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第12話 新歓コンパ(1)

 アメフト同好会に入部して、はや3週間。


 私は今日、入学式で着たオフホワイトのスーツに身を包み、大学からそう遠くない大きな繁華街に出て来ている。

 なぜかというと、今日はBLACK CATSの新入生歓迎コンパ、いわゆる新歓コンパの日だからだ。

 新歓コンパにはみんなばっちりスーツを着て集合し、記念写真を取るというのが伝統の一つらしい。

 ちょっと面倒臭いけれど、みんなのスーツ姿を見られるのは楽しみかも……。私も今日のために、昨日部活が終わってから麗子さんの美容室で髪を切ってもらったしね!


 清田主将の指示通り『麗子さんにおまかせ』でお願いしたところ、とっても女の子らしいボブカットに大変身。

 今まで実家の近所のおばちゃんがやっている美容院で、『おばちゃんにおまかせ』で切ってもらっていたけれど、やっぱりお洒落な若い女性が切ると違うものらしい。

 似合う似合わないは別として、この髪型を見て男の子だと思う人は少ないはず。

 その上、肌もだいぶ綺麗になったと褒めてもらい、今日はとっても足取りが軽い。

 思わず笑顔でスキップしそうになった時、後ろから聞きなれた声で呼びとめられた。


「香奈!」

「あれ? 小太郎、育太、守! 3人で一緒に来たの?」

「うん。アメフト用品で買いたいものがあったから、先に集合して見てきたんだよ」

 小太郎がすっきり整った顔で優しく笑う。

 さらさらの茶髪にお洒落なスーツが良く似合っていて、かっこよさ倍増だ。


「香奈ちゃん、髪切った?」

「うん、昨日麗子さんに切ってもらったの!」

「あぁ、清田主将の彼女の……。すごく似合ってるよ、可愛くなったね」

 さすが小太郎。お世辞をお世辞と感じさせない、完璧な笑顔。

「へへ、ほんと? ありがとう」

「香奈、お前スーツ着ても中学生に見えるってすげぇなぁ!」

「守だってスーツに着られてる感じじゃない。なんでもっとサイズの合ったやつにしなかったの?」

「あ? これからまだ身長伸びるかもしれないだろ?」

 いやいや、もうさすがに伸びないでしょ?

 男の子で170センチそこそこっていうのは、やっぱりちょっと気になるものらしい。


「育太は……スーツ姿だと、ますます大きく感じるね」

「そうか?」

「うん」

 とても本人には言えないけれど、巨大さ・危険度倍増って感じだ。和風の豪邸で用心棒とかやっていそう。

 可哀想に。本当はとっても優しい人なんだけどな。


「香奈ちゃん、店の場所分かる? 俺たち自信なくて」

「うん、多分分かると思うよ。一緒に行こっか」

 四人揃ってわいわい騒ぎながら、繁華街の一角にある今日の会場へと向かう。

 着いた先は古びた中華料理店。係りの人に案内されたのは、店の2階にある広い座敷だった。

 長いテーブルで宴会用の席が組まれ、前方のステージにはなぜかカラオケセットまで用意されている。


「おう、お前ら遅せぇぞ!」

「あっ、すみません」

 泰吉先輩の声に、慌てて靴を脱ぎ中に入る。

「まずは写真撮るぞ。一年が最前列、あとは適当に並べ。新入部員の勧誘にも使うから、愛想よく笑えよ!」

 清田主将の指示に従い、急いで位置につく。

「司、育太、お前ら特に怖いツラしてんだから、笑えって」

 思わず後ろを振り返る。司先輩は清田主将の言葉も気にならないのか、相変わらずの無表情でカメラを見つめていた。


 無事数枚の写真を撮り終えると、いよいよ先輩たちから順に宴会仕様の席についていった。一年生の席はバラバラで、どうやら先輩たちの間に一人ずつ入るよう決められているらしい。

