第18話 育太の恋
守の執拗な妨害を受けながらも、なんとか無事に迎えた試験最終日。
小太郎のお誘いで、試験終了の打ち上げをいつもの四人ですることになった。
大学前のコンビニで買出しをして、守、小太郎とともに小太郎の部屋へと向かう。
すれ違う学生たちが、みな一様に開放感溢れる笑顔を浮かべているように見えるのは、きっと気のせいじゃないよね。今日は飲みすぎて失敗しちゃう人とかも多いんだろうな。
あれ? お酒で失敗といえば――
「ねぇ小太郎、今日育太は来ないの?」
「いや、後で来るよ。今日はね、女の子と二人でご飯を食べる約束をしているらしいんだ、あいつ」
「マジで!?」
「本当に!?」
うわぁ、育太に恋の季節到来ですか!?
「それって付き合ってるの?」
「いや、まだそこまではいってないみたいだよ。女の子の方から声をかけられて、時々学食なんかで昼飯を一緒に食べるようになったって言ってたな」
「女の子の方から? やるなぁ育太!」
ちょうど育太のアパートの横にさしかかり、カーテンの閉じられた窓へと目を向ける。
大きな靴下やパンツが無造作に干されているのを見て、育太らしいなぁ、なんてつい笑ってしまった。
「なぁなぁ、育太の部屋に何かいたずらしてやろうぜ!」
1階にある育太の部屋を指さし、守が満面の笑みを浮かべる。
「いたずら? なんでいきなり」
「そりゃおまえ、育太が女を家に連れ込んだ時のためのサプライズだよ。二人がすんなりくっついても面白くないだろ? ――おっ、ナイスタイミングでエロ本発見! ちょっくら洗濯物と一緒に干しとくか」
守が嬉々として道端にある古びた本に近づいていく。よれよれに波打つそれを躊躇なく手に取ったのを見て、思わず後ずさりした。
ほ、本気だこいつ!
「ちょっと守、そんなことしたら可哀想じゃん! 育太の恋を応援してあげようよ!」
「あぁ? なんで協力しなきゃいけないんだよ、腹が立つ」
「守、お前単に育太が羨ましいだけだろう?」
「ちげぇよ!」
むきになるところを見ると本当にそうだったらしい。なんて小さい人間だ。
「守、もしそのいたずら実行したら、後期テストは絶対に手伝ってあげないからね?」
「そうなればお前、確実に留年決定だな。――本当にやめておけ。育太がキレたら俺には押さえられないぞ?」
「……わかったよ」
小太郎に諭され、守がしぶしぶエロ本を諦めた。
よし、これで一安心。
あぁ、育太に会うのが楽しみだなぁ。今日は彼女のことをいっぱい聞き出そうっと!
「ほら、早く帰って乾杯しよう!」
ふてくされた顔でトロトロ歩く守を小突きながら、小太郎の部屋へと向かった。
*****
「「「育太くん! お帰りなさい!!」」」
明らかにハイテンションな歓迎の声に、育太が部屋に入るのを躊躇する。
「はいはい、ここに座って!」
逃げられないよう空いた席をバシバシ叩くと、育太は観念したように腰を下ろした。
「ねぇねぇ、どうだった!? 女の子とご飯を食べてきたんでしょう?」
「どうって、別に。飯を一緒に食っただけだ」
「その子どんな子!? 可愛い子?」
「……あぁ。香奈のマンションのすぐ近くに住んでる。フラワーコートとかってやつ」
「えっ! もしかしてあの、さらさらロングのめっちゃ可愛い人!?」
「同じかどうかは分からんが、確かに髪は長くて……可愛いとも思う」
うわぁ、育太がめずらしく照れ笑いしてる! こっちも十分可愛いじゃないか!
