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第7話 さよなら、先輩

「おう、ご苦労。おっ、美味そうじゃねぇか、この弁当」

「あ、そっちは私の分です」

「あ?」

「先輩ダイエット中でしたよね? 私増量中なので」

 泰吉先輩がちらりと清田主将に目をやり、フンと鼻を鳴らす。

 手渡されたお弁当を開けると、また先輩たちに勧められ、ちびちびとお酒を飲み始めた。

 みんなの話に耳を傾けとりあえず一緒に笑ってみるけれど、やっぱり頭の中を占めるのは全く別のこと。

 俯いて目を閉じれば、寄り添って歩く二人の姿がより鮮明に浮かんできた。


 ――すごくお似合いだったな。

 元カノさんに会った時にも感じたけれど、ただ見ているだけで目の保養になりそうな、綺麗な二人。

 いつ知りあったんだろう。あの人に出会ったから、もうご飯に誘ってくれなくなったのかな。 

 毎日アフターを途中で抜けていたのも、彼女と会う時間を作るため?

 そして、今夜は…………司先輩の部屋に、泊めてあげるのかな。


「おい、香奈。なにシケた面して考え込んでんだよ、ブサイク三割増しになってんぞ? さては、とうとう司に捨てられたか?」

 泰吉先輩の言葉がグサリと胸に突き刺さる。

「いや、それはないな。せいぜい軽い喧嘩をしたか司が一方的にスネてるか、その程度だろ?」

 自信たっぷりな清田主将の読みも、今回ばかりは外れたみたいだ。

「よく、分かんないです……もう振られちゃうのかも」

 冗談っぽく言ってごまかしてみる。

 本当に分かんない。何がダメだったのか、今何が起きているのか。


 章吾先輩が呆れたように鼻で笑う。

「振られねぇよ。お前はもっと男心を学べ。外見こそはかろうじて高校生レベルまで来たが、中身がガキすぎるからこんな初歩的なことが分かんねぇんだよ。俺がこれからみっちり男心ってもんを教えてやるから、とりあえず今日は飲んで忘れろ!」

 ほら飲め、と促され、差し出されたお酒をごくりと飲みこむ。

「ウッ、ゲホッ! ゲホッ! のどが熱い! こ、これ何ですか!?」

「テキーラ」

「テキーラ!?」

 ニヤリと笑う章吾先輩に、小太郎たちが焦った顔を見せる。


「司先輩が知ったら、絶対怒りますよ!?」

「一人で先に帰ったあいつが悪いんだろ? あとで電話して迎えに来させればいいだけの話だろうが」

「いや、でも今日は……」

 小太郎が言葉を濁す。

「あっ、あのさ! 今日は小太郎が送ってくれるんだよね? だったら、もうちょっと飲んじゃおうかな!」

 あと少しだけ飲んだら、家まで送ってもらってぐっすり寝てしまおう。

 ここでウジウジ考えていても、何も変わりはしないもんね。


「よーし、飲め飲め! 香奈、お前一番奥の席に移動しろ」

「え、どうしてですか?」

「逃走予防。これだけのメンツがいれば、玄関出る前に止められるだろ?」

 目の前にいるラインの先輩たちが、ウォーミングアップとばかりに肩や首を回しだす。

 もう、本当にそのネタ引っ張りすぎ!

 かなり不本意ではあったけれど、言われた通りに移動した。





 ――1時間後。


「ぐすっ、ぐすっ、なんで私こんなにブサイクなんですかね? 神様のばか! 中途半端に女にするなっ! マッチョがよかったのにっ! アメフトできる男の子がよかったのにぃーっ!」

「香奈ちゃん、ストップ。もう酒はおしまい。先輩たちもいい加減にして下さい!」

「小太郎、硬いこと言うなよ。せっかくうるせぇお目付け役がいないんだし、一度限界まで飲ませてみようぜ」

「ガハハハ! 今日は泣き上戸か。バラエティ豊かだな、香奈!」

 酔っ払った先輩に、背中をバシバシ叩かれる。

 痛い。最高に痛い。痛くて悲しい。

 だめだ。飲めば飲むほど全てが悲しくなってきた。もう鼻水とまんない。


「泣くなブス。お前のそのツラは今に始まったことじゃねぇだろうが」

 泰吉先輩がケケッと笑ってお酒をあおる。

 そうだよね。今に始まったことじゃないよね。生まれつきの、生粋のブスだもん。もう19年ものお付き合いだもん。やっぱり司先輩の彼女になれたこと自体がおかしかったんだ。


 毎回毎回、疑問に思うのはただ一つ。

 どうして司先輩は、私なんかと付き合ってくれたんだろうっていうこと。

 元カノさんの美しさから言ってブス専ってことはないだろうし、誰かとの賭けに負けた罰ゲームにしては、ちょっと長すぎる。


 あっ、もしかして……!?

 私ってば、自分自身では気付いてない、密かなチャームポイントなんかがあったりするんだろうか?

 だってそうじゃなきゃ、こんなブスと先輩が付き合うわけないもん。

 そうじゃない? そうなんじゃない!? 

