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第26話 F大戦

 青空に浮かぶ、乗れちゃいそうなぐらいくっきりとした白い雲。

 文句なしの晴天に恵まれたその日、いよいよ秋季リーグ開幕戦、因縁のF大との試合当日を迎えた。

 清田主将たち4年生の花道を飾るために、絶対に勝たなければならない試合。

 他の一年生と共に一足先に会場につき準備を進めていると、集まってきた先輩たちが次々に声をかけてくれた。


「おっ、香奈、もう大丈夫なのか?」

「はい、もうすっかり元気です。ご心配をおかけしました!」

「お前でも体調崩したりするんだな」

「そうなんですよ。自分でもびっくりで」

「香奈わりぃ、テーピング頼む」

「あっ、はい!」


 あちこちで声をかけられつつ、いつものように慌ただしく動き回る。

 冗談交じりにみんなと話しながら、改めて、今の自分にとって一番大切なものは何かということを実感させられていた。


 一昨日司先輩が部屋を去った後、少し熱の下がった頭で一生懸命考えた。

 泉川先輩からの突然の告白。そして、私の司先輩への気持ちが周りから見てわかるほど明らかだと言われたこと……。

 私はどうすべきなんだろう、私が今一番失いたくないものって何だろう――そう突き詰めて考えていって、やっと出た結論。


 今の私にとって何よりも大切なのは、ここ、BLACK CATSという居場所だ。

 それだけは、絶対に失いたくない。だから――

 これからは、もっと司先輩への態度に気をつけよう。

 大きく傾きすぎた気持ちを元に戻していこう。

 司先輩についてしまった嘘を、少しずつ本当にしていくんだ。


 超美人のモトカノさんが来ていたんだもん。もしかしたらもうヨリを戻しているのかもしれないし、これからそうなるのかもしれない。

 そして、こんなぱっとしない私に告白してくれた泉川先輩には、きちんとお礼を言ってお断りしよう。

 

 ――あぁ、もしかしたらこれが人生最初で最後の告白だったのかもしれないな。

 一人身のおばあちゃんになってから、『あのときオッケーしていれば……』なんて後悔するかもしれないけれど、こればっかりはしょうがないよね。

 私の好きな人は、泉川先輩ではないのだから。


「平川、お前熱下がったのか」

「あ、司先輩。どうもいろいろとお世話になりました。もう大丈夫です」

「そうか。無理はするなよ」

「はい。――先輩、いよいよこの日が来ましたね。……絶対に勝ちましょうね!」

 その言葉に色々な思いをのせて、先輩を見上げる。

「――あぁ」

 司先輩がわずかに口元を緩め、頷いた。




 試合開始時間になり、清田主将、泰吉先輩、翼先輩がレフリーのいるフィールド中央へと向かった。

 今日の対戦相手F大PIRATESは、もう4年連続でリーグ優勝を果たしている強豪チームだ。

 部員数が多くて、体格のいい選手も揃っている。

 司先輩のような飛びぬけて目立つオフェンスのスター選手がいるわけじゃないけれど、オフェンス・ディフェンス双方のラインが圧倒的に強いため、相手に点を奪われることが少ないし、オフェンスも点を稼ぎやすい。

 春季リーグ戦では司先輩を徹底的にマークしていて、目を塞ぎたくなるような勢いで潰しに来ていた。


 コイントスの結果、今日はうちが後攻になった。

「行くぞ!」

 ディフェンスメンバーを中心としたキックチームがフィールドに駆け出していく。

「ピーッ!」

 試合開始。キッカーは2年生DB(ディフェンスバック)の森岡先輩だ。

 軽やかに蹴られたボールは、上手く敵陣深くに飛んでいった。



 予想通り、試合は全く目を離すことのできない接戦になった。

 前半はわずかにこっちがリードして折り返したものの、いくらでも交代要員のいるF大PIRATESに比べ、控えの少ないS大BLACK CATSの先輩たちはこの暑さの中、体力の消耗が激しい。

 第4クォーターの開始時には28対40でリードされていた。


 ――清田主将、みんな頑張れ。一秒でも早くオフェンスに繋いで!


