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第11話 重なる手(1)

「香奈! そろそろ出ないと遅れるわよ!」

 ノックの音と同時に、母、幸子がひょいっと顔を出す。

「ごめん、今行く!」

 化粧をしたところでたいして代わり映えのしない自分の顔を、鏡でもう一度チェック。

 小さな荷物を手に、階段をかけ下りた。



 今日は大みそか。

 部活が1週間の年末年始休みに入り、私も久々の里帰り中だ。

 電車とバスを使えばほんの1時間半の距離なんだけど、練習が忙しくてなかなか帰れなかったんだよね。


 今日は同じように帰省している元陸上部の友達に誘われて、地元で集まることになっている。そのあとは、なんと司先輩と二人で初詣に行く予定。

 誘ってくれたのは司先輩のほう。

 『その日は陸上部の友達や先輩たちと地元でご飯を食べるんです』と話したら、それが終わる時間に合わせて、わざわざこっちのお店まで迎えに来てくれることになった。


 部屋がお隣同士、そのうえ先輩の部屋に合宿中の私にとって、こんな風に外で待ち合わせをするのはちょっと憧れだったりする。

 これって、いわゆるデートというやつでは!? なーんて昨日から浮かれていたら、興奮しすぎて寝付けなくなってしまったほどだ。



「陸上部の先輩たちとは久々の再会だろうけど、ハメをはずしてお酒とか飲んじゃダメよ」

 お店まで車で送ってくれるという幸子が、ハンドルを握りながら釘をさしてくる。

「はーい、わかってます」

 もう大学に入ってから、散々飲んでやらかしちゃってるんだけどね。言うとうるさいから黙っておこう。

「それで、一緒に初詣に行く彼氏はどんな子なの?」

「え!? 違うって、彼氏なんていないって言ったじゃん」

「絶対嘘よ。それだけ大変身をしておきながら、彼氏はいませんなんて話を信じるわけがないでしょう? 昨日からやけに締まりのない顔をしているし」


 自信たっぷりに言い切った幸子が、フフンと鼻で笑う。

 昔から幸子は私のことなど全てお見通しって感じで、上手く騙せたためしがないんだよね。

 だけど今回だけは、素直に認めるわけにはいかないんだ。それはかなり危険すぎる。

 だって司先輩ってば、幸子の「理想の息子像」にぴったりなんだもん。

 爽やか……ではないけれど、スポーツマンだし、目上の人には礼儀正しいし、何よりカッコいいし。

 知られたが最後、『絶対逃がすものか』ってすごい勢いで囲い込んでくるはず。蜘蛛の巣みたいな呪いをかけられそうだ。司先輩の身が危ない。


「本当にいないよ。一緒に行くのは女の子の友達だもん」

 さりげなく窓の外に目を向けつつ、もう一度念を押す。

「ふぅーん。まぁ、いいわ。で、帰りは迎えに行かなくていいのよね? ちゃんと帰る時間が分かったら連絡するのよ」

「うん、わかった。――あ、あのお店だ。ありがとう、もうここでいいよ」

「じゃあ、気をつけてね」

「うん、そっちもね」

 手を振って車を見送る。集合場所である居酒屋へと足を向けた。



 店員に案内された座敷にいたのは、陸上部の一つ上の先輩4人に、同級生が二人。

 今日は10人ぐらい集まるって言っていたから、まだ来てない人もいるみたいだ。

「こんにちは。お久しぶりです」

 靴を脱ぎながら、すでに盛り上がっているメンバーたちに声をかける。

 全員が笑顔で振り返って――ほぼ同時に、真顔になった。


「お前……平川だよな?」

「はい。お久しぶりですね、平田先輩」

 一つ上の学年の、元男子陸上部主将。

 クルクルのくせっ毛、人のよさそうな丸顔。全然変わってないな。

「香奈……あんた整形した?」

「むっ! 失礼だな、りっちゃん。するわけないじゃん」

 部内で一番仲が良かった、同級生のりっちゃん。

 高校三年間、一度も彼氏を作ることなく陸上一筋で頑張ってきた、モテない女の子仲間だ。

 まぁ、りっちゃんの場合は理想が高すぎるっていうのも関係している気がするけれど。


「とにかく座れよ。平川、お前なに飲む?」

 ちょうど空いていたりっちゃんの隣に腰を下ろし、ドリンクのメニュー表を手に取る。

「じゃあ、ウーロン茶で」

「了解。食べ物はついさっき適当にたのんでおいたから」

「はい、ありがとうございます」

 入口近くの先輩が素早く注文してくれる。やがてみんなの飲み物が運ばれてくると、久々の再会を祝って乾杯をした。


「――しかし本当に変わったな、平川。お前確かS大だったよな、一体何があったんだ?」

 平田先輩が興味津々の眼差しを向けてくる。

 何があったと聞かれても、あまりにもいろんなことが起こりすぎて説明しにくいんだよね。

「うーんと、まぁ色々あって。あ、部活に入りました。部活といっても同好会なんですけれど」

「陸上はやめるって言っていたよね? 何部?」

 りっちゃんも身を乗り出してくる。

「アメフトだよ。マネージャーしてくれって頼まれて」

「アメフトのマネージャー!?」

「お前が!?」

 みんなして、そこまで驚く? まぁ予想はしていたけどさ。

 多分、男の子に混ざってアメフトをしていますって言った方が、へーそうなんだで終わった気がする。


「その部活の元主将が、色々と美容に興味のある人で……その、にきびとか治してくれて」

「へぇ、変わった人だな」

「はい、かなり。でもいい人ですけどね」

「S大といえば、今日はめずらしく岡野先輩も顔を出すって言ってたぞ」

「えっ! 本当ですか!?」

 平田先輩の言葉に食いついたのは、私ではなくりっちゃんだ。


 話に出てきた岡野先輩というのは、私の二つ上。平田先輩の前に男子陸上部の主将を務めていた人で、これまた結構なイケメンだ。

 りっちゃんは昔から岡野先輩の大ファンで、先輩を見かけるたびに果敢に話しかけに行っていたけれど、私はすれ違う時に挨拶をかわす程度。もともと男子陸上部と女子陸上部では、あまり交流も多くなかったし。


