第4話 初練習
その後しばらく待ってみたものの、他のマネージャー候補たちは現れなかった。どうやらあの場限りの約束をして、みんな体よく逃げてしまったらしい。
どうしてその手があることに気付かなかったんだろう。
私は一人、清田主将から大まかな説明を受けた。
アメフト同好会の練習は、月曜日以外の週6日。
土日は午前中のみで、平日は3時限目終了後(2時半)に集合して夕方まで。4,5時限の授業が入っている日は、それぞれ終わってから途中参加するそう。
ちなみに部員全員が一週間の授業の予定表を提出させられているので、サボったりすればバレバレだ。
マネージャーの仕事内容は、水汲み、けが人の治療、テーピングなどの備品及び部費の管理、そして練習中は笛を吹いたり合図を送ったりしてトレーニングの手伝いなんかもするらしい。
休日が週にたった一日ってのが痛すぎる。これじゃあバイトもできやしない。
お金をためて、一日も早く部屋の模様替えをしたかったのになぁ……。
清田主将からの説明が終わると、いよいよ練習に参加するためグラウンドへと向かうことになった。
アメフト同好会が普段練習しているグラウンドは、部室から歩いて10分程かかる場所にあるらしい。 とにかく広い敷地だからしょうがないのだけれど、荷物をいっぱい抱えて部室からグラウンドまで往復するだけでも結構な運動になりそうだ。
ちなみに今の私の状況はというと……。
肩から斜めがけの大きな救急バックを左右に下げ、背中にはホイッスルやタイムウォッチ、よくわかんないファイルなどが入ったリュックを背負っている。右手と左手にそれぞれ巨大なお水のタンク(今は空)を引っ掛け、そしてさらに胸には飲み物を小分けするボトル20本ほどが入ったかごを抱えている状態。
あれに似てる。ほら、小学生の頃にやった、じゃんけんで負けた子がみんなのランドセルを抱えて帰るってやつ。
「お前、ほんと小せぇなぁ。前見えてるか?」
「ま、前ならなんとか」
全く足元が見えない状態でがちゃがちゃと賑やかな音を立てながら、ヘルメットとショルダー(アメフトの防具)を手にした清田主将について歩いていく。
やがてトレーニングルームや体育館、プールを備えた白い建物が見えてきて、その下、階段を40段ほど下った低い場所に、サッカー場、ラグビー場などが綺麗に整備された広大なグラウンドがあった。
「ちゃんとやっているみたいだな」
階段の上で立ち止まり、グラウンドを見下ろす主将の視線の先をたどると、確かにアメフト部らしき人たちが練習を開始していた。
同好会だからなのか、他の部に比べると少し手狭なグラウンド。その場所で、赤、青、白、様々な色のアメフトのユニフォームっぽいものを着た30人ほどの部員たちが、いくつかのパートに分かれて練習に励んでいる。
今まであまり知らなかったけれど、ラグビーとは違い、アメフトの人はがっちりとした防具を使用するらしい。
さっき部室で着替えているところを見ていたら、ヘルメットとマウスピースのほかにショルダーという肩や胸をガードするもの、腰パッド、腿パッド、ひざパッド、人によっては首を保護するネックガードなども身につけるようだ。
その上から胸と背と肩に番号が書かれた伸縮性のあるメッシュ地のアメフトTシャツ(ジャージというらしい)をかぶり、ピタッとしたパンツをはけば、ほら立派なマッチョの出来上がり。
『ずいぶん重装備なんですね』って清田主将に聞いてみたら、『アメフトは頭を使う球技でもあるけれど、格闘技でもあるからな』との答えが返ってきた。
なるほど、練習を見ていると確かにそんな感じ。
大きなサンドバックみたいなものにドォンという音を響かせて突っ込んでいく練習とか、二人向きあってガツガツぶつかり合う練習とか、見ていて本当に痛そうだ。
「清田主将、私アメフトって、清田主将みたいに体の大きい人のスポーツだと思っていたんですけれど、けっこういろんな体格の人がいるんですね」
よく見てみたら身長が高い人も低い人もいるし、体型も極太から細めまで様々みたい。
「そうだな。ポジションによって求められる要素が違うからな。――あの右端の方、ガタイのいい部員ばかりが集まっているところがあるだろう? あれは試合のとき最前線で敵とぶつかり合うライン(オフェンスライン(OL)、ディフェンスライン(DL))の選手たちだ。何よりパワーが必要で、柔道部出身者なんかが向いてるな」
さっき見ていた、サンドバックみたいなのに突っ込んでいったり、互いにぶつかり合ったりしている人たちだ。
なるほど、前線で敵とぶつかる練習をしているのね。私が行ったら間違いなく5メートルは弾き飛ばされそう。
ラインの人たちはみな、いかにも「僕アメフト選手です!」って体格をしている。
中太から極太マッチョって感じ?