「香奈、お前はここだ」

「え」

 指さされたのは、清田主将と泰吉先輩の間という、どう考えても最悪のポジション。

「なんか文句あるのか」

「い、いえ」

 泰吉先輩に凄まれ、慌てて腰を下ろす。

 清田主将の短い挨拶の後、大宴会が始まった。


 ――そう、まさしく大宴会。

 先輩たちは恐ろしいほどの勢いで料理とビールを空けていく。

 そして当然のごとく、私も初のお酒を飲まされる羽目になってしまった。

 お酒の瓶を片手に、先輩たちが列をなして新入部員にお酒を注いで回る。

 もうおなかはタプタプ。顔は真っ赤。

 見かねた小太郎が助けに来てくれて、パートリーダーの司先輩に挨拶に行くという理由で連れ出してくれた。


「香奈ちゃん大丈夫か? 酒飲んだことなかったんだろう?」

「うん、初めて。顔が熱いし、おなかが苦しいよぅ」

「司先輩だったら無理に飲ませたりしないと思うから、しばらく避難していなよ」

「う、うん」

 小太郎に支えられ、司先輩の席へと連れて行ってもらう。


 司先輩とは、あの勝負のあと以前よりはだいぶいい関係になれたような気がする。

 決して優しくはないし私にはまだ1度も笑顔を見せてくれたことはないけれど、多分私がいることは今でも不本意で目障りなはずなのに、先輩はそれを表に出さないよう気を付けてくれているみたいだ。

 パート練習ではちゃんと手伝いをさせてくれるし、RBのメンバーで夕食を食べに行く時にも一緒に連れて行ってくれる。


 どこのパートも、パート内での上下の繋がりって強いみたいで、ちょくちょく先輩にご飯をおごってもらったり、家での飲み会に誘われたりしているみたいだ。

 司先輩も小太郎や守にはごくたまにだけど笑顔を見せていて、後輩を大切にしているんだなっていうのが伝わってくる。

 司先輩の笑顔はその走りと同様にものすごくカッコよくて、直接私に向けられたものではなくても、神様ありがとう! って感謝したくなるほどの代物だ。


「司先輩、ちょっと香奈ちゃんを避難させてもらえますか?」

 小太郎が司先輩の返事を待つことなく、先輩の隣に私を座らせる。

「今、お茶をもらってくるから待ってて」

「ありがとう、小太郎」


 小太郎が去り、先輩と二人でその場に残される。

 露骨に嫌な顔をされていたらどうしようと思うと、怖くて先輩の顔が見られない。俯いたまま、とりあえず謝ってみた。

「司先輩すみません。ちょっとだけ休ませてもらったら、すぐ戻りますから」

「お前、酒弱いのか?」

「えっと、今日初めて飲んだので分かりません。でも多分、弱いんだと思います」

 司先輩が小さくため息をつく。

「お前、サルの尻みたいに真っ赤だぞ。飲めないのならきっぱり断れ。それができないのなら、潰れた振りをしてそこで休んでいろ」


 ――あれ? 今そこで休んでろって言わなかった? ……私がここにいてもいいってこと?

