第2話 これってスカウト?
どうやら私に声を掛けてきた人は、S大アメフト同好会の第4代目主将、清田隆盛さんという方らしい。
身長は185センチくらい。とにかくでかくてゴツイ。
顔はなかなか整っていて、キリリとした男らしい顔だ。
そしてなぜか私は今、アメフト同好会の特設ブースに座らされ、その清田主将と1対1で面談中。
他の部員たちは全員総出で勧誘活動にあたっている。
「平川 香奈、法学部1年ね。趣味、走ること……走るってなんだ? マラソンか?」
『とりあえず書け』と無理やり記入させられた用紙を手に、清田主将が一人で話を進めていく。
「いえ、短距離です。陸上をやっていたので」
「ほう。レギュラーか?」
「えっと、一応」
「ふん。今は大学の近くに一人暮らし、と」
「はい」
どうする気ですか、主将? まさか本気で私にアメフトをしろと?
そんな不安でいっぱいの私に、清田主将がニヤリと笑った。
「よし、香奈。お前は今日からここBLACK CATSのマネージャー候補だ」
「えっ、マネージャーですか!?」
部員よりは遥かに現実的だけど……私がマネージャー?
この私が?
「あの、清田主将、失礼ですけれど、どうして私なんですか? 他に可愛い子いくらでもいますよ?」
男子部のマネージャーと言えば、美人で決まりでしょう? よりによってこんな私じゃ、他の部員たちもがっかりするに違いないよ。
「ここアメフト同好会BLACK CATS の歴代主将には、ある権限が与えられているんだ。ま、設立してまだたったの4年だから、伝統って程でもないけどな」
「ある権限、ですか?」
「そうだ。主将に選ばれたものだけに与えられた権限……それは、マネージャーの指名権だ。マネージャーの人数は最高5人まで。主将が独自に選考テーマを決め、マネージャーをスカウトする。その後1週間、仮入部で部員全員がそのマネージャー候補者の様子を見て、特に反対がなければ正式に入部となる。俺は今朝からここで、自分の決めた2つのテーマにふさわしい女を探していた。そして、見事そのうちの一人に選ばれたのが――お前だ、香奈!」
「私!? ……本当に?」
モテない女の子暦、18年。
こんな風に男の人に選んでもらえることなんて、一度もなかった。
あっ、あれ? なんだか胸がドキドキしてきた。これって、はじめてのときめきってヤツですか!?
……いやいや、まてまて、何かがおかしい。冷静に考えれば、ありえない。
「主将、ちなみにその、私が選ばれた選考テーマってなんですか?」
『男女』とか『最強のブス』とかだったら泣くからね!
まだほんの少しだけ期待を残しつつ尋ねた私に、清田主将がニッと笑う。
「二つの枠の一つ。お前が選ばれたのは……若紫枠だ!」
「若紫? 源氏物語の、あの若紫?」
「そう。若紫枠のテーマは、ずばり育てること。俺がお前を、男にモテる美しい女に育ててやろう!」
「へ?」
「お前、顔のつくりはよく見ればそこそこ整っているし、肌を綺麗にしてそのガリガリの身体と色気のない髪型を変えるだけでも十分見違えるはずだ。俺が毎週お前専用の特別メニューを組んで、トータルプロデュースしてやろう。俺の言う通りにすればお前は必ず綺麗になるぞ。どうだ、やってみないか?」
なんか分かりにくいけれど、これって少しは褒められているのかな? 見込みがあるってこと!?
やだ、嬉しい!! それに『若紫枠』って、なんか音の響きがいいよね!
「えっと、それはとてもありがたい申し出なんですが、何だかちょっと、アメフトとは関係ないような気が?」
「そりゃそうだ。これは単なる俺の趣味だからな。まぁ、ちゃんとマネージャーの仕事はやってもらうが」
「趣味?」
「そう。俺の好きなものは美容整形とダイエット食品のビフォー・アフター写真つき広告。趣味は競馬。もちろん常に、大穴狙いだ」
うわぁーんっ! 私の初ときめきを返せー!!!
