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第29話 お色気獲得大作戦

「色気、お色気、お色気ムンムン……。うーん、色気ってどうすれば身につくんだろう?」


 クーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら、ここ何日か悩み続けているテーマを性懲りもなく考え続ける。

 司先輩公認の片思いに発展して約1週間。

 今日もまた、いつもと何ら変わらぬ一日が終わろうとしていた。


 色気、お色気、お色気ムンムン。明日は部活が休みだから、街に色気の研究にでも出かけてみようか。

 なんだかなぁ、私の身近で一番色気を感じる人って、実は司先輩なんだよな。もちろん男らしい色気だけどさ。

 ヘルメットを脱いで髪をかきあげるときの伏せ気味の瞳とか、部室で着替えているときに見える引き締まった背中とか、がっしりしていて綺麗に割れている腹筋のツヤとか、ジーンズからぎりぎり覗ける腰まわりのラインとか…………ってどこ見てんの私! いやぁ、エッチ!!


 空想の中で司先輩の服(もちろん上半身のみ)を生々しく脱がせてしまい、恥ずかしさのあまりベッドでのたうちまわる。

 突然携帯の呼び出し音が鳴りはじめ、はた、と我に返った。


「――は、はい、もしもし?」

『もしもし、香奈ちゃん? 元気にしてる?』

 あれ、この声……そうだ、身近にいたじゃん! お色気ムンムンの女の人!!

「麗子さんっ、助けてくださいっ!!」

 救世主! とばかりに泣きついた。



「香奈ちゃんから相談ってめずらしいね。どうしたの?」

 清田主将の部屋で、今日も美しい麗子さんが優しく首をかしげる。

 微かに香る、お花畑のようないい匂い。うーん、すごい。これだけでも色けがダダ漏れだ。そうか、清田主将もこの色気と美貌で落としたんだな?

 早速参考にさせてもらおうと、麗子さんを真似して同じ角度で首を傾げてみる。でもやっぱり何も沸いて出てこない。

 はっ、こんなことをしている暇はないよね。清田主将がシャワーを浴びている間に、急いでアドバイスをもらわなくちゃ。


「えっと、実はですね、私、好きな人ができまして……」

「ほんとに!? それでそれで!?」

「その人に、自分好みの女になれたら付き合ってやる、と言われたんですけど」

「うーん、なんだかとっても高飛車なヤツね。まぁいいわ。その人の好みって分かっているの?」

「はい、お色気――」

 あれ? 司先輩は何ていったんだっけ?

 毎日『色気、お色気、お色気ムンムン』って呪文のように唱えすぎて、司先輩の言葉を忘れちゃった。


「ええっと、たしか……そう、『色気たっぷりの女』です!!」

「それは無理だな」

「うわぁ!」

 耳元で突然主将の低い声が聞こえ、飛び上がる。

 もう! めちゃくちゃでっかいくせして、何でそんなに気配を消すのが上手いんですか!?

「もしそう言ったのなら、遠回しにお前と付き合う気はないと断ったってことだろう」

「そ、そうなんでしょうか?」

 がーん……それは全く考えもしなかった。

「しかし本当にあいつがそう言ったのか? おかしいな。あいつの好みは色気たっぷりって感じじゃないんだが」

 清田主将がいぶかしげに凛々しい眉を寄せる。


「先輩、今『あいつ』って……」

「あぁ、お前の好きな男って、司のことだろう?」

 えぇっ、そこまで見通し!?

