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第16話 打ち上げ

「お疲れ様でした!」

「乾杯っ!!」

 春季リーグ初戦を見事白星でかざった、その日の夜。司先輩の家でRBの飲み会が開かれることになった。


「本当にお疲れ様でした。司先輩も岡田先輩もすごかったですね、感動しました!」

 隣に座る岡田先輩に目を向けると、先輩が照れくさそうに微笑む。

「ありがとう。香奈ちゃんもよく頑張ってたね」

 とってもシャイで優しい岡田先輩は2年生。アメフト部員にしては小柄な人で、去年までは控えの選手だったと聞いたけれど、そうとは思えないぐらい落ち着いてプレーしていたよね。


「俺はやっぱり、開始直後の司先輩のタッチダウンが一番印象的だったな」

 小太郎の言葉に大きく頷く。

「私も! 岡田先輩がボールを持っているとばかり思っていたから、途中で気付いて驚きました。慌てて司先輩を探したら、もうだいぶ先まで走っているし……。最後のディフェンスとか弾き飛ばしていましたよね!」


 敵をいかに欺くかという頭脳戦。ラインとラインのすさまじい攻防戦。

 そして鮮やかなテクニックとパワーを見せつけた司先輩の走り。

 もうすべてが凄くって、今でもまだ興奮状態が続いているみたいだ。


「本当に先輩たちみんなカッコよかったです! RB(ランニングバック)で独走タッチダウンもいいけど、今日の試合を見ていたらラインにも憧れちゃいました。私もマッチョな男の子に生まれていれば、DL(ディフェンスライン)とかになって敵にドーンと突っ込んで行けたのになぁ……。もう少しパワーをつけたら、ラインの先輩のアフターとか、ちょびっとだけ参加させてもらえませんかね」

