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第9話 グラウンドの中心で 

「小太郎!」

「あっ、司先輩! 香奈ちゃんいましたか!?」

「いや、公園を回ってみたがいなかった。他のやつらは?」

「みんなで手分けして探しています。それより司先輩、この子……」

 小太郎が俺の後ろにいる咲良に目を向ける。

「はじめまして、妹の咲良です。ごめんなさい、私のせいで彼女さん傷つけちゃったみたいで……」

「えっ? 妹?」

「小太郎。俺がそのへんの女を部屋に連れ込むと思うか?」

 小太郎が絶句する。そして脱力したように苦笑した。


「いいえ、すみませんでした。でも司先輩も悪いですよ。このところずっと香奈ちゃんが不安がっていたこと、とっくに気づいていたでしょう?」

「……さぁな」

「あまり追い詰めないでやってください。香奈ちゃんなりに必死に頑張っているんですから。もっとはっきり言葉で説明してあげてください。でないと、本気で失いますよ? 香奈ちゃんを狙ってるやつは、先輩が思っているよりもずっと多いんですから」

「……そうだな。しかしあいつ、どこへ行ったんだ?」

「部屋に帰った様子はないし、公園や近くの店にもいない。どこへ行ったんでしょうね。道端で寝たりしてなきゃいいんですが」

 小太郎が心配そうに顔を曇らせる。


「あいつの行きそうな場所……。落ち込んだとき、あいつが行きたくなる場所って……」

 こんな時間だ。まさかとは思うが――

「「グラウンド?」」

 小太郎の声と重なる。

「行ってみるか」

「はい!」

 また方向を変え、走り出した。



 暗く人気のない大学の敷地内を、いつも練習しているグラウンド目指して走っていく。

 ――あいつ、一人でこんな暗い場所を通ったんだろうか。

 悲しげな泣き声を思い出し、後悔が募る。

 あと少しでグラウンドに着く、というところで、同じように平川を探していた清田主将、章吾、育太たちと合流した。


「おう、司。毎回大変だな、お前も。――あれ? 咲良ちゃん久し振り」

 章吾がいつもの飄々とした笑顔を見せる。

「章吾……お前、後で覚えとけよ」

「おっ? もしかして、香奈に強い酒を飲ませたのがバレたか?」

「俺がいない時には飲ませるな、もし飲ませているヤツがいたら止めろって、この前言ったよな」

「まぁ、そんなに怒るな、司。それよりさっさと捕獲しに行くぞ。あいつ、どこ行ったと思う?」

 俺と小太郎が向かっていた場所を聞き、どうみても楽しそうな清田主将が先を急ぐ。

 グラウンドに続く階段の上まで来た時、その一番下あたりで膝を抱えて俯く平川の姿が見えた。


「やっぱりここか。寝てんじゃねぇか、あいつ。こっそり行って脅かしてやろうぜ」

 ラインの部員たちが静かに階段を下り始める。

 とりあえず無事見つかったことに安堵していると、平川が急に伏せていた顔をがばりと上げ、大声で叫んだ。

「司先輩の、バカーッ!!」

「ぷっ!」

「シッ! バレるだろ!! 司、お前も黙ってろよ!」

 階段を降り始めていた俺を先輩たちが押さえつける。


「司先輩の浮気者! 怒りんぼ! 赤くなったってしょうがないじゃん! だってかっこよすぎるんだもんっ!!」

