第1話 近頃の二人
恋人編、開始します!
どうぞ楽しんでいただけますように。
「司先輩、起きてください! 朝ごはんができましたよ!」
土曜日の朝早く。
今日も元気すぎるこいつの声で目が覚める。
「……何だ、これは」
テーブルの上に並べられた料理の一つを目で指し示す。
「パンケーキです!」
満面の笑顔で答える平川。
「それは見れば分かる。この色は何だ」
「えっと、プロテインブルーベリー味を入れてみました」
「いらない」
「えぇっ!!」
平川が分かりやすくショックを受けた顔になる。
「そ、そんなにまずくないですよ? 司先輩においしくプロテインを食べてもらうための研究を繰り返してですね」
「その研究の意味がわからない。普通に飲めるのに、なんで料理に入れる必要がある?」
こいつと付き合い始めて、約2ヶ月。
もともと同じ部活、隣の部屋ということもあり、自然と一緒にいる時間が増えてきた。
金曜の夜はここに泊まるように言ってあるので、土曜の朝は大抵こうして平川が用意した朝食を食べ、部活に行くことになる。
「せっかく作ったのにな……」
悲しげに肩を落とし指でテーブルにくるくると円を描きだした平川を眺めながら、マーブル模様のパンケーキを一口食べる。
「……味は悪くない」
指がぴたりと止まる。
「美味いけど、次からは普通のやつが食べたい」
そのまま黙って食い続けると、平川の表情が見る見るうちに明るくなっていく。
「分かりました。次はもっとおいしいの作りますね!」
満面の笑顔。
今日もこいつは、余計なことまで一生懸命だ。
「お前のは普通なんだな」
平川のパンケーキを見ながらそう言うと、平川がこくりと頷く。
「はい、私プロテイン禁止されてますから」
プロテイン禁止。甘いもの、脂っこいものは控える。ジュースは飲まずお茶にする。
半年も前に清田主将から出された沢山の指示を、こいつは今も破ることなく守り続けている。
その滑らかな肌には、かつてのニキビの名残などほとんどないというのに。
肩を過ぎたあたりで揺れる、柔らかな髪。
155センチにも満たない小柄な体。
色白の小さな顔には、よく表情を変える少し垂れた大きな目。
最近ますます可愛くなったと陰で噂されているこいつは、今も自分をブサイク代表だと信じて疑わない。
飯を食い終え手早く洗い物を済ませた平川が、鍵と携帯を手に立ち上がる。
「じゃあ先輩、私、部屋で準備してから先に行きますね」
「あぁ」
玄関へと向かった平川の後を追い、靴を履き終わるのを待つ。
「――香奈」
わざと下の名前で呼ぶと、平川がびくりと肩を揺らした。
おそるおそるといった感じで振り向く平川に腕を伸ばす。
硬直する身体、それと同時に堅く閉じられた瞳。
軽いキスを、数秒間。
「――急ぎすぎて、ころぶなよ」
「は、はいいっ!」
いつまでたっても慣れることのない平川が、赤くなった顔を伏せよろめきながら出て行った。
*****
自分の部屋に戻り、玄関のドアを勢いよく閉める。
靴を脱ぎ捨て猛スピードで部屋を突き進むと、ベッドに大きくダイブした。
「も……反則だぁ。いっつもこんな時だけ、香奈って呼ぶんだもん」
顔がめちゃめちゃ熱い。
きっとまた司先輩に、サルの尻みたいだって呆れられたはず。
どうしてあんなにカッコいいんだろう。どうしてあんなに色気たっぷりなんだろう。
なぜ私なんかと付き合ってくれているんだろう。
謎だ。謎すぎる。特に最後の一つは、Black Cats七不思議のひとつとして部の歴史に残るかも。
ベッドに横になったまま、枕をぎゅっと抱きしめる。
“香奈、ころぶなよ”
“香奈、ころぶなよ”
“香奈、ころぶなよ”
“香奈 香奈 香奈……”
頭の中が壊れたCDのようになって、司先輩の声を何度も再生し始めた。
し、幸せすぎる!
あぁ神様、一生分の運を使い果たしてもいいです。どうかこの奇跡が、一日も長く続きますように!!
ギャーと心の中で叫びながら、枕を抱えベッドの上をゴロゴロ転がる。
枕もとの時計で頭を打って、はっと我に返った。
「わぁ、忘れてた! 部活行かなくちゃ!」
慌てて準備を済ませると、部屋を飛び出した。