!」という大きな掛け声がかかり、部員たちが練習を中断してどっと主将の元に駆け寄ってきた。


 ――あ、25番の人もいる……。

 さっきの走りが忘れられなくて、つい目で追ってしまう。


 確か、名前は上原司さんって言っていたよね? 背が高いな。清田主将ほどじゃないけど、きっと175センチは軽く越えてる。

 ユニフォームから覗く腕や太もも、ふくらはぎの筋肉がハンパじゃない。

 主将の近くで立ち止まった司先輩が、おもむろにかぶっていたヘルメットを取る。

 その顔を見て、思わず息をのんだ。


 ――すごい。なんてカッコいい人なんだろう。


 ハーフっぽくて少しクセのある顔は全体的にとても整っているけれど、一番印象的なのは、その瞳。

 少し色素の薄い茶色の瞳はとても綺麗なのに冷ややかで、簡単には人を寄せ付けないように見える。


 この人、何だか野生の猫科の動物みたい。しなやかに引き締まった体と、冷たく澄んだ瞳――そう、ヒョウとかチーターとか?


 司先輩がヘルメットを取った頭を軽く振り、鬱陶しげに髪をかきあげる。そして自分に向けられた視線に気付いたかのように、ふっと視線をさまよわせた。

 目があった――そう思った次の瞬間、怒りさえ感じる鋭い眼差しに貫かれ、慌てて顔を伏せる。


 今の、絶対睨んでたよね? でも、どうして? ずっと見ていたことに気付かれちゃったのかな……。 


 まだこっちを見ているような気がして、怖くて顔が上げられない。

 なんだかとても悲しくなって、さっきまでのワクワクしていた気持ちもあっという間に消え失せた。




*****




 初練習はとってもハードだった。

 勝手が分からずおろおろする中、ボールを渡す手伝いをしたり、『レディ・セット・ゴー!』とスタートの合図を出し、笛を吹いたりなどもさせられた。

 その合間にある休憩時間にも、『コールドスプレー持って来い!』だの、『ボトルに水が入ってねぇ!』だの、マネージャー初日だというのに全く容赦がない。


 一番大変だったのが、お水汲み。

 飲み水の巨大タンクが空になるたびに水を汲みに行かないといけないのだけれど、一番近い水道はなんと40段の階段を上がった少し先。引きずりたくなるほど重いタンクを抱え、何度階段を転げ落ちそうになったことか。


 練習終了を知らせる『集合!』の声を聞いた時には、やっと終わったぁ、なんて脱力するぐらい疲れてしまっていた。



 仮入部初日の練習に参加した一年生は、私を含めてちょうど10人。

 その10人が部員全員の前に一列に並べられ、急遽、自己紹介をすることになった。

 マネージャー候補はもちろん私一人。どんなことを言えばいいんだろうと考えていると、清田主将がすっと近くに寄ってきた。


「香奈、お前ちゃんと何枠で入ったか報告しろよ。今年のテーマはまだみんなに内緒にしてあるからな」

「えっ!? 言ってないんですか?」

「当たり前だ。お楽しみにとっておいたんだ。いいか、必ず言えよ?」


 それはさすがに嫌だなぁ。『今はブスだけど、これから綺麗になる予定だから見ていてね!』なんて自分で言っているようなものじゃないか。


「恥ずかしいから、嫌です」

「あぁ?」

「ごっ、ごめんなさい、努力します!」


 急に低い声ですごまれ、慌ててピシリと背筋を伸ばす。

 また脅しに屈する自分に落ち込みながらも、必死に自己紹介文を考えてみた。


 名前でしょ? 学部でしょ? あと『若紫枠です』って言うべきなんだよね。

 でもさ、『若紫枠です』なんて名前だけ言ったって、源氏物語を読んだことない人には意味がわからないんじゃないかなぁ。


 そもそも、源氏物語に出てきた若紫ってどんな人だったっけ。 

 器量の悪い子が綺麗になって――――あれれ、何か違くない? 若紫って幼かったけれど、もとから美人じゃなかったっけ。たしか源氏の想い人に似た面影で……。

 つまり、将来有望な可愛い幼子を自分好みに育てましたってことだよね?

 ちょっと待って! 最初から今回の募集の趣旨とネーミングが合ってないじゃん!


 もしかして私……『若紫』の名前の響きに騙された?

 絶対そうだよ! 最初からストレートに『ブサイク変身枠』なんて言われていたら絶対に断ってたはずだもん!


 やっとそこに考えが至った時、自己紹介が始まってしまった。

 新入部員たちがごくごく普通に、名前や学部、これまでやってきた部活動のことなどを話していく。


 い、言いたくない、言いたくない! 「若紫」だなんて名乗りたくない! 『ふざけんな、お前のどこが若紫だよ、ブス!』って思われるに決まってる!


 半泣きになる私の前で、清田主将はわかりやすく怖い顔で腕組みをし、無言の圧力をかけ続ける。


 うわーん、怖いよ! 素直に若紫枠だと名乗って身の安全を優先するか、なけなしのプライドを守ってダッシュで逃げるか――――さぁ、どっち!?


 とうとう私の順番が回ってくる。

 ええい、一瞬の恥より安全第一だ! 女は度胸! 頑張れ私!


「ひっ、平川香奈、法学部です。中高と陸上をやっていました。えっと、マネージャーに勧誘されて……わ、若紫枠ですっ!」

 そう言い切った途端、うなり声のような罵声があちこちから飛び出した。


「くそっ、負けた!! 若紫なんてガラかよ!? ふざけんな!」

「うぉっし、よくやった香奈! オラ、負けたヤツさっさとベンチプレス行ってこ―い!」

 何人かの先輩が肩を落とし、グラウンドを去っていく。


 ――ど、どういうこと? 何が起きたの!?

 呆然と立ち尽くす私の側に、翼先輩が申し訳なさそうな顔で近寄ってくる。


「香奈ちゃんごめんね。清田のやつ、4年の連中と賭けをしていたんだよ。君の――若紫枠の件で」

「……はい?」

「今移動していったのは、そんな恥ずかしい枠だと知っていながら入部するプライドの低い女はいないだろう、つまり『若紫枠です』なんて名乗る入部希望者はいないって方に賭けてたやつら。清田は『知ってて入る女もいる』の方に賭けてたってわけ」


 えーっと……つまりなんですか? 私がブサイクだってことを利用して遊んでいたのは、清田主将だけじゃなかったってこと?



 うわぁーん、酷い!! こんな部活、絶対にやめてやるーっ!!!






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