いじけた私にすばやくお菓子とジュースを差し出した清田主将は、私を置いてさっさと残りのマネージャー候補を探しに行ってしまった。
「入部希望者が来たら受け付けておけだなんて、私はもう入部決定なの?」
ノートとボールペンを前にぶつぶつ文句を言いつつも、与えられたお菓子に手をつける。
そりゃあね、ちょっとショックだったけど、悪い気分ってだけじゃないよ?
今までどんな理由にせよ、他の人からこんな風に必要とされることなんてなかったしさ。
「そういえば残りのマネージャー候補って、どんな女の子を探してるんだろう」
若紫枠は私一人だけって言ってたから、もう一つのテーマで4人探してるってことだよね。
一体どんなテーマなの? 源氏物語つながり? それとも、特殊な才能を持つ子とか……。
まだ入部するかどうかは決まってないけど、気の合いそうな子だったらいいなぁ。
「――あ? 誰だ、お前」
少し怯えたような新入生(男)を勧誘してきたアメフトの先輩が、ブースに座り受け付け体勢を取る私をいぶかしげに見下ろしてくる。
「あっ、あの、清田先輩に頼まれまして」
「あぁ、例のマネージャー候補か」
「例の?」
「んじゃお前、こいつの仮入部を受付けておけよ」
あっさり去っていく先輩を見送り、同じ新入生とみられる男の子と気まずく顔を合わせる。
「あの、じゃあとりあえず、ここに名前と連絡先を……」
「あ、はい」
「えーっと……ありがとうございました?」
アメフトを知らない私に、入部予定者にかける言葉なんてあるわけがない。
ちゃんと入ってね、なんて言おうにも、私自身がまだこの部の部員じゃないんだし。
先輩たちが新入生を捕まえてくるたびに、「お前誰だ?」以下、同じような会話が繰り返される。
だんだん受け付け作業も慣れてきた頃、満面の笑みを浮かべた清田主将が、めったにお目にかかれないほどの美少女を連れて戻ってきた。
色白で、大きな瞳はパッチリ二重。緩めのパーマを掛けてあるのか、ふわふわの柔らかそうな長い髪……。
その美少女は清田主将ともう一人のスタジャンを着た先輩に両腕をがっしりと捕まれ、やっぱり怯えたような表情を見せている。
「ま、とにかく座ってくれ」
女の子が主将に促され、本当にしぶしぶといった感じで椅子に座る。
「香奈、ジュースとって」
「はい」
クーラーボックスに冷やしてあったジュースを手渡す。清田主将はそれを美少女に差し出し、私の時よりもはるかに愛想のいい笑顔をふりまきながら話し始めた。
「さて、さっき少し話したマネージャーの件なんだが、もう少し詳しく説明をしよう。けが人の治療や練習の手伝い、その他にも色々とマネージャーの仕事はあるんだが、力仕事はすべてこの平川香奈が担当するから大丈夫だ。なに、そんな大変な仕事はない。君ができる範囲でいいから手伝ってもらえないかな?」
――ちょっと待て、主将。
態度も言葉づかいも違いすぎるし、今なんて言った!?
「ちょっと主将! 私、力仕事専門なんて聞いてませんよ!」
脇腹をつつき小声で抗議すると、清田主将は美少女に見えないよう顔を隠し、ギロリと私を睨みつける。
「黙ってろ! お前だって一人でやるより何人かいてくれたほうがいいだろうが!」
「そっ、それはそうですけど……」
口をつぐんだ私の隣で、また清田主将は優しい笑顔を作り美少女に向き合う。
「入ってくれたら色々と便利なこともあるぞ。たとえば試験の際のノートや資料集めとか、練習後の晩飯をおごったりだとか――」
その後も甘い言葉を並べたてた清田主将は、無事もう一つの選考テーマ「癒し系美少女枠」に合致する美少女4人を仮入部させることに成功した。