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第13話 マッチョ求む!(1)

「守! ねぇ、守! 起きてってば!」

「……うーん」

「起・き・て! もう講義終わったよ!」

「……香奈、あと10分……今アメフトのゲームにハマってて、あんま寝てねぇんだよ……」

 ムニャムニャと呟きまた寝息を立て始めた守を、しつこくゆする。


「今日から勧誘週間なんだから、早く行かなきゃ怒られるよ! この初日のお昼休みは特に重要だって先輩たち言ってたじゃん! 私、先に行ってるからね!」

 置き去りにしようとした私の腕を、守がうつ伏せのままガシリとつかむ。

「だめ。俺だけ遅れたら怒られる」

「二人一緒に遅れたって怒られるでしょうが」

「んー、司先輩の怖さだけは軽くなるかも」

 勝手な言い草に、カッと血が上る。

「なるわけないでしょ! さっさと起きろっ、うりゃー!!」

「のわぁー!!」

 わき腹を全力でくすぐられた守が、派手な音を立てて椅子から転げ落ちた。





「――お前なぁ。もう少し優しく起こせよ」

 大学のメイン広場へと移動しながら、守が腰をさすって文句を言う。

「いつまでたっても起きないからでしょ? やだなぁ。これから一年間、全部の授業がこんな感じなんだろうなぁ」


 大学2年生の、春――――。

 去年のテストの時に宣言した通り、卒業までの試験を全て私頼みで行くことに決めたらしい守は、私の履修届を無理やり奪って丸ごと書き写し、二人分勝手に提出してしまった。

 おかげで今年度はほぼ全科目――守が成績の悪さから落とされた基礎ゼミなどを除いて――守と一緒だ。


「来年は絶対こっそり書いて出してやる!」

「ま、俺はどっちでもいいけど。そうなると大変なのは俺じゃなくて香奈だぞ」

 守がくわぁーっとあくびする。

「なんで?」

「試験の時、香奈だけ2倍勉強しないといけなくなるだろ?」

 2倍って……やっぱりまた、受けたこともない授業の小論文作ったり、予想問題を作らされたりするってこと?


「守、最悪。そんなんだから、いつまでたっても彼女ができ――イタタタタッ! やめて、パンツ見えちゃう!」

 危うく背負い投げされそうになって、慌てて距離をとる。

「ちょっとまぐれでいい男捕まえたからって、調子にのんなよ」

「日ごろの行いのたまものだよ!」

 司先輩の彼女になれる程の良い行いをした覚えなんて、全くないけどさ。


「だいたいお前、なんで今日に限ってそんなヒラヒラした格好してんだ? ひと風吹いたら、ふつーにパンツ見えっぞ」

 今日の私の恰好は、上は白の女の子っぽいカットソーで、下は春らしいフレアースカート。手にはみんなとお揃いのスタジャンを持っている。

 「それが今朝いきなり清田主将から電話があってさ、今日はこの服で行け、メイクもしていけよって指示があって」

「マジで? すげーな、あの人。就職したばかりなのに、よくそんなことに気を回す余裕があるな」

「まぁ、清田主将だからねぇ。――あ、守、あそこだ!」


 メイン広場の中央、やや左寄り。なかなかいい場所に、アメフト同好会の特設ブースができている。

 手書きの看板が妙に可愛く感じられるのは、私がこっそり書き足した黒猫のシルエットのせいだろうか。

 ブースに置かれた椅子に座っているのは、泰吉先輩、章吾先輩、そして司先輩の3人。他の部員たちは散らばっていて、すでに新入生の勧誘にあたっているみたいだ。


 司先輩のスタジャン姿、やっぱり男らしくてすごくかっこいいな……。今朝は恥ずかしくって直視できなかったから、今のうちにたっぷり味わっておこう。

 不思議と、司先輩がどこにいるのかってことは遠くから見てもすぐにわかる。グラウンドでも、こういう場所でも。

 まるでそこだけが違う空間のように浮き上がって見えるんだよね。近寄りがたいけれど、一度見てしまったらもう目が離せないって感じで……。


「おい、香奈。遅れたのを怒られたら、お前が腹下してたってことにしろよ」

「んー」

 司先輩、こっちに気づかないかなぁ。

 目があった瞬間ニコッて笑ってくれたりなんかしたら、最高に幸せなんだけどなぁ。

「香奈、お前俺の話聞いてるか?」

「へぇー」

 おーい司先輩、見て! こっちに気づいて! よーし、ここはひとつ、テレパシーで呼びかけを……。

 まるで実験でもするような気分で、心の中で抑揚をつけて歌ってみる。


 L・O・V・E つっかっさ! こっち見て こっち見て こっち見てっ!!