 何も知らない平川が叫び続ける。

「もっと愛想よくなれ! ムラムラした時だけ香奈って呼ぶなっ!!」

「ブハッ!」

「俺もう限界!!」

 先輩たちが口元を覆い、身をよじって笑いを堪える。


 ――勘弁してくれ、本当に。

 何の罰ゲームだよ、これ。それにムラムラって……。

 とりあえず、あいつがこれ以上変なことを言う前に止めなければ。

 気を取り直し、また階段を下り始める。すると平川が夜空を見上げ、ぽつりとこぼした。

「こんなに大好きなのに……どうして上手くいかないのかなぁ? ……何がダメだったのかなぁ?」

 嗚咽交じりの弱々しい声に、思わず足が止まる。

 そのまましばらく動けずにいると、清田主将が俺の肩を叩いた。


「司、行ってやれ。俺たちは先に帰るから。咲良ちゃんも司が戻るまで一緒においで」

「あ、はい。ありがとうございます。――お兄ちゃん、またあとでね?」

「……あぁ、悪い」

 清田主将が渋る部員たちを上へと追いやる。全員で元来た道を歩き出したのを見て、ゆっくりと平川のもとへ近づいた。


「もっと一緒にいたかったなぁ……すっ、好きになってほしかったなぁっ……」

 平川は身体を丸めて顔を伏せ、まだ気づかずに泣き続けている。

「私にも、もっと笑顔を見せて欲しかったなぁ……もっとたくさん、香奈って呼んで欲しかったなぁ」

「――香奈」

 静かな声で呼びかける。

 びくりと揺れた小さな背中を、後ろからそっと抱きしめた。


「――お前に対してだけじゃなく、俺はもともとあまり笑う方じゃない」

「……うーっ……」

「言葉が足りないのも分かってる。……不安にさせて、悪かった」

 抱きしめる腕に力をこめると、平川が声をあげて泣き出した。

「どうして? どうしてそんな、期待させるようなことを言うんですか? あ、あの彼女さんはっ、どうしたんですか?」

「彼女って、誰のことだ」

「一緒に買い物してた、あの本命の彼女さんですよ! 今日は先輩の部屋に……とっ、泊るんですか?」


 こいつでも、こんな風に嫉妬したり不満をぶつけたりするんだな。

 それがとても心地よく感じられて、このところの苛立ちが急速に消えていく。

「あいつといるところを見たのか? ……まぁ、今夜部屋に泊めるのは確かだな」

 早く教えてやるべきだとは分かっている。

 だけど、もう少しだけ。


「どうして向こうが本命だと思った?」

「そんなの、誰が見たってわかります! 同じ女の子でも月とすっぽん、天使と変態なんだもん!」

「変態?」

 話の流れからいって、天使が咲良、変態がこいつってことだよな。

 だが――変態?


「チビでブサイク、エロくて変態なんですもん! 好きになってもらえる方がおかしいもん!!」

「落ち着け。エロくて変態ってどういう意味だ」

「す、好きな人の、盗撮した裸の写真を見て、興奮しちゃうからっ」

「盗撮?」

 平川がごそごそとポケットを探る。そして顔を伏せたまま、開いた携帯を俺に差し出してきた。

 なんてことのない、部室で俺が着替えている時の写真。

 盗撮っちゃあ、盗撮かもしれないが……この写真のどこに、興奮できる要素がある?


