第22話 香奈のお仕置き大作戦
未成年の飲酒、やってはいけないイタズラなどが出てきますが、すべては妄想の産物です。どうぞお許しください。
「――まぁ、深入りする前に本性が分かって良かったんじゃないか?」
小太郎の言葉に、連絡を受けて駆けつけた守がうんうん頷く。
普段はお茶にしてもらう私も今日は小太郎特製カクテルを飲ませてもらい、すでにほろ酔い気分だ。
「小太郎の言う通りだよ。しかし女は怖いな、司先輩がトラウマになる気持ちも分かるよ。俺も寄ってくる女には気をつけねぇと」
したり顔で両腕を組む守を、小太郎がくすりと笑う。
「お前は被害にあわないから大丈夫だよ」
「あ、でたよ差別発言。今に見てろよ? すんげぇ可愛い子が俺を好きになるかもしれないぞ?」
小太郎と守のじゃれあいを、育太が穏やかな顔で眺めている。
今日、育太もだけど、司先輩も辛そうだったなぁ……。
帰りぎわ育太に見せた、すこし気遣うような顔が忘れられない。
毎日遅くまで、文句一つ言わずに後輩の練習に付き合うような優しい先輩だから、きっとすごく悲しかったはず。
あのトラウマも、また強くなっちゃったかもしれないな……。
「香奈ちゃん、大丈夫? なんか今日すごく静かだけど」
「あ、うん大丈夫! 小太郎、また同じのでいいからおかわりくれる?」
「了解。飲み過ぎないようにね」
「うん」
育太の話によると、彼女に声をかけられ二人で食事をし始めた最初の頃は、全く司先輩の話などは出ていなかったらしい。
それがだんだんと増えてきて、彼女はいるのか、どこに住んでいるのかなど具体的なことまで聞かれるようになり、これはもしかしてと気づかされたそうだ。
コンパを設定してほしいと頼まれだしたのは、ここ一週間ほどのこと。
何も知らなかった私は能天気にも『最近彼女とはどう、進展した?』なんて残酷なことを育太に聞き続けていて、育太が一体どんな気持ちで『何もない』と答えていたのかを思うと、自己嫌悪のあまり自分を殴ってやりたくなった。
お調子者なのがいけないんだよね。ちょっと楽しいことがあると、すぐバカみたいにはしゃいじゃってさ。 いつだって、肝心なことは何にもわかっていないくせに……。
今頃、あの子の方はどうしているんだろう。少しは気が咎めたりしているのかな。
それとも、今でも育太に逆恨みして文句を垂れ流しているんだろうか……。
小太郎の部屋で初めて彼女の話をしてくれた時の恥ずかしげな育太の笑顔、そして綺麗な顔を醜くゆがめて育太をにらんでいた彼女の顔が頭をよぎり、やるせない気持ちでいっぱいになる。
聞かなきゃよかった、彼女とのなれ初めなんて。
どこが好きなのかとか、なんて呼んでいるのかとか。
じわ、と涙がにじんできて、またお酒に口をつける。
愛子のバカ! 性格ブス!
飲んでどうなるわけでもないってわかってるけれど、今はお酒の力で一時でもこのモヤモヤを忘れてしまいたい。
――――んん? ちょっと待って。
何だかちょっとカッコよくなかったか、今の台詞。
『飲んで忘れてしまいたい』
うんうん、これぞ「大人の女」って感じじゃないか。
そうだよ、こんなにうじうじしてたってしょうがないじゃん、いっぱい飲んで、ぱあっと騒いで忘れちゃえ!
今日はこの四人だけなんだから、ちょっとぐらい酔っぱらっても許してくれるはず!
「小太郎、おかわりっ!」
空になったグラスをぐいっと差し出す。
「香奈ちゃん、ゆっくり飲まなきゃダメだよ」
「はいはーい」
すでに頭のネジが緩みかけていることに気付かないまま、調子に乗ってお酒をあおった。
――30分後。
「くっそー! なにが『愛ちゃん』だ!! お前に愛を語る資格なんてなーいっ!!」
「はいはい。香奈ちゃん、そろそろ酒飲むのやめとこうか」
小太郎が苦笑しながら私のグラスを取り上げる。
「俺、お茶が切れたからちょっと買ってくるよ。香奈ちゃん見といてくれる?」
「あぁ、分かった」
「おい香奈、小太郎が今お茶を買ってくるから、もう酒は飲まずに待ってろよ! ったく、酔っ払いのオヤジじゃないんだから」
守の声も一応聞こえてはいるんだけれど、あまり頭に入ってこない。
きれいさっぱり素通りすると、もう何度目かもわからないイライラが込み上げてきた。
「ねぇ、なんで育太や司先輩をいっぱい傷つけておきながら、あんな平気そうな顔でいられるの? 優しい育太だけが傷つくなんて不公平じゃん!!」
「まーたその話かよ。しつこい女だな」
「何だと!?」
面倒臭そうに答える守のほっぺたを、ビヨーンと引っ張る。
「もういいんだよ、香奈。俺は平気だって」
「平気じゃないよ! 全然平気じゃない!」
「うるせぇなぁ。しょうがないだろ? 美人ってのは何かと得するもんなんだよ!」
守の適当な答えに、カッと頭に血が上る。
「なにそれ! 美人だと何でも許されるの!?」
「そーそー」
「人を傷つけても何のバチも当たらないの!?」
「その通り」
ずるい! そんなのずるすぎる!! 神様まで美人に弱いのか!?