 残り時間を電光掲示板で確認し、祈るような気持ちでフィールドを見つめる。

 12点もリードしているF大PIRATESは、このまま早く試合を終わらせてしまいたいんだろう。危険の大きいパス攻撃を避け、時計の止まりにくいラン攻撃などでたっぷりと時間を使い、じわじわとボールを進めてくる。


「セット ハットハット!」

 今度は短いパスを狙っているみたいだ。

 PIRATESのQBがC(センター)の股の間からボールを受け取り、大きく後ろに下がる。

 パスを投げる相手を探しているけれど、レシーバーにはBLACK CATSディフェンスの先輩たちがぴったり張り付いていて、それを許さない。

 追い詰められたQBが、慌ててボールを自分で持ったまま走り出した。


「行けっ、止めろ!」

 ベンチの声に応えるように、BLACK CATSディフェンスの先輩がF大QBに強烈なタックルをする。その衝撃でこぼれ落ちたボールに、両チームの選手たちが一斉に飛びついた。


 BLACK CATSディフェンスがボールを奪っていれば、ここで攻守交代。

 F大PIRATESオフェンスが押さえていれば、そのままF大の攻撃が続く。


「――どっちだ!?」

 みんなが身を乗り出してフィールドを見つめる。

 ボールを抱えガッツポーズで立ち上がったのは、BLACK CATSディフェンス、2年生の中野先輩だった。


「中野先輩、ナイスリカバー!」

「よっしゃ! お前ら、気合入れて取り返しにいくぞっ!!!」

「「「オゥ!!」」」

 ディフェンスの選手たちを笑顔でねぎらい、オフェンスの選手たちがフィールドに駆け出して行く。その中には、真新しい試合用のユニフォームを身につけた育太と小太郎の姿もあった。


 ――頑張れ、二人とも! 絶対に負けないで!


「セット ハットハット!!」

 翼先輩の声を合図に、今度はBLACK CATSオフェンス、ファーストダウンの攻撃が始まる。

 両チームの選手が入り乱れる中、ボールの行方を見失うまいと必死に目を凝らす。


 ――あっ、翼先輩が持ったまま走ってる! QBキープだ!


 翼先輩はサイドの開けた部分へ膨らみながらうまくカットを切って前進し、敵に掴まりそうになったギリギリのところで時計を止めるため、自らサイドラインの外に出た。

「10ヤードゲイン!!」 

「やったぁ! ファーストダウン獲得! 翼先輩すごいっ!!」

 よーし、いい雰囲気になってきた! このまま何とか逆転させてください、神様!!


 S大BLACK CATS ファーストダウンの攻撃、残り10ヤード。

「セット ハットハットハット!!」

 翼先輩がレシーバーにパスを投げるように見せかけ、司先輩にボールを渡す。

 この作戦は読まれていたのか、一気にF大PIRATESディフェンス陣が司先輩を潰しにかかる。

 それでも、のしかかるディフェンスの選手たちを引きずるようにして、司先輩は確実にボールを前に進めた。

「4ヤードゲインか……すごいな、あの状態であんなに粘れるなんて」

 守が感動したように呟く。

「うん、やっぱりスピードだけじゃなくて、足腰のパワーもすごいんだよね!」


 フィールドに倒れていた司先輩が立ち上がる。

 その様子が、どことなくいつもとは少し違うような……。もしかして、どこか怪我でもしたんだろうか。


「ハドル!(作戦会議)」

 司先輩が普段通り走って戻ったのを見て、ホッと胸をなでおろす。

 どうやら勘違いだったみたい。きっと大丈夫だよね。

 さぁ、次はどんな作戦で来るんだろう!


 S大BLACK CATS セカンドダウンの攻撃、残り6ヤード。

「セット ハット!」

 また司先輩かなと思ったら、実際にボールを渡されていたのは小太郎だった。

 司先輩が小太郎の前を走り、敵をブロックする。

 チーム3位の俊足と持ち前の冷静さで、小太郎は確実に前へと進んでいく。

「「小太郎、行けっ!!!」」

 タオルを握り締め、守と共に力いっぱい叫ぶ。

 小太郎は何度も練習していた司先輩直伝のカットで敵をかわすと、見事、初タッチダウンを決めた。


「すげえっ! 小太郎!! 」

「やったあ!!」

 初出場で初タッチダウン。オフェンスの先輩たちもみな満面の笑顔で、手荒く小太郎を称讃する。

 続く追加点のチャンス、トライフォーポイントのキッカーはもちろん翼先輩。 

 綺麗なフォームから蹴り出されたボールは今回もきっちり二本の棒の真ん中を越えて行き、計7点が追加された。

 

 ――よし、これで35対40! あとタッチダウン一つで逆転だ!


「お疲れ様です!!」

「おう!」

「香奈、ボトルちょうだい」

「はい!」

 ベンチに戻ってきたオフェンスの先輩たちに、飲み物の入ったボトルを配る。

 何人かの先輩に手渡した時、小太郎の厳しい声が飛んできた。

「香奈ちゃん、スプレーとテーピング!」

「はいっ!」

 慌ててコールドスプレーとエアーサロンパス、そしてテーピングを持って駆けつける。

 地面に座ってスパイクを脱いでいたのは、小太郎ではなく司先輩だった。


 もしかして、さっきの――?

