第23話 恐怖の朝part2
深い眠りから覚め、そのままベッドでまどろむひと時って、一日のうちで一番幸せな時間かもしれない。
少なくとも、普段の私にとっては。
でも今日ばかりは、かなり違った。
うっすら開けた視界に映る、何だか見覚えのあるモノトーンの家具たち。
明らかに肌触りの違う、いいにおいのするベッド。
そして……テーブルで頬杖をつきながら、まっすぐにこちらを見つめている司先輩。
「正気に戻ったか、酔っ払い」
ベッドに横になったままなのに、全身の血がザザーッと音を立ててどこかに引いていくような気がした。
とりあえず慌ててベッドに起き上がり、朝の挨拶を口にしてみる。
「お……おは、おはようございます?」
「おはよう」
「あの、あの……!」
思い出せ、私! 昨日一体何があった? どうして司先輩の部屋にいる?
お願い、誰か教えて! 私ってば何をしでかしたのっ!!
「あの……もしかして、私が何かご迷惑でも?」
「――かけてない、と思うか?」
涙目になりながら、超高速で首を振る。
昨日は確か、小太郎の家でお酒を飲んで……そうそう、ちょっと“大人の女”になったな、なんて感動して……それから、どうしたっけ?
ふっと頭をかすめたのは、司先輩に手を引かれ小太郎たちと全力で街を駆け抜けた、とても楽しい記憶。
でも、そんなの現実ではありえないよね?
「……ギブアップです。教えてください」
司先輩が、やっぱりなという顔でため息をついた。
「全く覚えていないのか?」
「なんとなく、夢か現実かわからない記憶なら」
「どんな記憶だ」
「い、いや、多分夢だと思います!」
「いいから言ってみろ」
「えっと……司先輩と手をつないで、鬼ごっこ? ――ひえっ!!」
あまりの睨みに、慌てて枕で顔を隠す。
「平川、とりあえず正座!」
「はいいっ!!」
速攻でベッドから飛び降り、ビシッと先輩の前に正座した。
その後司先輩は、私が小太郎の家を飛び出してからみんなで公園に逃げ込むまでの話を、とても詳しく聞かせてくれた。
正直、にわかには信じがたい話だけれど、司先輩が嘘をつくはずもない。
酔っ払っていたとはいえ、自分がそんな恐ろしいことをする人間だったなんて、思ってもみなかった。
「本当にすみません。でも、あの……なんで私、司先輩の部屋にお泊りを?」
「お前の部屋に入れなかったからに決まってるだろう? お前、荷物一式どこに落としてきた」
「荷物?」
「小太郎の部屋からは持って出たらしいぞ」
荷物……全くもって、覚えがない。
「どこにいっちゃったんですかね?」
うーんと首をひねって答えると、司先輩が再びため息をついた。
えーっと、荷物一式ってことは、財布も携帯も部屋の鍵もなくしたってことだよね。
うわぁ、大変じゃん!! 今日も練習があるのに、部屋に入れない!!
お酒って危険すぎる。そっか、だから20歳になるまで飲んじゃいけないのか。
いやいや、私19歳になったところだけど、あと一年で強くなれるなんて到底思えない。
「……もう二度と、お酒は飲まないようにします」
だんだん青ざめていく私を見て、司先輩がフンと鼻を鳴らす。
「お前、『天に代わってお仕置きするもん』って泣き叫んでたぞ」
「うわーん! もう許してくださーい!!」
恥ずかしすぎる! みんなの記憶を抹消する魔法がつかえたらいいのに!
「――でもまぁ、お前のとんでもない行動のおかげで、育太はかなり元気になっていたけどな」
司先輩が表情を緩める。とたんに、昨日の切ない気持ちがよみがえってきた。
「本当ですか? ……育太、もう落ち込んでなかったですか?」
「あぁ、大丈夫だ。お前が仕返ししに行ったことも喜んでいたぞ」
司先輩のめったに聞けない優しい声に、涙がじわりとにじんでくる。
――そっか。育太のいい気晴らしになったのなら、この恥もちょっとだけかく意味があったのかもしれない。
あんな子のことは早く忘れて、今まで通りみんなで楽しくやっていければ――。
「……ところで司先輩、おでこが少し腫れてて痛いんですけど、これはどうしてですか?」
額をさすりながら尋ねると、司先輩がプッとふきだす。
「守からの、お仕置きだ」