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第14話 マッチョ求む!(2)

「マーッチョ、マッチョ。マッチョはおらんかねー」

 ぶつぶつと唱えながら、メイン広場周辺を歩き回る。

 見ためからして初々しい一年生には、すでにいろんなサークルの人が張り付いていて、近よれそうにない。

 上級生か一年生かって、結構見分けにくいんだよね。だいたい、マッチョで初々しい一年生なんてあんまりいないだろうし……。わかりやすい人、どこかにいないかなぁ。


 もう一度ぐるっとあたりを見回していく。

 ふと視界に何か大きなものが入ったような気がして、慌てて首を戻した。

「み、見つけた!! わかりやすい新入生の、極太マッチョ!」


 これはでかい。

 育太の並みの巨体に、さらにお肉をたっぷり追加しちゃったような体。

 悪役レスラーと称される育太とはまた違うタイプのイカツイ顔。しかも眉間に思いっきりしわを寄せ、校内見取り図を睨んでいる。

 あんなに一生懸命見つめているなんて……もしかして、迷子のマッチョ?

 いやいや、こんなことを考えてる場合じゃないって! ぼやぼやしてたら他の部に取られちゃう!!


 人ごみをすり抜けるようにして走りだす。

「あ、あの! ちょっとすみません!」

 声をかけつつ、頭の中で手順を確認。えっと、手を掴む、自己紹介、筋肉褒めるだったよね!!

 振り返った男の子の両手をがしりと掴む。巨大な体がビクリと震えた気がしたけれど、忘れないうちにと一気にまくしたてた。


「初めまして! 私、アメフト同好会のマネージャーをしている平川香奈と申します! いま新入部員の勧誘活動をしていまして――あなたの筋肉に惚れましたっ! アメフトのブースまで付き合って下さいっ!!」

 勢いよく頭を下げて返事を待つ。

 ドキドキしながら数秒間の沈黙に耐えていると、目の前の新入生が小さな声で何かを呟いた。


「……く、ないんですか?」

「え、何? ごめんなさい、聞こえなかった」

 慌てて顔を上げ、男の子を見上げる。

「……怖く、ないんですか?」

「怖い? 何がですか?」

「……俺」


 相変わらず険しい表情をしているけれど、少し丸まった背中がどことなく不安げに見える。

 もしかしてこの子って……自分の外見にコンプレックスがあるの?

 一気に親近感がわいてきて、全開の笑顔で首を振った。

「全然! ちっとも怖くないよ!」


 慣れってすごい。今の私にとって男の人といえばマッチョが標準体形で、普通の人を見ると華奢に見えて仕方がないんだよね。

 毎月の体重測定やウェイトトレーニングの結果を見て、部員たちがどんどん大きく逞しくなっていくのが嬉しいし、やっぱりちょっとうらやましくも感じてる。


 もし私が男の子でこの人の体格だったなら、迷わずアメフトをやってるよ。

 ポジションはどこがいいかなぁ、やっぱりディフェンスラインあたりかな。敵のオフェンスをバンバン弾き飛ばして、ついでに泰吉先輩も一度ぐらい空高く投げ飛ばしてやりたい。

 ――やっぱりちょっと可哀想だから、軽く転がす程度にしておこうか。


「私、逞しい男の子に生まれたかったから、すごくうらやましく思うよ。先輩たちがあなたを見ても、間違いなく入部してくれって頭を下げると思う。あの、よかったらアメフトのブースに来て、説明だけでも聞いてみてもらえないかな?」

「アメフト……」

「うん。チームのためにはぜひ入ってもらいたいんだけど、やっぱり部活をやるってなかなか大変なことだし、話を聞いてから決めてもらえれば――」

「行きます」

「えっ?」

「入部します」

「えぇ!? ほ、ほんとに!?」

「はい!」


 きっぱりと答えた新入生君が、ふいに目尻を下げてくしゃっと笑う。

 その目の細さと目尻の下がりっぷりがすごくって、イカツい顔が驚くほどユルい顔になった。


 ――す、すごく可愛いかも! むかし隣の家で飼ってた犬にそっくり! なんだっけ、あれ……そう、チャウチャウだ! 巨大サイズのチャウチャウだ!!