「まぁ、俺に任せろ。明日一日空けておけよ、いよいよ引退前の総仕上げだ。色気たっぷりは無理だが、あいつ好みの女には仕上げてやる」

「しゅ、主将っ!!」

 不敵に笑う清田主将を見て、改めて、この人は神様だ! と両手を合わせた。




 ――二日後。

「うっ、足がスースーする。おまけに靴が不安定で上手く歩けないよう……」

 朝練のため部室に向かいながら、私は早くも少し後悔をし始めていた。

 変わりたいと思ったし、清田主将なら変えてくれると期待もした。だけど正直、ここまで大事になるとは思ってもみなかった。

 昨日は午前中、清田主将と共に街に繰り出して服を買ってもらい、午後からは一人で麗子さんの働く美容室へ。

 麗子さんに髪を切ってもらうのは、新歓コンパ前日、4月の終わり以来のこと。

 だいぶ髪は伸びていたんだけれど、今回のカットもまた麗子さんにお任せ――かと思いきや、前回も今回も事前に清田主将から細かい指示が出ていたらしい。

 恐るべし、清田主将。プロの美容師にまで指示が出来るって、何者だ。


 不審人物のように木から木へと移動を繰り返し、人目を避けながら部室棟に近づいていく。

 やっと入り口までたどり着いた時、運悪く前からラグビー部の集団がやってきた。


「あれ? もしかして香奈ちゃん?」

 目ざとく私を見つけた泉川先輩が駆け寄ってくる。

「嘘つき泉川先輩、おはようございます」

「うわっ、ずいぶんな言われようだなぁ」

「先日はどうもお世話になりました」

 じとっと睨みながら挨拶すると、泉川先輩の綺麗な顔が少し寂しげなものに変わる。

「香奈ちゃんがあんまり一途だったから、失恋の痛手を抱えたまま精一杯後押ししたつもりだったんだけどな、俺。司がああ答えるのを確信していたからこそ、やったことだよ?」

「……本当ですか?」

 動揺していたせいであまり覚えてないのだけれど、なんとなく先輩は楽しそうに笑っていた気がするんだけどなぁ。

 でも確かに、泉川先輩のおかげで退部の心配がなくなった上に、司先輩のことを諦めなくて良くなったんだもんね。そこは感謝しなくちゃ。


「もしそうだったのならごめんなさい。どうもありがとうございました」

 そういって頭を下げると、泉川先輩が優しく微笑んだ。

「司と上手く行ったんだろう? 付き合いだした途端にめちゃくちゃ可愛くなったね、香奈ちゃん」

「あれ? 司先輩から聞いてないですか? 付き合ってないですよ、私たち」

「え、マジで!? あれだけ煽ったのに何もなかったの?」

 泉川先輩はせっかくの和風イケメン顔を崩し、ものすごく驚いている。


 何もなかったってわけじゃないんだけど……こんなこと話しちゃってもいいのかなぁ。

 でも、こうなれたのは泉川先輩のおかげなんだし、ちゃんと報告したほうがいいよね。

「実はちょっとだけ進展したんですよ! なんと――司先輩公認の片思いに昇格しましたっ!!」

 ジャーンという効果音付きで発表したのに、泉川先輩の反応はパッとしない。

「……それだけ?」

「うーんと、あと、『俺好みの女になったら付き合ってやる』って言われました」

 泉川先輩は暫くぽかんとしていたけれど、ものすごく綺麗な顔でゆるりと笑った。


「なるほどね。だからそんなに頑張っているんだ? 上手く行くといいね」

 うわ、優しい。さっきは『嘘つき』なんて責めちゃったのに。

「ありがとうございます。難しいとは思うけど、頑張ります」

「うん、頑張れ! あっ、そうだ香奈ちゃん、話は変わるんだけどさ、来期からうちの部でもマネージャーを取ろうかって話があるんだよ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。それでできれば、香奈ちゃんからマネージャーの仕事内容とかいろいろと話を聞きたいって部員たちがいてさ、もしよかったら今夜、飯を食いがてらでも教えてもらえない? 俺も参加するからさ」

「私なんかの話で役に立つんですか?」

「もちろん」

「うーんと、それでしたら喜んで」

 これだけお世話になったんだもん、少しは恩返しをしなくちゃね。


「ありがとう! じゃあ今夜8時半、大学の東門近くにある「五郎」って居酒屋に集合ね。それで悪いんだけど……今、俺ちょっと司のヤツと気まずい感じでさ。今日のことは内緒にしておいてくれない? あいつまた俺が香奈ちゃんに変なちょっかい出してるって誤解しそうだから」

 泉川先輩が申し訳なさそうな顔で両手を合わせる。


「気まずいって、私をラグビー部のマネージャーに誘ってくれたりしたからですよね? あの、すみません。せっかく気を使って誘ってくださったのに」

 申し訳ない気持ちになって頭を下げると、泉川先輩がくすりと笑う。

「気にしないで。それより、内緒の件はいい?」

「はい、わかりました」

「よかった。それじゃあまた今夜ね、香奈ちゃん」

「はい、失礼します」

 笑顔で軽く手をあげ歩いていく先輩に、頭を下げる。


「さて、集合時間ギリギリだし、早く部室に行かなきゃならないんだけど……。この姿で行くの、嫌だなぁ」

 自分でもあまりの変身っぷりが恥ずかしくてたまらない。

 司先輩、似合わないって呆れちゃわないかな。泰吉先輩たちに爆笑されたら、もう立ち直れなくなりそう……。

 そんな不安たっぷりに部室のドアの外までたどり着いたとき、中から泰吉先輩のとびっきり意地悪な声が聞こえてきた。


「そういえば、今日香奈のやつ大変身してくるんだよな、清田?」

「あぁ、俺もまだ見てないけどな」

 うわっ、最悪なタイミングだ!