「――今日、俺が声をかけた時に携帯を隠したのは、このせいか?」

「はい」

「泰吉先輩からの電話で赤くなっていたのは?」

「切った後に、この写真が浮かび上がったから……。泰吉先輩に、『それ見て妄想するなよ、エロ女』って言われて、図星だったから」

「撮ったのも、どうせ泰吉先輩なんだろう?」

「はい。毎日ながめてりゃ赤面直せるぞって、無理やり……。で、でもっ、消さなかったのは自分の意志です!」


 ――やっと分かった。

 そこから、『私は嫌だって言ったのに、泰吉先輩が無理やり……』の言葉が出てきたのか。

 アホらしすぎて、ため息が出る。


「安心しろ。お前は変わっているが、エロくはないし変態でもない。むしろその対極にいるといってもいい」

「……ほ、ほんとですか?」

 平川が不安げに言い、両手で顔を覆ったまま指の隙間から俺を見る。

「こっち向け。……ばかなやつ。靴ぐらい履いて飛び出せよ。目も真っ赤だし」

 指で涙をぬぐい、顎に手を添える。

 そのまま顔を寄せると、平川は一瞬戸惑ったように俺を見上げたものの、逃げることなく素直に目を閉じた。

 一週間ぶりに触れる、柔らかな唇。心ゆくまで味わうと、少ししょっぱくて、こいつの好きな甘い果実酒の香りがする。

 くたりと力の抜けた身体を引き寄せ、抱きしめた。


「お前が本命だと思ったやつ――あいつは、妹だ」

「……えっ?」

「イラついていたのは――お前が、他の男に簡単に抱きついたりするから」

「抱きつく? そんなこと、してませんよ?」

 送別コンパで泣きながら先輩たちに縋り付いていたのはどこのどいつだよ。守を押し倒して馬乗りになっていたのも……。

 言いたいことはたくさんあるが、あまりにも女々しすぎる気がして口をつぐむ。

「とにかく、ただ妬いただけだ。たとえ部員たちであっても……他の男に簡単に触れるな。触れさせるな」

 素面でこんなことが言えるのは、酔っ払った時の平川がいつも以上に素直すぎるから。

 俺のことが好きだと、全身から伝わってくるから――。


 平川は、信じられないといった表情で呆然と俺を見つめている。

 ふいにその大きな瞳から、また涙が零れおちた。

「司先輩、どうしよう。……大好きすぎて……胸が苦しいです」

 その言葉と表情に、思わず息をのむ。

「本当に好きなんです。いつもいつも先輩のことばかり考えちゃうんです。こんなの……こんなの、生まれて初めてなんです」

 平川が何度もしゃくりあげながら涙をぬぐう。

「どうしたら、この気持ちが先輩にも伝わるのかな? 今、全身全霊で伝えたいのに」

「いや、もう十分――」

 伝わっている、そう続けて抱きしめようとした時。

 平川が素早く体を起し、首をぶんぶん左右に振った。


「いやいやいや、そんなもんじゃないんです」

「……は?」

「この気持ちは、そんな生っちょろい気持ちじゃないんですよ!」

「……おい?」

 平川が難しい顔をして両腕を組み、小首をかしげる。

「うーん、どうしたら伝わるのかなぁ? ねぇ先輩、どうしたら伝えられると思いますか?」

 いや、俺にそれを聞かれても。

「うーん、うーん、今ここで伝えたいのに……このグラウンドで…………はっ! グラウンドの中心で!?」

 平川の顔に、一気に笑みが広がっていく。そして何を思ったのか、勢いよく立ち上がった。


「司先輩、そこから動かないで下さいね! いいって言うまで絶対ですよ!」

「おい? ――コラ待て!」

 俺の声も気にとめず、平川が目の前のグラウンド目指して一直線に走り出す。

「……一体どこまで行く気だよ」

 平川は、ラグビー、サッカーなどいくつものフィールドが隣接する広大なグラウンドを軽快に駆けていく。

 そしてその中心にあたりに着くとやっと立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。


「司先ぱーい! 私の気持ちを受け取ってもらえますかーっ!?」

 深夜のグラウンドに、平川のバカでかい声が響き渡る。

 そしてあっけにとられる俺の前で大きく深呼吸をしたかと思うと、まさに全身全霊で――全力で、叫んだ。


「司先輩がっ、大好きだぁーーっ!!!」


 一瞬の静寂。

「プッ!!」

「ブハッ!」

「ギャハハハハハハ!!」

 目の前の光景に、そして背後から響いてきた複数の笑い声に、めったに感じたことのない眩暈を覚える。

 振り返ると、階段の上にさっき帰ったはずの清田主将と部員たち、そして咲良が仲良く横一列に並んで座っていた。


「ワハハハハ! ヒーッ、腹痛ぇ!」

「司、早く返事してやれよ!」

「おーい香奈! 司も愛してるって言ってんぞー!」

「ほっ、ほんとですかー!?」

 平川が嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 本当のわけあるか! このバカ!

「ほら司、早く何か言ってやれよ。香奈が待ってるぞ?」

 清田主将が目尻にたまった涙をぬぐいながらニヤリと笑う。


 数日間の寝不足が今一気に出たかと思うぐらい、身体が重い。

 深いため息をついて、笑顔で駆け寄ってくる平川に向き直った。



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