「わぁ、ありがとう! あっ、私ったら、いきなり手を掴んだりしてごめんね」

 まだ握りっぱなしだった両手を慌てて離す。

「あの、お名前は?」

「斎藤雄大です」

「雄大君かぁ。あ、斎藤君って呼んだ方が良かったかな?」

「いえ、雄大で。……あの、香奈先輩と呼んでも?」

 背中を丸めて心配そうに確認してくるのが、めちゃめちゃ可愛い。


「もちろん! そう呼んでくれたら私も嬉しいよ。あのさ、雄大君って何かスポーツとかしていたの?」

「柔道を」

「あぁ、やっぱり。そうじゃないかなって思ったんだ。部活の先輩たちの中にも、柔道経験者って何人かいるんだよ。私と同じ2年生の育太って子もそうなんだけど、すっごく優しくていい人なの! そういえば、育太といい雄大くんといい、名前も大きくて強そうだよね。すごいね、ご両親の願い通りに育ったんだ」

「香奈先輩の名前の意味は?」

「うーん。名前の由来は知らないんだけど、親の理想と正反対だったってことだけは確かかな。一人娘なのに申し訳ないけど」

「親の理想って?」

「おしとやかな、お嬢様っぽい子が良かったみたい」

「……十分、そう見えますけど」

 あぁ、細い瞳の奥がちょっと悲しげだ。雄大君って、見かけよりずっと優しくって繊細な人なんだ。


「ありがとう。でも大丈夫。ちょっと前まで自分の外見にすごくコンプレックスを持っていたんだけどね、去年の主将のおかげで今はそんなに気にしてないんだ。すごく変わった人でね、顔じゅうに出ていたニキビを治してくれたり、酷かった服装を直してくれたりしたの。他の先輩たちもなんだかんだ言って優しいしね」

「いいチームなんですね」

「うん、すごくね。それは自信を持って言えるよ!」


 近くまで来ていたアメフトのブースに目を向ける。いつの間にか副将の相馬先輩も来ていて、司先輩、章吾先輩とともに私の隣にいる雄大君を見ながら何か話し合っている感じだった。

 目があった章吾先輩が、私を見てニヤリと笑う。

 あぁ、これはもう絶対に逃すものかって顔をしているよ。雄大君大丈夫かな。


「あの、雄大君。もし嫌だったら私に気を使わず入部を断わってくれてもいいんだからね。 本当に無理しないでね?」

 先輩たちには聞こえないよう、背伸びをしてこっそりと声をかける。

「大丈夫ですよ」

 そう言って笑ってくれた雄大君を、先輩たちに引き渡した。




 ふう。やっと一人目か。残りはあと二人……。

「香奈ちゃん、すごいの連れてきたね!」

「あっ、小太郎、育太!」

「あれはすごいな。清田主将たちの抜けた穴を埋めてくれそうだ」

 二人がアメフトのブースにいる雄大君に目を向け、嬉しそうに笑う。

「入ってくれたらいいけどね。そっちはどう? 見つかった?」

「まぁ、何人か連れて来たけど、今のところ入部してくれるかどうかは微妙だな」

「俺も」

「そっか。なかなか難しいよね。アメフトって、この辺じゃ結構マイナーだし……」


「あの、すみません。アメフトのマネージャーさんですよね?」

 突然後ろから呼び掛けられ、慌ててふり返る。

「はい。そうですけど」

「わぁ、写真そのままだ! 可愛い!」

「全然わからないね。すごく肌とか綺麗になってるし!」

「ほんと、ほんと!」

 新入生らしき女の子3人組が、キャッキャとはしゃいだ声を上げた。


「あの、何か?」

 なんだろう。もしかしてマネージャー希望者? でも、写真そのままって……。

「ごめんなさい。つい、本物がいると思ったら声をかけてしまって」

「本物?」

「アメフト部のマネージャーになれば綺麗になれるって本当だったんですね。さっき声をかけてきた男の人が写真を見せてくれて」

「……写真を?」

 なんか、とてつもなく嫌な予感が。


「はい。イケメンぞろいのアメフト部に入ったら、どんなブスでも綺麗になれるぞって。綺麗になる前の先輩の写真と、今の先輩の写真を見せてくれたんです」

「……それ、どんな部員が持ってきたの?」

 絶句する私の代わりに、小太郎が優しく尋ねる。

 女の子たちは途端に頬を染め、口々に答えた。

「ここのスタジャンを着ていてー」

「背が低くってー」

「なんかちょっと、偉そうな感じ?」

 ――やっぱりお前か、泰吉め!!