 テレパシーが届いたのか、私の鬱陶しすぎる視線に気づいたのか。司先輩がふと顔を上げて、私と守を視界にとらえる。

 やったぁ! とばかりに全力でニヘッと笑いかけてみたけれど、その時にはもう、司先輩は何も目に入らなかったかのように別の場所を見ていた。


 ……うーん、現実は甘くない。

 最近ちょっと甘みを増したかと思っていたこの恋も、やっぱりまだまだ微糖コーヒーのレベルだったらしい。



「おい、お前らおせーぞ」

 泰吉先輩が偉そうに椅子にふんぞり返ったまま、こっちを睨む。

「すいません、香奈が腹を下してて」

「はぁ!?」

「いいから二人ともさっさと勧誘に行ってこい。今日のノルマは部員一人につき仮入部三人。できなかったら罰ゲーム」

「えぇっ!?」

 ノルマなんてあったの!? しかも罰ゲームって!

「モタモタすんな」

「……はぁーい」


 そこでふと気になってたことを思い出し、章吾先輩に目を移す。

「あの、章吾先輩」

「何だ」

「勧誘するのって部員だけですか? それともマネージャーも?」

 なんとなく司先輩を見るのが怖い。先輩ってマネージャー嫌いだもんね。一応私もマネージャーだけど。

「そっちは俺が自分で勧誘する。お前はガタイのいいヤツに片っ端から声をかけてこい」

「はい」


 やっぱり今年も『マネージャーの任命権は主将にある』ってやつ、続いているんだ。

 どんな子が来るのかな? 章吾先輩、理想高そうだよなぁ。とにかく一人でもいいから入ってほしいんだけど……

 そんなことを考えていると、章吾先輩が席を立ち「おい香奈、ちょっと来い」と手招きをした。


「どうしたんですか? 先輩」

 ブースから離れる先輩の後をついていくと、章吾先輩が一度ちらっと私の背後に目を向け、立ち止まる。

「いいか、香奈。今から俺が言うとおりに勧誘しろ。――まずはガタイのいいヤツを見つける。体さえ大きければ単なるデブでも構わない。あとで絞れば済む話だからな」

「はい」

「見つけたら、声をかける時にさりげなく相手の手に触れる。服の上からではなく直接肌にだ。一瞬でいい」

「直接、手にですか? ……えっと、はい」

「次に、相手を見上げ恥ずかしそうに微笑みながら自己紹介。『先輩方にノルマを与えられて困っているんです、もしよかったら、アメフトのブースに来て話だけ聞いてもらえませんか?』と、縋るようにお願いしろ」

 ――それって、人の優しさに思いっきり付け込んでいるような気が。


「あぁ、それから、『すごくガッシリされているんですね、なにかスポーツでもしていたんですか?』とかなんとか、さりげなく相手を褒めることも忘れるな。あくまでも恥ずかしそうに、だ」

 な、長いなぁ。覚えきれるかな?

 えっと、まずは大きい人を見つける。声と同時に手を触る。自己紹介。あとは……なんだっけ?


「先輩、細かすぎて覚えきれません」

「あぁ?」

 章吾先輩の声がぐっと低くなる。

 あれれ? なんだか巨体がますます大きくなっちゃった!?

「えっと、ばっちり覚えられたみたいです」

「よし。頼んだぞ、香奈! 新チームの戦力はお前の腕にかかっている。心して行って来い!」

「ひゃあ! い、行ってきます!」

 ブンと音をたてた手のひらでお尻を叩かれそうになって、慌ててその場を逃げ出した。



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