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第4話 純情と変態のはざまで

「ただいまぁ……」


 誰もいない部屋へと帰り、電気をつける。

 荷物を洗濯機まで運ぶと、ベッドにどさりと転がった。


「どうしよう。今日もまともに話せなかった……」

 ため息をつき、両手で顔を覆う。

 司先輩を怒らせてしまった日から、約一週間。

 先輩とは部活中に交わす最低限の会話をのぞけば、ほとんど口をきかない日が続いている。

 もともと部屋まで一緒に帰っていたわけではないけれど、このところ先輩はアフターの途中で先に引き揚げてしまうことが多く、みんなで雑談といったこともできなくて……。

 部活から帰ったあと、今までは週に何度かご飯の誘いの電話がかかってきていたのに、今週はそれすら一度もなかった。


「今日は金曜日なんだけどな……」

 さすがにこんな状況で、何食わぬ顔して部屋にお邪魔する勇気はない。

 ずっと連絡がないのは、『今週は泊りに来るな』って意思表示なのかもしれないし……。


 先輩、やっぱりまだ怒っているのかな……どうなのかな。

 司先輩って基本が無表情かちょっと不機嫌そうな顔だから、怒っているのかどうかすら実はよくわからないんだよね。

 あ、今ちょっと不機嫌なのかも? なんて思っても、次の瞬間いきなりキスしてきたり、その……お、大人な雰囲気になっちゃったりするし……。


「わぁ! やめやめ、思い出さない! また顔が熱くなってきたじゃん!」

 勝手に火照ってくる頬を、両手でバシバシ引っぱたく。

 ジーンとしびれるような痛みで、ピンク色の記憶を無理やり彼方へと吹き飛ばした。


 ――でもほんと、付き合ってもう数カ月経つのに、司先輩の気持ちの変化が全く読めないんだよね。何がきっかけで不機嫌になるのか、その……ムラッときたりするのかが。

 最初からそのポイントさえ分かっていれば、もうちょっと落ち着いて対応できる気がするのになぁ。


「うーん、男心って難しい。いや、司心って言うべきなのかな? でもとりあえず、一日も早くこれを何とか克服しないとね」

 ちょっとした後ろめたさからか無意識のうちに正座すると、テーブルの上の携帯に手を伸ばす。

「うわ、やっぱり今日もカッコよすぎる!」

 浮かび上がったのはもちろん、泰吉先輩の手により待ち受け画面に設定されてしまった司先輩の姿。 早く消さなきゃと思いつつも、『慣れたら消そう』なんて自分に言い訳して、結局そのままだ。

 だって考えてみたら、私の持ってる司先輩の写真ってこれ一枚だけなんだもの。もったいなくて消せっこないよ。


 さぁやるか。やましい気持ちじゃないぞ。これは訓練、赤面を治すためだもん。

 呼吸を整えてから、またじっと画面を見つめる。

 スポーツマンらしい太い首筋――普通のワイシャツじゃサイズが合わないって言ってたっけ。

 鍛え抜かれた、無駄のないしなやかな上半身。

 小太郎よりずっとがっしりとした、腹筋の目立つお腹。

 そして……私が一番綺麗だなって思う、腰のライン。その見えそうで見えないぎりぎりのところで、ジーンズが止まっている。


「はぁぁ、お色気ムンムンだぁ」

 思わずため息。

 司先輩のウエストって、がっしりしているのに実はそんなに太くないんだよね。手を回したらどれぐらいだったっけ? ……こんな感じ?

 自分の手で輪を作ってみたけれど、ピンとこない。そばにあった枕を掴むと、ギュッと強く抱きしめてみた。

「ちがうなぁ。こんなもんじゃないよね」

 床に置いてあったクッションも挟んで、もう一度。

「うーん、もうちょい。何か固めのもの――って私、またこんなことやってるしっ!」

 や、やばい、すべすべのお肌の感触まで思い出しちゃったよ! うわぁーん!!

 沸騰しそうな顔を両手で覆い、思わず床に倒れこむ。勢い余っておでこをぶつけ、一瞬クラリとめまいがした。


「う、痛い……。本当に私、毎日何をやっているんだろう」

 隠し撮りした好きな人の裸を何度も眺め、その度に興奮して騒いでいるなんて……これじゃあエロいを超えて、もはやただの変態じゃない?

「うぅ、こんなの知られたら司先輩に捨てられちゃう」

チビでブサイク。その上、エロくて変態。――こんな救いようのない女の子、絶対他にいないって。


「なんとかしよう。そうだよ、振られちゃう前になんとかしなきゃ。まずは最初に――冷たいシャワーで 頭を冷やそっか」

 携帯を閉じ枕をベッドに戻すと、着替えを手によろよろとバスルームへ向かった。






 冷たいシャワーに打たれて、いつものように身も心も清めたあと。

 司先輩と直接話す勇気のなかった私は、卑怯にも『今日はおとなしく自分の部屋で反省しています』というメールを送り、部屋に残ることにした。

 毎日部活で顔を合わせる上に部屋が隣ということもあって、用事があるときにはお互い直接話していたから、今まで先輩にメールをしたことなんてほとんどない。

 緊張のあまり再び携帯の前に正座して返事を待っていた私が受け取ったのは、なぜか小太郎からの着信だった。


「――もしもし? 小太郎どうしたの?」

『こんばんは。香奈ちゃん、今暇?』

「うん、部屋にいたけど」

 小太郎の後ろからは、明らかに酔っ払っている部員たちの声。


『今さ、清田主将の部屋にいるんだけど、こない?』

「わぁ、行きたい! あ、でも今日は……」

 部屋で反省していますってメールしたばかりだもん。いくらなんでもまずいよね。

『司先輩なら、ここにいるよ』

「え、ほんとに!?」

『うん。先輩たちが香奈ちゃんを呼べって言っているんだけど』

「……司先輩は言ってないんでしょ? その……まだ怒ってそう?」

 電話越しに、小太郎がふっと笑った気配がする。


『他の先輩たちが香奈ちゃんを呼べって言った時、司先輩は別に嫌な顔とかしてなかったよ。仲直りしたいんだろ、おいでよ』

 嫌がられて、ない?

 小太郎の優しい声に、一気に気持ちが晴れていく。

「分かった! 5分で行くね!」


 電話を切ると同時に部屋着を脱ぎ捨て、清田主将にもらった服に着替える。

 泰吉先輩のパシリの時よりもはるかに早く、自分の部屋を飛び出した。




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