第27話 発覚
試合後の挨拶を終えると、次の試合を待つチームのために急いで荷物を片付け、全員でフィールド横にある芝生の広場に移動した。
「司先輩!」
座って休憩している先輩の元へ、氷を持って駆け寄っていく。
「お疲れ様でした。テーピング外しますか?」
「あぁ」
そのまま先輩の前にしゃがみこみ、なるべく痛みを与えないよう気を付けながらテーピングをはがしていく。
ますます腫れの酷くなっている足首にそっと氷を当てると、先輩を見上げた。
「司先輩……めちゃくちゃカッコよかったです。ありがとうございました」
先輩がふっと表情を緩める。
「お前も、お疲れさま」
「四年生の先輩たち、みんなすごく嬉しそうですね」
「あぁ、今日は派手な飲み会になりそうだな」
「司先輩はお酒禁止ですよ。怪我の回復が遅れちゃうから……。帰り、翼先輩が司先輩の車を運転してくれるって言っていました。病院に寄ってから帰りましょうね」
「分かった」
それじゃあまた後で、と立ち上がった時、ふと少し離れた場所からこちらを見つめている女性に気がついた。
――あの人、司先輩の彼女さんだ。
私の視線に気づいた彼女さんが、何か言いたげな顔で小さく頭を下げる。
それに頭を下げ返すと、首に巻いていたタオルを取り、氷の入った袋を包むように司先輩の足に結びつけた。
「平川?」
「司先輩、彼女さん、何か用事があるみたいですよ」
「彼女?」
司先輩が眉をひそめ、私の見ていたほうを振り返る。
「……真由」
その親しげな呼び方に、胸がきゅっと痛んだ。
司先輩と目のあった彼女さんが、嬉しそうに微笑みながら近づいてくる。
優しげで、とびっきり綺麗な笑顔。……うん、司先輩ととってもお似合いだ。
「このタオル、そのまま使っていてくださいね。彼女さん待ってますよ、ほら」
「お前――」
一瞬何かを言いかけたように思ったけれど、先輩はすっと立ち上がり、足をかばいながらゆっくり彼女の方へと近寄っていく。
二人は二言三言かわしたあと、そのままどこかへと歩き出した。
「守、私ちょっと顔を洗いに行ってくるね」
「おう」
一番鈍そうな守にそう告げると、グラウンドの隅にある水のみ場へと足早に歩き出す。
蛇口をきゅっと捻り、冷たい水を勢いよく顔に叩きつけた。
――あぁ、もう。本当に情けなさすぎる。
なに泣きそうになってんの? あきらめるって自分で決めたんでしょ!
こんな恋する乙女のキャラ、似合わなすぎだって! しっかりしろ、私!!
かなり長いこと顔を洗い、最後に思いっきり頬を叩いて気合を入れる。
首元のタオルを取ろうとして手が空を切った時、すっと目の前に青いハンカチが差し出された。
「……泉川先輩?」
「お疲れさま、香奈ちゃん。大丈夫?」
全部分かっているよ、とでも言いたげな優しい笑顔。
「大丈夫ですよ」
目をそらすことなく答えると、苦笑した先輩が、そっかと呟いた。
「それじゃあ、この前途中になってしまった話の返事、今聞かせてくれるかな」
泉川先輩の表情が真剣なものに変わる。
その綺麗な黒髪が、風でさらりと揺れた。
「……泉川先輩、私すごく嬉しかったです。私なんかのことを気にとめてもらって。だけど……ごめんなさい」
「それは、司のことが好きだから?」
本当は、こうしてちゃんと向き合ってくれる泉川先輩に嘘をつきたくなかった。
だけど、一番失いたくないものを守り通すって、もう決めたから。
「好きじゃないです」
この気持ちを認めるわけにはいかない。
先輩との約束を最後まで守り続けるために。
「香奈ちゃんって結構強情だよね。司にバレて部活を辞めたくないから必死に隠しているんだろう? 俺、そんなに口が軽そうに見える?」
悲しげな笑顔で聞かれ、慌てて首を横に振る。
「いいえ、そんなこと!」
「じゃあさ、少しは俺のことも信用してよ。香奈ちゃんのことは潔く諦めるけれど、辛そうな姿はできればもう見たくないんだ。相談役にぐらいはなれると思うよ?」
「泉川先輩……」
「一人でため込んでいると苦しいだろう? ここに司はいない。正直な気持ちを言ったって大丈夫だよ。もう全部吐き出してすっきりしちゃえ」
ポンポン、と優しく頭を撫でられ、言葉が出なくなる。
思っていた以上に心が折れていたのか、一度引っ込んだはずの涙が急にこみ上げてきて、顔を伏せた。
「……どうして……どうして、女の子なんかに生まれちゃったんですかね?」
乾ききった地面に、涙が小さなシミを作る。
「もしも私が男の子だったなら、心から尊敬する先輩と一人の後輩として、フィールドで一緒に戦うことも出来たのに……こんな厄介な感情を抱えることも、なかったのに」
「……司は香奈ちゃんのことを結構気に入ってると思うよ? 約束したからって、そんな必死に隠さなくても大丈夫なんじゃない?」
「いいえ。司先輩が嫌いなのは嘘をつくズルい女の子だから……。『女のマネージャーとしてではなく、新入部員の一人として扱ってほしい』そう私がお願いしたから、先輩は私を後輩の一人として受け入れてくれたんです。それなのに今更女の子に戻るなんて――受け入れてもらった今になって『やっぱり好きです』って言うなんて、絶対にズルすぎます。私自身が許せません」
先輩に軽蔑されるのだけは、絶対嫌だ。
「それじゃあ、司に気持ちがバレたら本当にアメフトは辞めるつもりなの?」
「はい」
「そっか……。じゃあ香奈ちゃん、早速アメフトは辞めて明日からラグビー部においで。うちの部には、そんな変な約束持ち出す人間なんていないから。――お前もそれでいいんだよな? 司」
「えっ!?」
慌てて顔を上げ、泉川先輩の視線を追って後ろを振り返る。
ほんの数メートル先。
腕組みをしてこちらを見据えている、司先輩がいた。