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第15話 春季リーグ戦

 風薫る、5月――

 春季リーグ戦の開幕が近づき、練習中の緊張感もぐっと高まってきた。


 今まで気にしたことがなかったけれど、BLACK CATSの昨シーズンの成績は、1部リーグ第4位だそうだ。

 4位と聞くと大したことはなさそうに思えるかもしれないけれど、結成3年目でのこの成績は、まさに奇跡的な快挙といえるものらしい。


 私たちが住んでいる地域にはアメフト部のある高校がなくて、関東の大学のようにアメフト経験者が入部してくるということはあまりない。

 だからどこの大学もそんなに際立って強いわけじゃないのだけれど、やっぱり歴史あるチームは部員数も多いし、優秀なコーチ陣がついている。

 BLACK CATSの結成時には、たまたま関西の高校からやってきたQB(クォーターバック)経験者(当時2年生)と、同じく関東の強豪チームで活躍していたという大学関係者がいて、短期間で形を作り上げることができたらしいけれど、ここ2年の快進撃はひとえに司先輩の走りによってもたらされたものなのだそうだ。


 いよいよ今日は初戦。K大GOLD LIONS との戦い。

普段の練習の時とは一味違い、試合用のユニフォームに着替えた先輩たちはとても凛々しく見える。

 下はシルバーのピタッとしたパンツで、上は光沢のある黒。その少し分厚いメッシュ地のユニフォームにはBLACK CATSというチーム名が銀色の文字で書かれており、背中、お腹、肩にはそれぞれの背番号が記されている。

 1年生部員はまだ試合用のユニフォームを持っておらず、今回は全員、応援と記録、雑用担当だ。


「香奈、手ぇ空いたらこっちも頼む」

「はい!」

 試合前のウォーミングアップが始まるまでに、慌ただしく先輩たちにテーピングを巻いていく。足首の保護、肉離れ予防、突き指予防など種類は様々だ。

「おい、香奈見てみろよ! あっちはチアガールの応援つきだぜ!」

「あ、ほんとだ。うちの大学のチアは来てないんだね」

「マネージャーも4人ぐらいいるな。おっ、かわいい子発見!」

「ちょっと守、浮かれすぎだよ。先輩たちの様子を見てみなよ」

 明らかに浮いている守に小声で注意すると、さすがに空気を読み取ったらしくて、慌てて口をつぐんでいる。

 相手チームに目を戻すと、確かにマネージャーは美人ぞろいのようだ。

 ただ、これから試合だというのに、対戦相手である司先輩たちを見てキャーキャー言うのはちょっとどうかと思うけど……。

 もしうちのチームに入っていたなら、速攻で司先輩本人に叩き出されていただろうな。


「香奈ちゃん」

「あっ、泉川先輩! こんにちは。司先輩の応援に来られたんですか?」

 今日の泉川先輩の格好は、ジーンズにシンプルな長袖のシャツ。

 さらさらの黒髪と綺麗な笑顔。やっぱり泉川先輩は「和」のイメージだなぁ。

 首の太さとジーンズの太もも回りが、いかにもスポーツマンって感じだけど。

「うん、司の応援。香奈ちゃんにとっては初試合だろ? 頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

 試合前だからか、泉川先輩はそれだけ話すと笑顔で手を振り離れていく。

 ウォーミングアップを終え試合前の準備もすべて整ったころ、いよいよ試合開始の時刻となった。


 清田主将、泰吉先輩、翼先輩の3人が、フィールド中央にいるレフリー(審判)たちの元へと向かう。

 相手チームの主将と副将も出てきて、二校の代表が向かい合うように並び、レフリーからの注意事項に耳を傾ける。

 そのあとは先攻、後攻を決めるコイントス。

 リターン(先攻)を選択した清田主将たちが、走ってベンチへと戻ってきた。


「リターンチーム!!」

「おっし、行くぞっ!!!」

 オフェンスの先輩たちを中心としたリターンチームのみんなが、気合の入った声を上げてフィールドに駆け出していく。

 さあ、いよいよキックオフ!

 相手チームが大きくキックしたボールを司先輩がキャッチし、リターンする(敵陣に攻め込む)ところからゲームが始まった。


 ――うわぁ、すごい! 先輩たち、みんなめちゃくちゃカッコいい! 


 ボールを持つ司先輩を守るように、他の先輩たちが司先輩の前や横を走り、向かってくる敵を食い止める。

 その真剣な表情と荒々しさに、普段おちゃらけてばかりいる先輩たちの新しい一面を垣間見たような気がして、一気に興奮が高まってきた。

 フィールドの中央付近まで進んだ司先輩が、激しい敵のタックルで止められる。

 何人もの選手が重なり合うように倒れているのを見て、怪我はないかとハラハラしていたけれど、先輩たちは何事もなかったかのようにあっさりと立ち上がった。


 あぁ、よかった! どうか誰も酷い怪我をしたりしませんように。

 さぁ、いよいよファーストダウンの攻撃だ!