「香奈ちゃん、どんな風に変身してくるの?」

 この爽やかさは、翼先輩。

「それがウケるんだよ。清田、みんなにも教えてやれよ」

 泰吉先輩の笑いを含んだカエル声に、背筋がひやりとする。

 まさか、色気をつけたいって言ったことをバラされちゃうの? また笑いのネタにされちゃうの?

 全神経を集中させて聞き取った清田主将の言葉は、私の予想を遥かに超える最悪のものだった。

「香奈の変身テーマは――『お色気チラリ、小悪魔風』だ!」

 一瞬の静寂。

 その直後、部室から地響きがするほどの大爆笑が沸き起こった。


「ギャハハハハ! 香奈に色気? そこら辺にいる今時の幼稚園児のほうが色気あるんじゃね?」

「小悪魔ってなんだよー! 垂れ目の『子だぬき』の間違いじゃねぇのか!? 『筋肉チラリ、子だぬき風』ってな!」

「似てる似てる!! ワハハハハ!」


 ――もう泣きたい。てか、このまま消えたい。

 かっ、神様だと思っていたのに! 清田主将の裏切り者! 

 そんなテーマ、初耳だぁー!!!


 もうぜったい今日は部活行かないもん! 今から即効でサボってやる! ボイコットだ!!

 さっそく逃げ出すべく、つつーっと一歩あとずさる。

 その時、部室のドアが勢いよく音を立てて開いた。



*****



「おはようございます」

 普段となんら変わらぬ朝。部室に着いて先輩たちに挨拶をすると、今日もまだ怪我で見学のため、ジャージ姿のまま後輩指導用のプレーブックを手に取った。


「そういえば、今日香奈のやつ大変身してくるんだよな、清田?」

 泰吉先輩の楽しげな声に、一瞬ページをめくる手が止まる。

 ――あいつ、早速何か始めたのか?

「あぁ、俺もまだ見てないけど、多分な」

「香奈ちゃん、どんな風に変身してくるの?」

「それがウケるんだよ。清田、みんなにも教えてやれよ」

 泰吉先輩に促された清田主将が、興味津々の眼差しを向ける部員たちを見渡し、にやりと笑う。

「香奈の変身テーマは――『お色気チラリ、小悪魔風』だ!」

 一瞬の沈黙。

 その直後、耳が痛くなるほどの笑い声が沸き起こった。


「ギャハハハハ! 香奈に色気? そこら辺にいる今時の幼稚園児のほうが色気あるんじゃね?」

「小悪魔ってなんだよー! 垂れ目の『子だぬき』の間違いじゃねぇのか!? 『筋肉チラリ、子だぬき風』ってな!」

「似てる似てる!! ワハハハハ!」


 ――まぁ、やっぱりそう思うよな。自分で言っておいて何だが、あいつと色気はどう考えても結びつかない。


「ひぃー笑った笑った。笑いすぎて、なんか部室内の酸素が薄くなったな!」

 3年生ラインの黒田がそう言って、ドアを勢いよく開けた時だった。


 肩で揺れる、緩いパーマが掛かった柔らかそうな茶色い髪。

 女らしいノースリーブのカットソー。

 ショートパンツから覗く、すらりと伸びた真っ白な足。

 そして――見覚えのある、涙をいっぱいにためて怒った顔。

「おう、香奈。遅かったな」

 楽しげな清田主将の声が、静まり返った部室内に大きく響いた。


「先輩たちみんな大っ嫌い! 今日は絶対部活行かないもん! うわぁーん、放して! 家に帰るっ!! 帰って着替えるんだから!」

 履き慣れないミュールのせいであっさりと清田主将に捕らえられた平川が、肩の上でじたばたと暴れる。

「香奈、暴れすぎてパンツ見えてるぞ」

 その一言に、平川はぴたりと動きを止めた。


 清田主将が平川を自分の前に降ろし、逃げられないよう押さえたまま満足げな笑みを浮かべる。

「自信を持て、香奈。こいつらもう笑ってないだろう? お前は俺の最高傑作だぞ?」

「ほ、本当に?」

 平川が涙を浮かべたまま、たまたま近くにいた部員に目を向ける。

「先輩、私本当に変じゃないですか?」

 4年の先輩が顔を赤らめ、言葉のないままコクコク頷く。

「やべぇ。こいつは香奈、こいつは香奈……」

  守まで意味不明のことを呟きだした。


 ――確かに、かなり可愛い。

 こいつらしい幼さは残したまま、嫌味のない色気もしっかりある。

 だが……これはちょっと、やりすぎじゃないか?


 清田主将がなぜか俺の方を見て、ニヤリと笑った。





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