 靴下の下から表れたのは、もうすでに熱を持って腫れ始めた、色の変わった足首。

「先輩、これ……」

 問いかけるようにその顔を見上げる。

 どう素人目に見たって、軽い怪我じゃない。 これじゃあ、走るどころか歩くのだってままならないはずだ。

 だけど、今日の試合は……あとタッチダウン一つで、初めてF大に勝てるのに――!


「いいから早くテーピングをしろ」

 司先輩の表情は、いつもと全く変わらない。

「――はい。どっちに曲げると特に痛みますか?」

 そっとその足に触れ、ひねってみる。

「こっち」

「分かりました」


 止めることなんてできない。

 だって、私が司先輩だったとしても、絶対にここでやめたりなんてしない。

 たとえそのせいで、この後のシーズンすべてを棒に振ることになったとしても。


 少しでも痛みがマシになるよう願いながら、手早くテーピングを巻いていく。

 もうすぐ巻き終わる、という時、司先輩がふいに口を開いた。


「絶対に、一本取って来てやる」

「――先輩?」

「だから、泣くな」


 目があったのは、ほんの一瞬だった。

 涙が落ちないよう堪えていた私の前で、司先輩が素早く靴下とスパイクを履きなおす。

 まるで怪我などなかったかのように立ち去る司先輩の後姿を、その場にひざまずいたまま呆然と見送った。


 ――どうして? どうしてそこまで優しくしてくれるの?

 ただの後輩なのに。

 あんなに嫌がっていた、女の子のマネージャーなのに……。


 みんなに背中を向けて、タオルでぎゅっと顔を拭く。

 ちゃんと見なきゃ。座って呆けている場合じゃない。

 きっと先輩は約束を守ってくれる。私はそれを、見届けなくちゃ。


 審判のホイッスルが響き、またうちのチームに攻撃権が移る。

「行くぞっ!」

「「「オゥ!」」」

 司先輩、翼先輩を始めとしたオフェンスの選手たちが、気合のこもった顔でフィールドに駆け出していく。


 連覇を目指すF大も、この一戦にかける思いはうちと同じだ。

 BLACK CATSオフェンスの猛攻をPIRATESディフェンスが必死に防戦し、時間が刻々と過ぎていく。

 泰吉先輩へのパス、小太郎や司先輩のランなどで少しずつ前進しファーストダウンは獲得するものの、タッチダウンにはなかなか繋がらない。


 逆転のタッチダウンが取れるエンドゾーンまでは、あと20ヤード(約18m)ほど。

 5点差で負けているまま電光掲示板に映る残り時間はとうとう15秒を切り、さらに減り続けていく。

 ハドル(作戦会議)もせず、オフェンス全員が猛スピードで配置につく。

「セット! ハット!」

 翼先輩が時計を止めるため、わざとパスを失敗してボールを地面に叩き付けた。


 残り時間8秒を表示し、時計が止まる。

 アメフトでは、試合時間が終わってもプレーの途中でホイッスルがなることはない。

 一つのダウン(攻撃)が終わるのを待って、試合終了となる。

 残り8秒――多分、これがもう最後の攻撃だ。

 腕組みしてフィールドを見守る先輩たちの横に立ち、まっすぐに司先輩だけを見つめる。

 あの表情、まだ諦めてなんかいない。絶対、絶対、取ってくれる。


「セット! ハットハット!」

 涙で視界が霞んで、一瞬何が起こっているのか分からなくなった。

「行けっ! 司!!」

 清田主将の太い声に押されるように、司先輩は味方オフェンスが開けたわずかなスペースを突き、力強くフィールドを駆け抜ける。

 F大ディフェンスが必死に追いすがるけれど、司先輩の勢いは止められない。

 ディフェンスの選手二人を引きずるようにして前進を続けると、ディフェンスもろともエンドゾーンの中に勢いよく倒れこんだ。

「ピーーッ!!」

 レフリーが両手を高々と上げ、タッチダウン成功を知らせる。

 翼先輩が、小太郎が、そしてオフェンスの先輩たちが、ウォォォという雄たけびをあげながら司先輩へと向かって走り出す。

 観客席から湧き上がる大歓声。女の子の悲鳴のような喜びの声。

 止まらなくなった涙を隠すように、両手で顔を覆った。


 ――あぁ、もう!

 諦めるって、決めたのに。ただの先輩後輩に戻していくんだって、決めたのに。

 こんなカッコいいところを見せられたら、ますます好きにならずにはいられないじゃないか!


 涙を拭い、顔を上げる。

 晴れやかな笑顔を見せる司先輩を、その目に焼き付けた。



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