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第30話 香奈ちゃんは誰のもの?

 部室での一騒動の後。

 清田主将からいつものごとく言いくるめられてしまった私は、結局普段どおり、午前、午後の練習に参加することになった。


 すっかり暗くなった道を、パートのみんなと部室へ向かって歩き出す。

「あー、腹減ったなぁ。司先輩、帰りにみんなで『ゆり』にでも寄っていきませんか?」

 小太郎が日焼けしてますます精悍になった顔で微笑む。

「そうだな、いくか」

 うーん、今日は泉川先輩と約束があるから私は行けないんだけど、どう言って断ろう。

「あの、今日は私、ちょっと用事があって……すみません」

 別に悪いことをしているわけじゃないのに、隠さなきゃと思うだけで自然と後ろめたくなるものなんだな。

「あれ? 香奈ちゃんもしかして、可愛くなった途端、誰かにデートでも誘われた?」

 小太郎の的外れな問いかけに、ぶんぶん首を振って否定する。

「違うって、そんなわけないじゃん」

 何気に時計を見ると、もう約束の時間の40分前。大変だ、汗だくだからシャワーを浴びて行きたいのに!

「すみません、時間がないから先に行きますね。お疲れ様でした!」

 荷物をしっかり抱えなおすと、大急ぎで部室へ向かった。




 家に帰ってすっきりシャワーを浴びた私は、なんとか約束の時間きっかりにお店の入り口をくぐった。


 このお店、アメフトの先輩たちとはまだ来たことがないなぁ。東門から近いんだけど、ちょっと脇道に入ってて目立たないんだよね……。

 きょろきょろと先輩を探しながら中に進んでいくと、一番奥にあるお座敷から泉川先輩が顔を出し、「こっちだよ」と手招きをする。

「来てくれてありがとう。入って」

「はい」

 清田主将の選んだミュールを揃え、お座敷に上がった、その瞬間――

「「「「「いらっしゃーい、香奈ちゃん!!」」」」」

 軽く10人は超えるラグビー部のマッチョたちが、一斉に声を上げた。


「――あ、あの、なんでこんなに大勢いるんですか?」

 マネージャーの仕事について聞きたいって言ったよね? 2、3人じゃなかったの!?

「ごめんね、香奈ちゃん。みんな香奈ちゃんの話が聞きたかったらしくてさ」

「そーそー。マネージャーについて教えてよ、香奈ちゃん!」

「教えて!」「教えて!」と楽しげな声がエコーのように続く。

「は……はい」

 大いにうろたえつつ腰を下ろした私を見て、泉川先輩がくすりと笑った。


 ――30分後。

 無理やり注文されてしまったお酒をちびちびと舐めながら、私はとても不思議に思っていた。

 どうして、いつまで経ってもマネージャーの仕事について聞かれないんだろう。

 聞かれるのは全然関係のないことばかり。しかも十数人全員が代わるがわる私一人に話しかけてくる。


「香奈ちゃんって、普段の休みの日には何してんの?」

 右隣に座ったイケメンラガーマンが、髪をさらりと揺らして覗き込んでくる。

 か、顔が近い。それになんで私の髪の毛をくるくる触わっているんだろう。

「え、えっと、掃除したり、ゴロゴロしたり、テーピングの練習をしたりしています」

「「「「「かーわいー」」」」」

「今まで付き合った男の数は?」

「ゼロです」

「「「「「おぉー!」」」」」

 これって何!? なにかの嫌がらせ?

 泉川先輩に目で助けを求めても、にっこり笑うだけで何もしてくれない。

 けなされたりバカにされたり、目の前でわざとオナラされたりするのには慣れっこだけど、こんな変にベタベタされたらどうしていいのかわかんないよ! もう帰らせてっ!!


「本当に男なれしてなくて可愛いよね。香奈ちゃんの好みの男って、どんなタイプ?」

 左隣のイケメンが、長い髪をやたらとかき上げながら聞いてくる。

 好みの男って、司先輩のことだよね?

「えっと、足が速くて、目がすごく綺麗で、後輩の面倒見が良くて、一見冷たそうだけどすごく優しくて、ぞくぞくするほど色気があって――あわわわわ!」

「ブホッ! ゲホゲホッ!!」

 泉川先輩が盛大にお酒を噴き出し、大笑いしながら床を転げまわる。

 うわぁーん、緊張のあまり口が滑っちゃった! 恥ずかしすぎるっ!