くそう、神様がそんなに頼りないのなら、ここはブサイク代表の私が代わりに何か仕返しを――――おぉっ、これぞまさに『天に代わってお仕置きよ』ってやつじゃない!?
すごい! 私ってば正義の味方じゃん!
うーん、でも仕返しって、具体的には何をしたらいいんだろう?
腕組みをして、すっかり鈍くなった頭をかしげて考える。
うーんうーん、仕返し、仕返し、仕返しといえば…………そうだっ! あれでいこう!!
あまりにも素晴らしいアイディアに、ぱぁっと笑顔があふれ出す。
「守! 育太! 私ちょっとお仕置きしてくるね!!」
「はぁ!? おい香奈、ちょっと待てっ!!」
「香奈!」
二人の制止の声を背に受けながら、私は最高に楽しい気分で部屋から駆け出した。
*****
「守……お前、今何時だと思ってんだ」
真夜中の電話に叩き起こされ、不快な気分を隠すことなくそう告げると、守の焦った声が耳に飛び込んできた。
『司先輩、大変なんです! 香奈が酔っ払って部屋を飛び出して!』
「はぁ? んなもん、自分で探せよ」
『いやそれが、今日の育太の件であいつかなりキレてて、「お仕置きしてくる」って部屋を飛び出したんです! 早く止めないと一体何をしでかすか』
「お仕置きって……あの女の件か?」
『はいっ!』
ベッドの上に体を起こし、もう一度時間を確認する。すでに深夜2時を回っていた。
『たぶんあの愛ちゃんって子の家に向かったと思うんです。香奈が何かをしでかす前に、止めてください!』
「なんで俺に言うんだよ。お前が止めればいいだろうが」
『俺と育太の足じゃ、香奈に追いつけません! そっ、それにフラワーコートってマンション、司先輩の家のすぐ近くでしょっ?』
走りながら話しているのか、守はすでに息が上がっている。
フラワーコート……そういえば、平川がそんな話もしていたな。
「小太郎は? あいつならギリギリ追いつけるだろ?」
『あいにく買出しに出ていて、今そっちに向かっているところです』
何だよ、それ。
「……わかった。すぐ行く」
『あぁぁぁ、ありがとうございます!!』
携帯を切り、そのまま玄関へと向かう。
あいつ、酔っぱらうと吐いて記憶を失うだけじゃなかったのか?
ため息を一つつき、部屋を出た。
――フラワーコートって、これだよな? ここで待っていればいいのか?
小太郎の部屋へと続く道を眺め、小さな茶色いマンションへと目を向ける。
さすがのあいつでも、酔っぱらった状態でそう早くは走れないだろう。
何気なく上へと目を向けた時、最上階である4階の廊下に人影が見え、目を疑った。
今の、まさか平川か?
マジかよ、酔っ払ってるくせにどんだけダッシュで来てんだよ!
急いで階段を駆け上がる。
3階の踊り場まで来て4階のフロアを見上げたとき、ぽろぽろと涙をこぼしている平川と目が合った。
「お前……なに泣いてんだ」
そのあまりにも辛そうな様子に、思わず息をのむ。
こいつがこんな風に泣くなんて……一体あれから何があったんだ?
声をかけることもできず見つめる先で、平川が大きく鼻をすする。そして――
「司先輩! へ、部屋が! 愛ちゃんの部屋が分かりませんっ!!」
――そんなことで泣いていたのか?
がくりと脱力しながら、平川を睨みつけた。
「お前な――まぁいい、とにかく帰るぞ」
「嫌ですっ!!」
「今何時だと思ってんだ! いいから来い!」
引きずり降ろそうと階段に足をかけた時、平川の左手が何かを指さすように伸ばされていることに気が付いた。
その指が置かれていたのは――非常ベルの、赤いボタンの上。
「おい、お前まさか、それを押す気だったんじゃないだろうな?」
「香奈っ!?」
「香奈ちゃん、なにやって……うわっ!!」
ちょうど駆けつけてきた三人が、同じようにぴたりと動きを止める。
全員がボタンの上の指に気をとられ、平川との距離を詰めることができない。
「平川……とりあえず落ち着け。それを押したらどうなるか、分かってるよな?」
こんな深夜にこの騒ぎだ。いつ通報されてもおかしくない。
大体こいつ、未成年の飲酒だろ?