 うん、きっとそうだよ!


「あ、あの、先輩たちにちょっと教えてほしいことがあるんですが……私の長所っていうか、えっと、一番の魅力って何かなぁ、なんて?」

 期待に小さな胸と鼻の穴をふくらませつつ、居並ぶ面々を順に見つめる。

 まずは右端のゴツイ君から! さぁ、いってみよう!


「うーん……根性、かな」

「やっぱ、体力?」

「小回りの良さ」

「騙されやすさ」

「パシリのスピード」

「いやいや、面白すぎる酒癖の悪さだろ」

「お、それ重要だな! ギャハハハハ!!」

 ひどい! それのどこがチャームポイントだ!


「うわーん! そんなんじゃ天使に勝てないよー!!」

「香奈ちゃん、まだそうと決まったわけじゃ――」

「香奈」

 小太郎の言葉をさえぎるように、育太がめずらしく大きな声を上げる。

「香奈は可愛い。香奈は優しい。大丈夫だ」

「い、育太……! うわーん、育太大好きっ!!」

「ウグッ!」

「コラ香奈ちゃん! 腰に足回して抱きつかない! 離しなさい!」

 小太郎と清田主将が、バリバリと育太から引きはがす。

「香奈、何があったか知らんが、泣いてないで司に直接話を聞け。まだ何も本人に確かめてないんだろうが」

「清田主将……」

「今すぐ聞け。ほら」

 先輩が自分の携帯で司先輩の番号を呼び出し、そのまま私に差し出してくる。


「さっさと仲直りしろよ」

「チーム内に別れたカップルがいるなんて面倒くせぇ事態だけは勘弁してくれ」

「いやいや、別れたら喜ぶヤツも絶対いるって。ラグビー部に香奈のファンクラブがあるらしいぞ。それはそれで面白いんじゃね?」

「じゃあ、次は誰が香奈を落とすか賭けるか!」

「その前に、司といつまでもつかで賭けようぜ」

「俺、あと3日」

「じゃあ、俺は今日まで! ギャハハハハ!!」

 やっぱりひどい! 先輩たち!

 今度絶対、お水のボトルにワサビ入れてやる! テーピング剥がすとき、知らんぷりしてスネ毛をごっそり抜いてやる! 


 だけどここじゃうるさすぎて、電話の声が聞こえなさそう。ちょっとベランダに移動しようか。

 発信ボタンを押し、携帯を耳にあてたまま外に出る。ひんやりとした空気と高まる緊張で、酔った頭が急にクリアになった気がした。

 呼び出し音が途絶えた瞬間、ゴクリとのどが鳴る。

『――はい』

「あっ、あのっ、平川です!」

『……お前か。何の用だ?』

 一瞬の間があいた後、いつものようにそっけない司先輩の声。

 やっぱり今日電話したのって、迷惑だったかな。


「あの……今日はすみませんでした。この前のアフターの時も」

 司先輩がまた黙り込む。そして電話越しに、深いため息をついた。

『お前、ぜんぜん理解してないだろうが』

「えっ?」

『謝られても、意味がない』


 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。

 それって……いまさら謝ってももう意味がないってこと? とっくに終わっているんだぞってこと?

 ジワリと涙がにじんでくる。


「……司先輩、どうして私なんかと付き合ってくれたんですか?」

『――は?』

「私なんかの、どこがいいと思ってくれたんですか?」

 少しは好きでいてくれたの? それとも、ただの同情や気まぐれで付き合ってくれていただけ?

『お前……』

 戸惑いを含んだ司先輩の声に、必死で耳を傾ける。

 ――お願い、神様!


『……そんなこと、今答える必要ないだろうが』

 突き放すような声に、一瞬何を言われたのか分からなくなる。

「……えっ?」

『くだらないことで電話してくるな。切るぞ』

「ま、待って! 待って下さい! ――これって、くだらないことですかっ!?」

 大量の涙とともに、抑えきれない気持ちがあふれ出す。

「先輩にとっては、もうどうでもいいことなんですか!?」


 ――そっか……そうだったんだ。

 もう、とっくに終わっていたんだ。いまさら何とかしたいって思っても、最初から無理で。

 司先輩にとっては、私のことなんて、もう――


『おい、平川?』

「……司先輩……今まで、ありがとうございました」

『は?』 

「何カ月も無理させて、ごめんなさい」

 このまま電話を切りたくない。だけど――

「さよなら、先輩」

 最後に何か言っているのが聞こえたけれど、もう耐えきれずに電話を切る。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、部屋へと続く窓を開けた。


「香奈ちゃん!?」

「うおっ! どうした、平川!?」

 みんなが一斉にこっちを見る。大好きな先輩たちの、驚いた顔。

 でももう、ここにはいられない。司先輩のためにも――みんなのためにも。


「いっ、今まで……短い間でしたけど、お世話になりました!」


 めいっぱいの感謝をこめて頭を下げる。

 清田主将の携帯をその場に置くと、ひらりとベランダの柵を飛び越えた。


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