「やめろ。お前とあたる相手がいい迷惑だ」

 司先輩から本当に迷惑そうな顔で冷たく言われ、興奮がシュルシュルと治まっていく。


 無理ってことぐらい、最初から分かってたもん。ほんの冗談のつもりで言ったのにな……。まぁ、ちょっとだけ本気も含まれていたけどさ。


 しばらくいじけたままお酒を飲んでいたけれど、そういえば、と気を取り直す。

 ダメダメ、これぐらい気にしちゃダメだって。司先輩の冷たい言葉の裏には、見えにくい優しさがたっぷり隠されているんだもんね。


「パワーといえば香奈ちゃん、清田主将にプロテイン禁止されただろ」

「えっ、小太郎なんでそのこと知ってんの?」

「この前、『香奈にプロテイン飲ませたの誰だ』って清田主将に聞かれてさ、守がこってり叱られてたよ」

「いや、笑いごとじゃないって! 清田主将のあの顔、マジで怖かったんだって!」

「うんうん、分かるよ、私も怖かったもん。『お前に必要なのは筋肉じゃねぇ! プルプルの脂肪だ!!』って怒鳴られてさ。眉間にくっきりシワが寄ってたもん」

 あんな怖い顔、普段の練習でも見たことないよ。


「でも香奈ちゃん本当に変わってきたよね。肌が綺麗になったし、前より女の子っぽくなったよ」

「ほ、ほんと?」

「うん、変わったね」

 小太郎の言葉に、岡田先輩が優しく頷いてくれる。

 チーム1、2と言われる優しい二人。その言葉を真に受けてはいけないと分かっているけれど、勝手に顔が緩んできてしまう。


 確かに、ニキビは激減した。まだ少し残ってはいるけれど、今まであんなに長い期間苦しめられていたのが嘘のように、一気にスーッと減ってきた。

 間違いなく清田主将と麗子さんのおかげだよね。いっぱいありすぎて、どのアイテムが効いたのかはわからないけれど。

 清田主将自作の注意事項も良かったのかもしれない。夜は早寝しろとか、チョコ、クッキー、スナック菓子などの油分の多いお菓子、ジュースは禁止とか。


 夕飯はなるべく『ゆり』に行けという注意事項もあったんだけど、なんと主将は店主の百合さんにまで手を回していた。

 私が行くと、あまり脂っこくない栄養バランスの良さそうな特別メニューが勝手に出てくるのだ。

 おかげさまでとっても体調がいい。便秘もすっきり解消。少し体重が増えて、今までのガリガリで筋肉ばかりが目立っていた体型が若干カバーされてきたような気もする。

 入部してから、まだたったの1ヶ月しかたってないんだよなぁ。さすが清田主将。その趣味にかける情熱はハンパない。

 他人から見ればただの変人でも、私にとっては神様だ。




*****




「司先輩、司先輩も香奈ちゃんのこと変わったって思いませんか?」

 小太郎に問いかけられ、期待たっぷりな眼差しで答えを待つ平川に目を向ける。

「……さぁな、元を忘れた」

 平川が分かりやすく肩を落とし、項垂れた。


 確かに、だいぶ変わったよな。

 顔が細く小さくて、少し垂れた大きな目とニキビの赤みばかりが目立っていた以前に比べれば、今はだいぶ頬に肉がついて丸みを帯びてきたし、肌も綺麗になってきた。

 

 泉川が言っていたが、こいつはラグビー部では結構人気があるらしい。

『明るくてよく働いてくれて、小さくて可愛いから』だそうだ。

 明るくてよく働く、小さいというところまでは分かるが、そんなに騒ぐほど可愛いか? こいつ。

 まぁ、心の変化と共にころころ変わる表情も、単純すぎる性格も、可愛いといえば可愛いのかもしれない。――ペットの犬や猫と同じように。

 いつ泉川と平川が接触したのかは知らないが、泉川はやたらと平川のことを『磨けば光る、絶対可愛くなる』と気に入っている。

 あの女の好みにうるさい泉川と清田主将が目をつけるのだから、十分見込みはあるということなんだろう。


 平川はまだ落ち込んだ顔で俯いていて、意味もなく手にしたビールの缶をくるくると回している。

 小太郎が物言いたげな目を向けてくるが、あえて無視した。


「ところで守。お前ちゃんと毎朝走っているか?」

 平川との賭けをしたあの走り込み、守はバックス陣で最下位だった。

 短距離を競う40ヤード走でも、チーム全体の19位。

 男に混ざって走りこみでチーム5位、40ヤード走でも堂々5位の記録を出した平川と比べ、体力もスピードもなさすぎる。


「あー、朝ですか? まぁ、ぼちぼち」

 絶対走ってないな、こいつ。

「お前、このままだと清田主将から他のポジションに回されるぞ」

「えぇっ、マジっすか!?」

「守、朝起きるの苦手なの? 私、毎朝6時に起きて走ってるから、朝電話して起こしてあげようか?」

 焦る守を心配して、平川が声をかける。

 こいつ、やっぱり今も毎朝トレーニングを続けているのか。


「いいよなぁ、香奈は足早くって。お前の脚力があれば俺も余裕で活躍できんのになー」

「守は努力が足りないんだよ。お菓子ばっかり食べてゴロゴロしてるじゃない。私にしてみれば男の子ってだけで羨ましいのに」

 冗談めかして言っているが、きっとこれが平川の本音なんだろう。

 さっきDL(ディフェンスライン)になって敵に思いっきり突っ込んで行きたい、と言っていた時も、目が本気だった。

 こんな小さい女にぶつかられるほうの身にもなってみろ、恐ろしい。うっかり跳ね返しただけで大きな怪我をさせそうだ。


「守、お前いっそ平川と一緒にマネージャーでもするか?」

「えぇっ!? いっ、いえ! 明日から必ずランニングします! 誓います!」

「平川、毎朝電話でこいつを叩き起こしてやれ」

「はいっ! 一人だとさぼっちゃいそうだから、一緒に走るようにしますね!」


 平川が嬉しそうに笑って頷いた。





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