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第15話 仮入部

 一週間後――。

 ようやく勧誘週間が終わり、今日から仮入部の一年生も交えた練習が始まった。

 名簿上では結構集まったと聞いていたけれど、去年の仮入部は結局10人程度だったし、実際に来てくれる人はわずかだろうな、なんて思っていたら――


「部員18人にマネージャー3人?」

 ずらりと並んだ仮入部の部員を前に、あっけにとられる。

 沢山来てくれたのは本当に嬉しい。嬉しいんだけど、でも……。

「すっげぇわかりやすい選考基準だな、今年のマネージャー」

 守の呟きに、大きく頷く。なぜなら集まった女の子全てが、お色気満点のどう見ても私より年上にしか見えない女の子たちだったからだ。


 体のラインを強調するトレーニングウェアに、しっかりメイク。

 章吾先輩の好みをすっかり忘れてたよ……。私が期待していたような初々しくて可愛い女の子なんて、最初から入ってくるわけがなかったんだ。

 大丈夫かなぁ。明らかにタイプの違う彼女たちと仲良くやっていけるんだろうか、私。


 そして、素直に喜べない理由は他にもあって。

「あいつ、この前香奈の手を掴んでたヤツだろう? 入部希望者だったのか?」

「……違うと思ってたんだけどね」

 私と守の視線に気付いた間宮君が、にこりと笑う。

 はたから見れば爽やかな笑顔だったのかもしれないけれど、第一印象が悪すぎる私にとっては何かをたくらんでいる真っ黒な笑顔に見えてしょうがない。

 なんだか本当に、憂鬱になってきちゃったな……。でもこんな調子じゃ駄目だよね。気持ちを切り替えて、しっかり頑張らないと。嬉しいことだってあったんだしさ。


 新入生の列にもう一度目を向ける。たまたまこちらを見ていたらしい雄大君が、わずかに目元を緩め、軽く頭を下げてくれた。

 ――ほらね、可愛い後輩、一人はすでにできたんだもん。

 これからよろしくねという気持ちを込めて、私も笑顔で頭を下げた。






 意外にも、間宮君の練習態度は極めて真面目なものだった。

 先輩たちに対してだけではなく私にもちゃんと敬語で話してくるし、あの軽薄そうな様子もからかうそぶりも全く見せない。

 その体格から何かのスポーツをやっていたんだろうなとは思っていたけれど、実はラグビー部のレギュラー選手だったらしく、雄大君と共に一年生の中でもひときわ有望視される存在になった。


 でも、うちの大学のラグビー部は全国でも有数の強豪チームなのに、どうしてそちらを選ばずに小さな同好会であるアメフトを選んだんだろう。

 そして一方、こちらは予想通り……ううん、予想以上にマネージャー候補の3人娘は手ごわかった。


「沙希ちゃん、優美ちゃん、お水のタンク空になりかけてるから汲みに行ってくれる?」

「……はぁーい」

 不満も露わに返事した二人が、とろとろと歩いて階段へ向かう。

「望ちゃん、私ホイッスルやるから、ボールを拭いて先輩に手渡すのをお願い」

「はい!」

 3人の態度はとてもわかりやすい。

 部員たちと身近に接することのできる疲れない仕事は好きだけれど、きつい裏方の仕事は大嫌い。

 二日目、三日目と日が経つにつれその態度はあからさまになってきて、アフターの時間などは、まるでどこか別のサークルの練習風景を見ているみたいだった。


「沙希ちゃーん、スプレー持ってきて!」

「はぁーい! 今行きまーす!」

「おっ、ありがとう。沙希ちゃん今日も可愛いねぇ」

「えー、そんなことないですよぉ」

「今度さ、一年生の友達何人か誘って、コンパやろうよ」

「ふふ、いいですよ」


 部員たち……特に3、4年生の先輩たちは毎日とっても楽しそう。まともに練習している人はいつもよりずっと少なくて、もっぱら3人相手に話に花を咲かせている。

 もともとアフターは気楽な自主練習の時間だったとはいえ、こんなにも緩みきった雰囲気でいいのかな……。


 そしてもう一つ意外だったのが司先輩。

 先輩は1年のマネージャーに話しかけられても必要最小限の返事しかしないけれど、私の時のようにあからさまに睨みつけたりはせず、淡々と仮入部部員たちへの指導を続けている。


 こういう雰囲気が一番嫌いだったはずなのに、どうして注意しようとしないんだろう? ――そのことをずっと不思議に思っていたけれど、だんだんとその答えも見えてきた気がする。

 多分、司先輩は我慢してるんだ。自分がマネージャーの私と付き合っている以上、他の部員たちが気に入っている新しいマネージャーを追い出すようなことはしにくいだろうから……。