「「「「「色気?」」」」」

 周りのラガーマンたちが不思議そうに聞き返してくる。

「いっ、今のは忘れてくださーい!」

 動揺のあまり、目の前にあったお酒を一気に飲み干した。


「おぉー、香奈ちゃんイケるねぇ! はい、これどうぞ!!」

 新しいお酒を手渡され、慌てて首を振る。

「い、いえ、私あんまり飲んじゃダメだって部員たちに言われてて」

 もちろん、迷惑をかけまくった司先輩と小太郎、育太、守から。

「大丈夫だって! 香奈ちゃんの住んでるマンション俺たち知ってるし、ちゃんと責任持って部屋まで送っていくよ!」

 居並ぶ面々が、うんうんと揃って頷く。

「大体、先輩の酒を断るってのは、ちょっとどうなんだ?」

「「「「「そーだ そーだ!」」」」」

 あれっ? このセリフ、このノリ、すごく馴染みがあるぞ!?

 そうだよ、体育会の飲み会といえばこうでなくっちゃ!

「はい! ありがたく頂きます!」


 もうすでに酔っぱらっていたのかもしれない。

 さっきまでの変な雰囲気が消えたことにホッとしすぎた私は、自分の犯した罪を忘れ、またお酒を飲み干した。




*****




『――よう司、今どこだ?』

 泉川からの電話がかかってきたのは、小太郎たちと晩飯を食べ、家に帰りついた直後のことだった。


「家。何か用か?」

『なんだよ、機嫌悪いなぁ。この前のことまだ根に持ってんのか?』

「用事がないなら切るぞ」

『まぁ待てって。切って困るのはお前の方だぞ。せっかくいいことを教えてやろうと思ったのに』

 もったいぶった楽しげな声に、嫌な予感が頭をよぎる。

「いいことだと?」

『あぁ。実はさ、今ラグビー部の香奈ちゃんファン14人と香奈ちゃんとで、コンパやってんだよ』

「……は!?」

『本当に可愛いな、あの子。「来季からラグビー部でもマネージャーとりたいから、参考に話を聞かせて」って頼んだら、なんの疑いもなく来てくれてさ。全員に口説かれて、涙目になって固まってるぜ』

 あいつ、今日用事があるってこれのことだったのか?


「――店はどこだ」

『なぜお前に教える必要がある? 香奈ちゃんはまだお前のものじゃないんだろう? 惚れられてるからと調子に乗って、余裕かましてるからこうなるんだよ。今、うちの精鋭たちが全力で口説いてるから、明日には誰かの女になってるかもな』

「なんでそこまであいつにこだわる。お前には関係ないだろう?」

『あるさ。俺、久々に本気で香奈ちゃんのことを気にいってんだよ。あの子があんまり健気だったし、相手がお前だからと思ってめずらしく遠慮してやったのに、調子に乗って先延ばししやがって』

 ――本気? 女遊びの激しい泉川が?


「……店はどこだ」

『だから教えないって言っただろう? あぁ、ヒントぐらいは与えてやる。大学から徒歩10分以内の酒が飲める場所、だ。お前も香奈ちゃんの努力を見習って、ちょっとは苦労しろ。もし彼女が潰れるまでに来なかったら――本気で俺がもらうから。お持ち帰りするよ、お前の知らない後輩の部屋にな』

「ふざけんな!」

『じゃあな、色気のある司先輩』

「おい、泉川! ――くそっ!」

 切られた携帯を手に部屋を飛び出す。怪我した足をもどかしく思いながら、一気に階段を駆け下りた。


 ラグビー部がよく飲み会をする居酒屋はどこだ? 平川のやつ、まさかあの格好のまま行ったんじゃないよな?

 泉川が本気なら、もうずっと前に手を出しているはずだ。単に俺をからかっているだけだと思いたいが――。

 痛みで思うように動かない足に苛立ちが募る。なんでこんな時に限って怪我なんかしてんだよ!


 大学から徒歩10分以内の居酒屋など、今思いつくだけでも10軒以上は軽くある。

 家から近い店をしらみつぶしに当たっていくが、ラグビー部らしきやつは一人も見当たらない。

「――どこだ!?」

 滴る汗をぬぐい、夜道の先へと目をこらす。


 うちの部員が利用しそうな店は避けるはずだ。多分、あまり目立たない場所にあって、15人程度が入れる座敷のあるところ――――あそこか?