「香奈ちゃん、知りあい?」
「ううん、何度かマンションに出入りしているところを見たことがあるだけ。ものすごく可愛い人だから、いつも通りかかるたびに今日はいないかなって探してたんだ」
あんな男の子にいくらでもモテそうな子が、一見かなり怖そうに見える育太の良さをわかってくれたなんて……。
何だか嬉しすぎる。きっと性格も相当いいに違いない。
「そいつの名前は? 何学部?」
守も興味津々といった顔で身を乗り出す。
「野中愛。人文学部のフランス語学科」
「愛ちゃんかぁ、名前まで可愛いね! フランス語学科って響きがまた女の子らしくて素敵!」
そこからは根掘り葉掘り、二人の出会いのシーンから彼女のどんなところが好きなのかまで、口の重い育太にしつこく尋ねて聞き出した。
人の恋バナを聞くのって大好き。
なんだか幸せのおすそ分けをしてもらっているみたいで、私まで嬉しくなってきちゃう。
「付き合わないのか? 相手から誘ってきてるんだ、脈はあるんだろ?」
小太郎が尋ねると、育太が「いや」と首を振る。
「そんな雰囲気じゃないし、今はまだこのままでいい。俺は恋愛には慣れていないから、ゆっくり互いのことを知りあっていけたらいいと思ってる」
あぁ、育太って今時貴重なほどに純情な人なんだ……それにとっても誠実だよね。
「上手くいくように祈ってるよ。恋人同士になれたらちゃんと教えてね?」
「あぁ、ありがとう香奈」
育太の目が優しく細められる。
1日も早く、恋人同士になった二人に会えますように……。
「ねぇ、ところでさ、小太郎は彼女いないの?」
この外見に、この性格。モテないわけがないと思うんだけど。
「うん、俺はまだこっちに引っ越してきたばかりだし、好きな子も彼女もいないよ。香奈ちゃんは?」
「私? 私にそんなのいるわけないじゃん」
「俺、香奈ちゃんは司先輩のことが好きなんだと思ってたんだけど……違う?」
いたずらっぽく笑う小太郎を、唖然として見つめ返す。
好き? 司先輩を?
「そんなわけないでしょ。部活に恋愛を持ち込まないって――司先輩に不快な思いをさせないって、私約束したじゃん」
そうだよ、みんなの前で司先輩に誓ったんだもん。そんなことはありえないし、あっちゃいけない。 だけど……。
好きになっちゃいけないんだって思い返した時、とても悲しくなったのはなぜだろう。
「……私には、恋愛は必要ないよ。いまは部活が楽しければそれでいいかな」
無理やりそう結論付けて、あやふやな気持ちに蓋をする。
考えてみれば、今までまともな恋愛なんて一つもしたことがなかった。
ブサイク代表で採用された私と、すべてが完璧な司先輩。例え一方的な片想いであったとしても、つり合いが取れなさすぎて笑っちゃうよ。
「ところで守は? 彼女はいないと思うけど、好きな子もいないの?」
「おい、バカにすんな。彼女は今たまたまいないだけだ。ついでに好きな子もな」
「嘘だよ。こいつ今まで彼女ができたことないんだって」
「あぁっ、バラすなよ、小太郎!」
「なーんだ。やっぱりいないんじゃない」
「うるさいな。香奈だって絶対付き合ったことないだろう!?」
「むっ! 私は部活が忙しかっただけだもん!」
「俺だってそうだ! それにな、俺はバレンタインデーにチョコを貰ったことは何度かあるぞ!」
「そんなの義理チョコでしょ? 私だって、ホワイトデーにいきなり知らない男の子からプレゼントを渡されたことがあるもんね!」
「いつの話だよ」
「……小学3年生?」
「けっ、ばーか! そんなのまだ思春期にも入ってねぇケツの青いガキの頃だろ! 無効だよ無効!」
「なんだとう!?」
守にだけはバカにされたくない。だって絶対、モテない子レベルは同等なはずだもん!!
ギリギリと睨みあう私たちの横で、小太郎が呆れたようにため息をこぼす。
「はい、そこまで。悲しい喧嘩はよそうか二人とも。まぁ、いい勝負ってことで」
イケメン小太郎の仲裁が入る。
超低レベルな私たちの争いは、互いの傷を深めあわないうちに終了した。