 部内で付き合うのって、やっぱり色々と弊害があるのかな。

 そもそも、マネージャーっていう立場で言えば私があの子たちの先輩なのに、きちんと注意して態度を改めさせられないのが一番悪いんだよね。



「おい間宮、大丈夫か」

 司先輩の声が耳に入り、ふと我に返る。

「大したことないです」

「結構血が出てるな。消毒してもらえ。――平川」

「はい!」

 救急箱を取りに行き、グラウンドのわきによけた間宮君に駆け寄る。


「見せて。……ちょっと酷いね。細かい石が傷口に入り込んでいるみたい」

「これぐらいほっとけば治りますよ」

「でも化膿したらいけないから、できるだけ綺麗に流そうよ。ちょっと待っててね」

 急いでお水を取りに行き、傷口にかけながらガーゼで石を取り除く。

「ごめん、痛いよね」

 思ったよりも深く入り込んでいて、なかなか全部は取りきれない。


「望ちゃん、悪いんだけどお水をもう少し――って、聞こえてないか」

 ちょうど近くにいた子に頼もうと思ったけれど、先輩たちとの会話に夢中で聞こえないみたいだ。

「ごめん、お水取ってくるね」

 そう言って立ち上がろうとした時、他の1年生の部員が気を利かせてお水を届けてくれた。

「香奈先輩、これどうぞ」

「あっ、ありがとう。三村君」

 もう一度傷口にかけて、綺麗に流す。


「……一年の名前、もう全部覚えてんの?」

 久々に敬語抜きで話しかけられ、思わずその端正な顔を凝視してしまう。

「うん。仮入部の人も出席を取るから、自然とね」

「あんたがこんな真面目にマネージャーをやっているとは思わなかった」

 逆ハー狙い? そう聞かれた初対面の時を思い出し、苦笑した。


「あいつらなら同じ一年の名前ですら全く覚えてないと思うけど」

 間宮君が冷めた視線をマネージャー候補の3人に向ける。

 これもすごく意外だったけれど、思いっきり軽そうに見える外見とは反して、彼は単なる女好きってわけではなかったみたい。――少なくとも部活中は。

 私に対して3人の態度があまりにも悪かった時、通りがかりにわざわざ注意をしてくれたぐらいだ。

 部活は部活、恋愛や遊びはそれ以外の場所でって、ちゃんと自分の中で分けてあるのかな。


「そうかもしれないけど、間宮君の名前は覚えているみたいだったよ」

「全く嬉しくない」

「そうなんだ? 女の子にモテるのが大好きな人かと思っていたのに」

「誰でもいいわけじゃないですから」

 ニッと笑った間宮君が、いつかの私のセリフをそのまま返してくる。

 思わず笑いながら、ガーゼをぺたりと傷口に貼った。

「はい、終わり。部室に戻ってシャワーを浴びた後、もう一度消毒させてね」

「なぁ、なんでもっとあいつらにきつく言わないんだよ。一人で駆けまわっててバカらしくない?」

「もともと一人でやってた仕事だもん。結構手伝ってくれて楽になったよ。……心配してくれてありがとう」


 気苦労は増えたけど、仕事が楽になったのは本当だ。

 朝の水くみは雄大君や手の空いた一年生が自分から手伝いに来てくれるようになったし、女の子たちは不満げな態度を見せつつも、先輩たちの前ではなんとか仕事をしてくれる。

 救急箱を片づけ終わると、ちょうど休憩に入ったらしい一年生、そして指導していた章吾先輩、司先輩の元に飲み物のボトルを届けに行った。


「あの、香奈先輩!」

「ん、なに?」

「香奈先輩って、彼氏いるんですか?」

  一年生の男の子に突然そんなことを聞かれ、ボトルを手にしたままその場に固まる。

「あーそれ、俺も気になってたんですよね」

 間宮君も何気ない様子で相槌を打ち、楽しげな顔で見上げてきた。


 ――ど、どうしよう。いるって言っていいのかな? 

 でも部内恋愛してるなんてことが3人に知られたら、ますます練習中の雰囲気がくだけたものになっちゃうよね? 