「ハドル!!(作戦会議)」

 QB(クォーターバック)翼先輩の元にオフェンスチームが集まり、翼先輩が次のプレーの指示を出す。

 どうやらこの作戦会議にも時間制限があるらしくて、翼先輩の話が終わるとパッと解散し、走ってそれぞれのポジションに移動していった。

 さっきボールが止められた地点をはさみ、BLACK CATSオフェンスとGOLD LIONSディフェンスが低く構えて睨み合う。


 各ダウンのプレー開始前には、OL(オフェンスライン)のほぼ中心にいる、C(センター)と呼ばれるポジションの選手が地面に置かれたボールを手で押さえている。

 その真後ろには、QBの翼先輩。

 翼先輩が敵に見えないように自分のお尻の辺りで指を2本立ててチョキみたいにしてるのは、2回目のハットの合図でプレーをスタートするぞというサイン。

 司先輩は翼先輩よりさらに後方で構えていた。


「セット! ハットハット!!」

 翼先輩の声を合図に、センターが股の間から翼先輩にボールを渡す。

 ほぼ同時に、オフェンス・ディフェンス全員がはじかれたように動きだした。


 翼先輩がボールを持ったまま素早く後ろに下がる。

 敵ディフェンスが翼先輩を倒してボールを奪おうと押し寄せ、それをOL(オフェンスライン)の先輩たちを中心に、レシーバーと翼先輩を除いた全員で必死に抑え、時間を稼ぐ。

 翼先輩が前方に向かって走る泰吉先輩めがけ、ものすごいスピードでパス!

 振り返って見事キャッチした泰吉先輩が、その場でディフェンスに倒された。


「うっわ、すごい迫力だな。今のパス成功で8ヤード進んだのか」

 隣に立っていた小太郎が感動したように呟く。

「うん、それにすごいスピードだよね! あっという間に1プレーが終わっちゃう」

 ハットの合図からプレーが終わって審判のホイッスルがなるまで、ほんの数秒しか経ってない。

 あのすべてが目まぐるしく動く状況の中、瞬時にいろんな判断を下して動ける先輩たちって本当にすごいと思う。私なんて、ボールの動きを目で追うだけで精一杯なのに。


 興奮も冷めやらぬうちに、セカンドダウンの攻撃が始まった。

「セット ハット!!」

 司先輩と3年生RB(ランニングバック)の岡田先輩が、ボールを差し出す翼先輩の後ろで交差するような動きをする。

「えっ? 誰がボールをもらったの!?」

 ボールを胸に抱え込むようなしぐさをして走っていた岡田先輩は、実はおとりだったみたい。

 慌てて司先輩の姿を探せば、実際にボールを持っていた司先輩はすでに10ヤードの地点を越えていて、敵のディフェンスをまた一人かわすところだった。


「すごいっ!! 司先輩、あと一人っ!!」

 最後のディフェンスが必死に追いすがるけれど、司先輩がそれを弾き飛ばす。

 後ろから敵が追ってきているけれど、司先輩のあのスピードならもう絶対追いつけっこない。

「行けっ、司!!」

 ベンチで控えるディフェンスの選手たちが声援を送る。

 司先輩はそのままどんどん加速して、エンドゾーンへ。

「おっしゃ、タッチダウーン!」

「きゃー、やったぁ!! 先輩すごいっ!!!」

 司先輩の元にフィールド上にいたオフェンスの先輩たちが笑顔で駆け寄っていく。先輩たちは司先輩に思いっきり抱きついたり、背中をバンと叩いたりして喜び合っていた。


 うわぁ、本当にいいなぁ、こういうのって。

 司先輩の足は確かにすごいけれど、それだけじゃ得点は決められない。

 11人みんなで勝ち取ったタッチダウンなんだ!


 もう一度、両チームが位置につき、向かい合う。

 タッチダウンを取った後は、一度だけ追加点のチャンスが与えられるものらしい。

 トライフォーポイントといって、今タッチダウンを決めたエンドゾーンから3ヤードほど手前、そこからもう一度だけ攻撃をすることができる。

 キックでゴールポストを狙い、2本の棒の間をボールが通過すれば1点。

 ランかパスでエンドゾーンにボールを持ちこむことができれば、2点が追加される。


 どうやら今回は確実に点を稼ぐため、キックでゴールを狙うみたいだ。

 キッカーは翼先輩。――そっか、翼先輩もサッカー部出身だもんね。

 プレー開始。センターから受け取ったボールを素早く一人の先輩が地面に置き、翼先輩が蹴り上げる。ボールは綺麗な弧を描き、見事ゴールポストの真ん中を越えていった。


 よし、これで1点追加! 7対0だ!




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