 さらに数人の新入生を勧誘しつつ、泰吉先輩から証拠写真を回収したあと。

「うーん、そろそろ時間切れかなぁ」

 遅刻・欠席3回で単位を落とされる教授の授業が次に入っているため、携帯で時間を確認する。

 まだ少し余裕があるみたい。今日のノルマはとっくにクリアしたし、疲れたから飲み物でも飲んで休憩しようかな。

 自販機でペットボトルのお茶を買うと、その横の階段に座りごくごくと一気飲みをする。ストレッチをするように首を左右に曲げ、思いっきり両腕をあげて伸びをした。


「疲れたぁ」

「おつかれさま」

 突然降ってきた声にびくりと肩を揺らす。空を見上げていた視界に、一人の男の子が入り込んでいた。

 明るい茶髪、耳にはピアス。涼しげな眼もとに薄い唇。

 この人、誰? こんな知り合いはいなかったよね。勧誘した覚えもないし……。


 その人は固まったままの私を見てふっと頬を緩め、階段を下りて私の前へと移動してくる。

 端整な顔。そして自分の魅力を十分理解していそうな、余裕たっぷりの笑顔。

 この人、間違いなく女癖が悪そうだ。章吾先輩と同じく、なにか危険なフェロモンをまき散らしている気がする。


「勧誘活動ずいぶん頑張ってたね。あのでっかいヤツ、入部したの?」

「……どこかのサークルの方ですか?」

「いいや、逆。俺もかわいい新入生。間宮駿です。宜しくね、先輩」

 ためらうことなく隣に腰を下ろされ、大きく後ずさった。


「あの、何か用ですか?」

「あぁ。俺も先輩に勧誘してほしくてずっと眺めていたのに、ちっとも声をかけてくれないからさ、こうして自分からやってきたってわけ」

「……アメフトが好きなの?」

「いや。別に」

「じゃあ、なんで?」

「もちろん、先輩のことがすごく気になったから」

 さらりと吐き出されたセリフに、一瞬言葉を失った。


「先輩さ、なんでアメフトなんて泥臭い部活のマネージャーやってるの? 逆ハー狙い?」

 ムッとして睨みつけると、その人が嬉しそうにクッと笑う。

「いいね、その顔。もっと怒らせて、泣かせてみたくなる」

「私、もう行きます」

 みんなのところに戻ろうと立ち上がったけれど、腕をぐっと掴まれる。

「ごめんごめん、話を変えようか。そうだ、俺にもアメフト部の話を聞かせてよ」

「いやです」

「なんで? あんなに頭下げて新入部員を必死にかき集めていたのに?」

「誰でもいいわけじゃないですから」


 ムカムカする。久し振りだ。こんなに誰かに対して嫌悪感を抱いたの。

「私は、アメフトをちゃんと好きになってくれそうな人にしか入ってほしくないです。うちはお遊びサークルじゃない。練習もハードです。アメフトが心から好きな人じゃなきゃ、付いていけない」

「……俺には無理って言いたいの?」

 男の子の口角がくっと上がる。さっきまでの笑顔じゃない。人をバカにしたような、どこか冷たい笑顔。

 でもそんなのに負けるもんか。この一年間、散々あの迫力満点の先輩たちにイジられてきたんだもん!


「そんなの知りません。もう失礼します」

 掴まれたままの手を振り払おうとしたけれど、なかなか離してもらえない。

どうしよう、と少し怖くなってきた時、守が人ごみを抜けて近づいてくるのが見えた。


「おい香奈、つぎ広末の民法Ⅱだぞ。遅刻したらやばいって言ったのお前だろ?」

「ごめん、今行く。――離してもらえますか」

「香奈、そいつ知り合い?」

 腕をとられている私を見て、守が眉をひそめる。

「違う」

「――おい、手ぇ離せ」

「名前、香奈って言うんだ。それでこれは? 彼氏?」

 男の子は自分の手を掴んできた守の方を見ることなく、真っ直ぐに私だけを見つめてくる。

「……違う」

「そっ。――じゃあまたね、香奈センパイ」

 やっと手を離してもらえたというのに、身がすくんだようになって動けない。

「行くぞ、香奈」

 守に手を引かれ、その場を離れた。



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