 よりによって、なんで司先輩の目の前でこんな話に……先輩は部活でこんな話をされるのが一番嫌いなはずなのに。


 いろんなことが頭を巡り、なかなか言葉が出てこない。そんな私を見ていた章吾先輩が楽しげに笑い、みんなに向かって頷いた。

「いるいる。こいつ男がいるぞ」

「えぇっ、マジッすか?」

「残念! オレ結構、香奈先輩のこと好みだったのに!」


 あまりにもあっさりとバラされてしまい、章吾先輩を呆然と見つめる。

 もちろん、そのすぐ近くにいる司先輩を見る勇気なんて全くない。もし露骨に嫌な顔をされてたりしたら、絶対に立ち直れないもの。

 章吾先輩がそんな私を見透かしたように鼻で笑う。そしてさらに信じられない言葉を口にした。

「香奈を落とすのは無理だろうな。かなり嫉妬深い男に、がっつり捕まえられているからな」

 ありえない冗談に、さーっと血の気が引いていった。


「それって、まさか部内恋愛とかじゃないですよね?」

「ちっ、違うよ! 部内じゃない!」

 沙希ちゃんの問いかけに、思わず大きな声で答える。

 無意識のうちに出た言葉に自分でも驚いたけれど、今はとにかく、一刻も早くこの話を終わらせてしまいたかった。

「あの、そろそろ暗くなってきたし、もう上がりませんか?」

「……そうだな。そろそろ片づけて上がるか」

 苦笑する章吾先輩の言葉にみんなが渋々立ち上がり、散っていく。

 マネージャー候補3人に先に戻るよう伝え最後の片づけをしていると、ふいに誰かが目の前に立った。


「……司先輩」

「どうして、あんなすぐバレる嘘をつく?」

 冷たい眼差しに体が強張る。

「す、すみません、つい咄嗟に。……でも先輩、私のせいで我慢しているんですよね?」

「は?」

「マネージャーの私と付き合ってしまったから……明らかに練習中の雰囲気が悪くなっていても、マネージャーの子やみんなを注意しにくくなっちゃったんでしょう?」

 以前の先輩だったなら『練習する気のないやつはさっさと帰れ!』って絶対真っ先に怒っていたはずだもん。


「その、部内恋愛も自由なんだって思われたら、きっと1年生の女の子たち今以上に不真面目な感じになっちゃうと思うし、ああいう話が司先輩の前で何度もでちゃうかもしれないし、だからっ……」

「――お前、なんでいつまでたってもそうなんだよ」

 司先輩が、心底嫌気がさしたといった顔でため息をつく。

「あの……先輩?」

「もういい。好きにしろ」

 先輩は冷たく言い放つと、メットとショルダーを抱えて歩き出した。


 ――なんで? なんでそこまで怒るの?

 確かに、とっさに出た言葉とはいえ、嘘をついたことに怒るのはわかる。

 二人が付き合っていることは2年生以上の部員全員が知っているんだから、すぐにバレる嘘っていうのも理解できる。だけど……

 『なんでいつまでたってもそうなんだ』って、どういう意味?

 それって、なにか私に対して、今までずっと不満があったってことだよね?


「香奈先輩、どうかしましたか? 荷物、持ちますよ」

 通りかかった雄大君が心配そうに見下ろしてくる。

「あぁ、ごめんね。なんでもないよ。荷物は少ないから大丈夫。ありがとう」

 

 一人で部室へ向かいながらも、ずっと先輩の言葉が頭を離れない。

 今まで何を不満に思われていたのかな。

 あんなに嫌な顔をされるってことは、相当のことだったんだよね、きっと。

 付き合い始めてから今までのことを必死に思い返してみるけれど、まったく答えが見えてこない。


 ――わからないよ。恋愛経験が少なすぎる私には、ちゃんとはっきり言ってくれないとわからない。

 こういうすれ違いから、いつか終わりが来てしまうのかなぁ……?

 

 部室棟のすぐそばにある水道で、3人が今日の練習で使ったボトルなどを洗っている。

 手伝おうと思って足を向けたけれど、聞こえてきた会話にすぐ立ち止まった。


「香奈先輩ってさ、なんか真面目ぶっててイラつくよね」

「わかるー。先輩たちに気に入られたいにしたって、必死すぎだよね。見苦しい」

「もともとパシリにするために入れたらしいよ。すっごいブスだったって話」

「彼氏いるって本当かな?」

「嘘じゃない? 部員たちに女扱いされないのが悔しくて嘘ついたんだよ、きっと。だって話を突っ込まれた時の焦りっぷりがすごかったじゃん」


 そっと荷物を抱え直し、回り道して部室に向かう。

「あ、すみません」

 ドアを開けたところでちょうど部屋を出ようとしていた司先輩にぶつかり謝ったけれど、先輩は目を合わせることもせずにすり抜けて行った。


 いつも通りの仕事を、淡々とこなす。

 部員たちがいなくなった後の部室を一人で掃除していたら、やっと3人が荷物を抱えて戻ってきた。


「あのー、香奈先輩」

「うん、なに?」

「さっき4年生の先輩に、ジャージの破けたところを縫ってって頼まれたんですけど……」

 望ちゃんが言いにくそうに口ごもり、ショルダーの上に着るジャージを差し出してくる。

「あの、私一人暮らし始めたばっかりで、裁縫道具とかも全然持ってなくってー」

「……そっか。じゃあ、私やっとくよ」

「えー、いいんですか?」 

「うん」

「香奈先輩、私たちも持ってないんですー」

 他の二人も次々に差し出してくる。


 三人とも、練習中に自分から「ここ破れてるから、縫っておきますよ」なんて声を掛けまくっていたくせに――。

 そう思ったけど、今日はもう反論する元気も残ってないみたいだ。

「じゃあ、全部やっとくね」

「本当にすみません、お願いします」

 3人がそっと目配せをしあい、笑いを堪えている。


 目の前で部室のドアが閉まる。

 その途端聞こえてきた楽しげな笑い声に、深くため息をついた。



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