 その岡野先輩は、私と同じS大の経済学部。

 あれ? 今まで気付かなかったけれど、経済学部の3年ってことは司先輩とおんなじだ。もしかして、二人は知りあいだったりして。


「平川は大学でよく岡野先輩と会うのか」

「一度学食で遠くから見かけたことがあるぐらいで、ほとんど会わないですよ。学部が違うと校舎も違うし……」

 そんなに親しかったわけでもないから、見かけた時も話しかけようとは思わなかったけれど。

「まぁ、そんなもんか。S大は広いし学生多いもんな」

「そうですね」

「お、噂をすれば――岡野先輩、野村先輩、お久し振りです!」


 岡野先輩と、同じく2つ上の野村宏美先輩が座敷に入ってくる。

「みんな、久し振り! あれ、あなた……もしかして香奈ちゃん?」

「はい! お久しぶりです、宏美先輩!」

 女性らしく綺麗に巻かれた長い髪。相変わらずの優しい笑顔。

 私が高校1年の時3年だった宏美先輩には、たまたまお互いの家が近かったこともあって、とても良くしてもらっていた。

 あの頃、『岡野くんのことが好きなんだ』、なんてこっそり教えてもらったことがあったけれど、ここに一緒に来たってことは今でも連絡を取り合っているんだろうな。

 まだ好きなのかな? もしかして二人は付き合っていたりして。


「先輩たちも、適当に座ってください」

 平田先輩の声に、二人が座敷の入り口から動き出す。

 久々に再会できた宏美先輩とたくさん話したかったけれど、残念ながら空席だった私の右隣に座ったのは岡野先輩の方だった。

「久し振りだな、平川。元気にしてたか。お前もS大だって聞いていたけど、何学部だったっけ」

 おしゃれな服に身を包み、茶色い髪をきちんとセットしている岡野先輩からは、かすかに香水みたいな香りがただよってくる。

 どこか中性的で整った顔。岡野先輩の甘い笑顔が大好きだって、りっちゃんも宏美先輩も言っていたっけ。


「法学部です」

「そうか。今まで大学で会ったことはなかったよな」

「あ、一度だけ岡野先輩のことを見かけましたよ。3号棟の横の学食で」

「本当に? 話しかけてくれたらよかったのに」

「えっと、すみません……少し遠かったから」

「次はちゃんと声をかけろよ」

「あっ、はい」

 変だな。こんなに人懐っこいしゃべり方をする人だったっけ。


「岡野先輩、お久しぶりです!」

 突然私の左隣にいたりっちゃんがニョキッと顔を出してくる。

 岡野先輩は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに優しい笑顔を見せた。

「あぁ、久し振り。元気だった?」

 出た! これだな、りっちゃんの好きな甘い笑顔とかいうやつは。

 案の定、笑顔を向けられたりっちゃんの頬が赤く染まっている。

 よし、ここは邪魔者が消えなくっちゃね。


「りっちゃん、私ちょっと宏美先輩と話してくるね」

 隣に移っていいよ、という気持ちを込めてそう言うと、りっちゃんがきらりと目を輝かせて頷く。