「そして、グラウンドの真ん中あたり、翼が投げたボールをキャッチする練習をしているのが、ワイドレシーバー(WR)だ。すばやく目的地まで移動してクォーターバック(QB)の投げたパスをキャッチしなければならないから、スピードとキャッチの正確さが要求される。野球部出身などの足が速い選手が向いているな」
さっき紹介してもらった爽やか主務の内村翼先輩が、司令塔のクォーターバック(QB)だったよね。
クォーターバック(QB)って、パスを投げたりする人なんだ。そしてそれをキャッチする係がレシーバー(WR)ね。
QB翼先輩の『ハットハット』の掛け声で、一人のレシーバーが走り出す。レシーバーはボールを投げる翼先輩を見ることなく真っ直ぐ前を向いて走って行ったかと思うと、突然くるっと振り返り、先輩の投げたボールをキャッチしている。
振り向いた瞬間にはもうすぐ近くまでボールが来ているのに、よくキャッチできるなぁ。
「そして、あの左端の方。三年のQBから手渡されたボールを受け取り走る練習をしているのが、同じくオフェンス(攻撃)担当のランニングバック(RB)だ。敵のタックルをかわしつつボールを前に運んでいくランプレー専門のポジションだから、瞬発力、足の速さが何より必要になる。お前のような陸上の短距離選手とか、敵をかわすのが上手いサッカー部出身者なんかがいれば大きな戦力になるな」
ランニングバック(RB)はボールを抱えて走る人、か。
体格は細マッチョから中太マッチョって感じ?
ちょうどその時、クォーターバック(QB)のハットハットの掛け声で一人の選手がすばやくボールを受け取り駆け出した。
その人はタックルしてくる人を逆に弾き飛ばしたりクルッとかわしたりしながら、どんどんスピードを上げていく。
「すごい……! あの25番の人、めちゃくちゃ上手いですね!!」
足の速さも身のこなしも、素人目に見たって他の選手と全くレベルが違う。しなやかで、無駄のない動き。
「よく気付いたな。あいつがうちのチームのエースランニングバック(RB)、三年の上原司だ。高校ではサッカー部のエース。ここでも一年の時からレギュラーで活躍している。他のヤツらとは全く走りが違うだろう?」
「はい、動きがとっても綺麗ですよね! あんな風に軽々と敵をかわして走れたら、すっごく気持ちがいいだろうなぁ……!」
パワーとテクニックで敵をかわし、ぐんぐん風を切って走る。そうして得点を決めたとき、一体どんな風景が目に映るんだろう。
個人競技の陸上とはまた違う、特別な感動が味わえるんだろうなぁ……。
羨望の眼差しで見つめていた私に気付いたのか、清田主将がフンと笑い、手にしていたヘルメットで私の頭をコツンと叩いた。
「お前も走りたいのか?」
「はいっ! あっ、でも……女じゃダメですもんね?」
本当にやってみたいと思ったのに。
思わずため息をつくと、清田主将がめずらしく優しい笑顔を見せた。
「練習中はマネージャーの仕事をしてもらうが、全体練習終了後のアフターの時間にならお前もランニングバック(RB)の練習に参加していいぞ」
「アフター?」
「あぁ、自主的な居残り練習の時間だ。その時だったら別にお前が練習に加わっても文句を言われはしないだろう」
「本当ですか!?」
「あぁ、俺が翼に頼んでやる。――よし、そろそろ練習に行くぞ」
「はいっ!」
やったぁ! あの走りを教えてもらえるんだ!
ここに来るまでの気の重さもすっかり忘れ、清田主将の後に続いて階段を一気に駆け下りた。