「香奈ちゃん、いい子だからこっちにおいで?」
小太郎が犬か猫を呼び寄せるように中腰になって手招きをする。
それを見て、平川が大きく首を振った。
「い・や・です!! 愛ちゃん、育太の純情を利用した! 司先輩のことも傷つけた! 神様に代わってお仕置きするもん!!」
平川が地団太を踏みながら、またぽろぽろと涙をこぼす。
「香奈、ありがとう。でも俺は平気だし、司先輩だって大丈夫だよ。もういいんだ。家に帰ろう?」
育太が慣れない笑顔を必死で作りながら、平川にじりじりと近寄っていく。
そんな育太を、平川はその大きな目でじっと見つめた。
「育太、愛ちゃんの部屋の番号知ってる?」
「教えるなよ、育太!!」
「……ごめん香奈、俺も知らないんだ」
本当かどうか分からない育太の答えに、平川が残念そうに肩を落とした。
「そっか。じゃあやっぱり、これしか方法がないよね?」
「「「えっ?」」」
3人の間抜けな声が揃う。
次の瞬間、平川が背筋を伸ばし、大声で叫んだ。
「ピンポンダッシュ! レディ・セット・ゴー!!」
深夜のマンションに、大きなベルの音が鳴り響く。
「うぎゃっ! 何やってんだよ、香奈!!」
「いいからみんな逃げろ! 平川、お前も来い!」
ボタンを押したまま突っ立っている平川を捕まえ、猛スピードで階段を駆け下りる。
後ろを振り返る余裕もないまま深夜の町を駆け抜け、少し離れた場所にある大きな公園に逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ! お前、バッカじゃないのか!! ピンポンダッシュは玄関のチャイムが基本だろ!?
そもそもお前は小学生かっ!!」
「ぎゃ!」
守に頭をはたかれた平川が悲鳴を上げる。
「勘弁しろよ、もう!!」
酒を飲んでいたせいか、俺を除いた4人がぐったりとベンチに崩れ落ちた。
「香奈ちゃん、こんないたずらしたら警察に捕まるよ! わかってる!? 香奈ちゃん! ――ってオイ、寝てるよ、この子」
小太郎が信じられないといった様子で、ベンチに座ったまま眠る平川の顔を覗き込む。
「お前な、あのダッシュの後で速攻寝れるって、どう考えても人間としておかしいだろ!? おい、起きろ!」
守が平川の頬をパチパチと叩いた。
「守、もうそのまま寝かしてやれ。今のそいつに何を言っても無駄だ。どうせ明日の朝には綺麗さっぱり忘れてる」
あの時ときっと同じだ。こいつは飲みすぎると、何があったのかほとんど全部忘れてしまう。
そしてまた明日の朝、青ざめた顔をして自分が何をしでかしたのか俺の部屋に確認しに来るんだろう。
その姿を想像して、思わず笑いがこみ上げてきた。
「しかし、非常ベル押すかよ、普通」
我慢できず笑いだす。3人もつられたように吹き出した。
「本当ですよね! でも仲間の失恋の仕返しでピンポンダッシュしに行くなんて、最高に可愛いじゃないですか!」
小太郎が腹を抱えて笑っている。
「どこが可愛いんだよ。危険すぎてうかつに酒を飲ませられねぇよ!」
守がゲラゲラ笑いながら、寝ている平川にデコピンをした。
「いや、本当に香奈は可愛いよ。俺、今日のことを一生忘れられないだろうな」
育太はそう微笑むと、平川の頭にそっと手を載せ、穏やかな目で寝顔を見つめた。
「司先輩、今日はいろいろとすみませんでした。俺、香奈を部屋まで運んでいきます」
「――まて」
平川を抱き上げようとした育太の腕を、咄嗟に掴んで止める。
「いい。どうせ隣の部屋だ、平川は俺が運ぶ。もうこんな時間だしお前たちは家に帰れ」
「でも」
「いいから」
「……じゃあ、お願いします」
「あぁ」
3人がやれやれと言った様子で立ち上がる。
「司先輩、今回のことであまり香奈を叱らないでくださいね。俺、すごく嬉しかったので」
育太の言葉に、笑って頷く。
「分かった」
そのまま3人と別れると、平川を担いで家へと向かった。