「わかった!」

「岡野先輩、失礼します」

 軽く頭を下げると、少し離れた場所で談笑している宏美先輩の元へと向かった。



 宏美先輩、そして途中から加わったりっちゃんとなつかしい思い出話に花を咲かせる。

 どれだけ話しても話題が尽きることはなくて、あっという間に時間が過ぎていった。

 携帯を確認し、司先輩と約束した時間まで残りわずかになっていることに驚く。


「あの、私このあと約束があって。あと少ししたら先に失礼しますね」

「え、そうなの? 約束って、まさか彼氏とか?」

りっちゃんが、全くそうは思ってなさそうな笑顔で聞いてくる。

「えっと……うん」

「えっ、うそ!」

「本当に彼氏できたの!? 香奈ちゃん」

「は、はい」

 間違ってないよね。まだ奇跡的にフラれてはいないんだもん。


 それにしても、彼氏かぁ……響きが素敵だな。司先輩は、私の彼氏。

 もしもさ、もしも司先輩と一緒にいる時に友達と会ったりなんかしたら――たとえば今日、司先輩とりっちゃんたちが顔を合わせたりしたら、なんて紹介したらいいんだろう。

 『こちら、私の彼氏の上原司さんです』とか? わぁ、恥ずかしっ!

 でもちょっと硬すぎるかな。『コレ、彼氏』の方が普通かな。 

 いやいや、司先輩をコレ呼ばわりなんて、とんでもないよね。

 逆に司先輩だったら、私のことをなんて友達に紹介するんだろう。

「こいつ、彼女」かな。それとも、「これ、俺の女」なーんて言われちゃったりして!?

 うわぁ、そんなの恥ずかしすぎる! 幸せすぎて死んじゃうっ!! 


「ちょっと香奈、なに一人でニヤニヤしてんのよ」

 気味悪げな視線を向けられ、はっと我に返る。

「ご、ごめん、妄想が止まらなかった」

「やだ、本当にいるんだ、彼氏。くそう、香奈の裏切り者! 一人だけ幸せになりやがって!」

 幸せ? ――うん、確かに幸せだ。間違いなく、今までの人生で一番幸せだ。

「でへっ」

 思わず笑ってしまった私の膝を、りっちゃんがグーで殴ってくる。

「イタッ! ごめんってば! 私、ちょっとトイレ行ってくるね」

「あ、こら香奈、逃げるな!」


 まだ聞き足りなそうな二人を残し、最終チェックのため席を立つ。

 鏡の前に立ち、おかしなところがないか全身を見直すと、薄く口紅を塗り直した。

 もうすぐ、数日ぶりの司先輩と会える……うわぁ、心臓がバクバクしてきちゃった。

 なかなか元に戻らない緩みっぱなしの顔を伏せ、ドアを開ける。

 先輩たちに最後の挨拶をしに行こうと歩き出したとき、ふいに誰かの靴が視界に入った。


「――岡野先輩?」

 あと一歩踏み出していれば衝突していたかも。そう思うほど真正面に立っている先輩に戸惑いつつも、「すみません」と端によけて道を譲る。

 俯いていた視界に影がかかる。慌てて顔を上げると、なぜか先輩まで端によけていて、壁にトンと手をついた。


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