 方向を変え、東門に向かって走りだす。

 赤い提灯の灯る居酒屋のドアを開けると、奥の座敷から明らかに体育会の飲み会だと分かる騒音が聞こえてきた。

 確かめるために近づいていく。

「あの、もう帰らせてください」

 弱り切った平川の声が聞こえた瞬間、勢いよく襖を開けた。


「司先輩!!」

 俺の顔を見た平川が、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

「なんだ、もう気付いたのか? 司」

 泉川の言葉を無視して腕を伸ばすと、平川を抱きとめた。

 よほど嫌な思いをしたのだろうか。平川は俺の背中に腕を回し必死にしがみついてくる。

 その小さな身体を抱き締めたまま、ラグビー部の奴らを睨み付けた。


「――おい平川、お前の好きな男は誰だ」

「司先輩です!!」

 間髪をいれず返された答えに、男たちががっくりと肩を落とす。

「聞いたか? こいつは俺の女だ! 二度と手を出すな! ――平川、帰るぞ」

「よかったね、香奈ちゃん」

 楽しげに笑う泉川を一瞥して通り過ぎたあと、ふと足を止めて振り返る。

「おい泉川、一ついいことを教えてやる」

「ん、なんだ?」

「こいつはチーム5位の俊足なんだが、酒を飲むともっと足が速くなる。その上、酔うとマンションの非常ベルを押してまわる癖があるんだ。面倒なことに巻き込まれたくなければ、こいつに二度と酒を飲ませるな」

「マジかよ……」

 唖然とする泉川に背を向け、物言いたげな顔の平川をつれて店を出る。

 ああ言っておけば、泉川も少しは酒を飲ませるのを躊躇するだろう。

 奇行に走るのは本当だが、こいつは飲むと無防備になりすぎる。

 朝、目がさめたら泉川の部屋だった、なんてことになってたまるか。


 顔を伏せて黙り込んでいる平川の手を引いたまま、マンションの階段を上る。

「入れ」

 自分の部屋のドアを開けて中へと促すと、平川が初めて顔を上げ、俺を見た。

「司先輩、あの……俺の女って……?」

 不安げな、か細い声。大きな目を潤ませ、じっと俺を見上げてくる。


「言葉の通りだ。お前が好きだ、付き合ってほしい」

「……本当に?」

 平川がポロポロと泣きはじめる。

 普段見せないその姿があまりにも可愛く見えて、気付けば強引に引き寄せ、唇を重ねていた。

 呼吸すらままならない不慣れな様子に、強い独占欲も満たされていく。


「もう二度と……他の男に誘われても飲みには行くなよ」

 ベッドに押し倒してそう告げると、平川が少し戸惑った顔で首を傾げる。

「アメフトの先輩たちでも?」

「チームのやつはいい」

「はい、分かりました」

 素直な答えと、安心したような笑顔。それに誘われ、また貪るようにキスをかわす。

「んっ……司先輩……大好き」

 潤んだ瞳と俺のシャツを掴む震える手に、理性など一瞬で消え失せる。

 服を脱がせ胸元に口を寄せた時、ふと何か違和感を覚え、顔を上げた。


「おい、平川? ――――嘘だろ?」


 このタイミング、有り得ない。

 さっきまでとは明らかに違う、穏やかな呼吸音。

 平川はいつかと同じように、すぴーっと鼻を鳴らしながら最高に幸せそうな顔で眠っていた。

 

 あぁ、そうだった。酔った時こいつの癖を一つ忘れていた。

 こいつ、酔うと何時でもどこでも眠れるんだった……。


 一気に脱力し、隣に倒れこむ。


 でもまぁ、これはこれで良かったのかもしれない。

 こいつのことだから、明日には、今日自分の身に起きたことをほとんど忘れてしまっているだろう。

 多分こいつは初めてのはずなのに、記憶にないまま終わってしまえばさすがにショックを受けるに違いない。


 隣で無防備に眠る平川に目を向ける。

 細いけれど、思っていたよりはずっと柔らかい体と、白い肌……。

「明日の朝、だな」

 そっとその身体を腕の中に抱え、目を閉じた。




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