第3話 仮入部
勧誘週間が終わった次の日。
私は使い馴染んだジャージに着替え、清田主将に教えられたアメフト同好会の部室に向かっていた。
――あーあ、なんでこんなに流されやすいんだろ、私。
おかしいなぁ。マネージャーではなく、自分がプレイヤーとして楽しめる部を探すはずだったのに……。
勧誘された日の、別れ際の先輩たちの顔を思い出す。
「絶対来いよ!」と威圧感たっぷりに脅される私の横で、美少女枠の4人組は「お願いだから来てね?」と可能な限り巨体を縮めた先輩方に可愛くお願いされていた。
ま、所詮そんなもんでしょうけどね。……本当に私、必要とされているのかなぁ? 清田主将の変な趣味に、みんなしてつき合わされているだけの様な気がするけれど。
とりあえずまだ1週間は仮入部なんだし、様子を見てみるか。
部室棟は学校の敷地の一番端にある、2階建ての古い建物だった。人目に付きにくい場所にあるせいか、どうやらここだけは建て替えもせずに放置されているらしい。
その中を、アメフト同好会の看板を探しながらてくてく歩いていく。マンモス大学なだけあって運動部だけでも結構な数だ。やっとアメフト同好会の看板が掛けられた部室を見つけると、恐る恐るドアをノックしてみた。
「うーん、明らかに人の気配がするのに、返事がない。勝手に開けろってことかなぁ?」
少し躊躇したものの、思い切ってその立て付けの悪そうなドアをよいしょっと開けてみる。
「あっ、すっ、すみません!!」
速攻でドアを閉めた。
うわぁ、パンツ姿がいっぱいいたぁ!! どうしよう、ここで着替えてるんだ、みんな。
本当にどうする? ここで着替えが終わるのを待っていたらいいのかな!?
見慣れないものを見てしまった動揺からその場でおろおろしていると、ドアがガラッと開いて、やっぱりパンツいっちょ、太マッチョの先輩が目の前に仁王立ちしていた。
「ひっ!!」
「何してる。さっさと入れ」
腕を掴まれ、部室の中に放り込まれる。勢いあまって床の上に倒れこみ、目のやり場に困ってパッと両手で目を覆った。
「おう。香奈、来たな」
聞き覚えのある声に、そろそろと目を開ける。一週間ぶりの清田主将が奥のテーブル前に座っているのを見て、思わず縋るように駈け寄った。
「しゅ、主将っ!!」
「何パンツ一枚でビビってんだ。とっとと慣れろ」
「は、はい」
「おい香奈、ここにいる二人がこの同好会の幹部だ。副将の中峰泰吉と副将兼主務の内村翼。二人とも4年生だ」
清田先輩と同じテーブルについていた二人の男の人に目を向ける。
泰吉先輩という人は、とても背が低い男の人だった。
多分160センチ位の中太マッチョ。ポジションはワイドレシーバー(WR)というものらしい。
顔が老けていて、なにかに似てる。ええっと……あっ、カエルだ!
そしてもう一人が、副将兼主務の翼先輩。こちらは身長が高くて180センチ位の細マッチョ。ポジションは司令塔のクォーターバック(QB)だそう。
普通の服着て歩いていたら、アメフト部なんてきっと気付かれない。爽やか好青年って感じ。
なんかこの部、カッコいい人が多いなぁ。
「あの、主務ってなんですか?」
「ん? 部内のスケジュール管理をしたり、練習試合を組んだりするマネージメント担当者だよ。俺はQBでもあるから、対戦相手のデータを集めて分析したりもするかな」
翼先輩が見た目通り爽やかに答えてくれる。
「あの……何だか大変そうですね。選手をしながらそんなことまでやるなんて」
「香奈ちゃんがマネージャーとして入部してくれたら俺も少し楽ができるよ。よろしくね」
「はっ、はい!」
あわわ、優しい笑顔と言葉につられて、ついハイなんて答えちゃった。流されすぎだって、私!
落ち着けー、落ち着けーと心の中で自分に言い聞かせていると、カエル似の泰吉先輩が両腕を組み、すごく偉そうな顔を向けてきた。
「おい香奈。お前、中学高校と陸上部だったんだって?」
「はい」
「じゃあ根性見せろよ。お前はすぐに逃げ出すんじゃねぇぞ」
「……どういうことですか?」
まさか美少女4人組って、もうやめちゃったの!?
うろたえる私に、翼先輩がまた優しく教えてくれる。
「去年までのマネージャーね、ほとんど最初の1週間でやめちゃったんだよ」
「えっ!?」
「汗臭い、キツイ、日に焼けちゃう、そんなことを言ってね。まぁ、他にも理由はあったみたいだけど」
そんなにハードなんだ……。うーん、でも、普通に大学生活を楽しもうと思っている女の子には、毎日部活に行かなきゃいけないって時点で耐えられないだろうなぁ。
「こいつは大丈夫だ。なんてったって、この俺が見込んだヤツなんだからな」
清田主将が白い歯を見せニカッと笑う。でも、その目はあんまり笑ってない。
脅されているように感じるのは、私だけですか?