 おそるおそる顔を上げると、少し呆れ顔の司先輩と目が合う。相変わらず冷たい表情だけど、多分怒ってはいないみたい。


「ありがとうございます」

 あぁ、間近で見るとやっぱり司先輩が一番カッコいいなぁ。

 先輩はスーツのジャケットを脱ぎ、素敵な紺のネクタイを緩めてシャツのボタンを開けている。

 まくられた袖から覗くのは、鍛えぬかれた逞しい腕。


 ――おおう、似合う、似合いすぎる。

 カッコいい人ランキングをつけるとしたら、1位、司先輩、2位、泉川先輩(ラグビー部)、3位、小太郎、4位、翼先輩って感じかな。あ、これって単に私の好みか。 

 こんなにカッコいいんだもん。沢山の女の子に囲まれて本当に大変だったんだろうな、可哀想に。

 美形は大変だ。ただ眺める側の私としては、綺麗なものを見れて純粋に嬉しいし、幸せな気分を分けてもらっているけれど。


 お茶を手にした小太郎が戻ってくる。

「香奈ちゃん、これ飲んで」

「ありがとう、小太郎。いろいろとごめんね」

「いや、あの席は辛いよね。二人とも異様に酒が強そうだし」

 小太郎が苦笑しながら振り返る。

 清田主将と泰吉先輩は全くペースを緩めることなく、おいしそうにお酒を飲んでいる。

「小太郎、お前も4年ここにいれば、嫌でも強くなるぞ」

「かなり鍛えられそうですね。酒屋の息子としては望むところです」

 司先輩がふっと表情を緩め、微笑んだ。



 ――どれぐらい時間がたったんだろう。

 早く終わってほしいと思えば思うほど、宴会は終わる気配なく長引いていく。

 同じように小太郎の手で救出されてきた守とこっそりお茶を飲んでいると、急に電気が消え、部屋の中が真っ暗になった。


「えっ! なになに、停電!?」

「……やっぱり今年もやるのか」

 すぐ側で、司先輩のため息交じりの声が聞こえる。

 え、今年も!? 今年もって、一体何が? 

 ビクビクしながら様子を窺う。すると急にノリのいい音楽がジャカジャカと流れだし、スポットライトがぐるぐる回りだした。


「ぎゃっ!! 村田先輩、岡先輩!?」

 ぴたりと止まったスポットライトに照らしだされたのは、素っ裸でびしっとポーズを決める四年生ラインの先輩二人。

 いや裸は裸なんだけど、手に二つの洗面器を持っていて前を上手に隠している。

 呆然と見つめる私の前で、先輩たちが音楽に合わせ、ノリノリのモデルウォークで歩き出した。

 歓声やヤジに晴れやかな笑顔で答えつつ、先輩たちが席の間を縫いぐるりと回っていく。

 だんだん近づいてくる二人を見て、全身にぞわりと鳥肌が立った。


 ――うわぁ、いやだ! こんなの絶対間近で見たくない!! あぁっ、そんなにくねくねしたらお尻がぁっ!!!


 ひぃっと悲鳴を上げ司先輩の後ろに隠れたけれど、それが却ってまずかったらしい。

 にやりと笑った先輩たちの目は、確実に私をロック・オン。

「やだ! 来ないでくださいっ!!」

 ぶんぶん首を振って拒絶する。

 その時マイクを通し、泰吉先輩のしゃがれ声が部屋中に響き渡った。

「香奈、これがBLACK CATSの伝統の一つ。新歓コンパでの洗面器踊りだ」

「なんでこんな伝統作るんですかっ!? 警察に捕まりますよっ!!」

「よく見てみろ。海パン履いてるから大丈夫だ」

「うそだっ!! さっき真っ白なお尻が見えてたもんっ!!!」

 そのやり取りの間にも、洗面器踊りの先輩たちの気配は着実にこちら近づいてきている。

 そう、すぐ間近に、もうごくごく近くに。

「こーなーいーでーっ!!」

 縮こまって叫んだ私の頭に、コツンと何か硬いものがのせられる。

 え、これって……もしかして洗面器?

「んぎゃーっっ!!!」

 叫びすぎた私は、一気に吐き気をもよおした。




「ううっ……育太ぁ、ごめんねぇ?」

 口を押さえた私を抱え、速攻で女子トイレへと駆け込んでくれたのは育太だった。

 そのまま文句ひとつ言わず、トイレを独占している私の背中を擦ってくれている。


 もう、本当に最悪だ。

 気持ち悪いし、見たくないもの見せられたし、優しい育太にこんな醜態まで……。

「気にするな。飲ませた先輩が悪い。ついでにあの伝統も趣味が悪すぎる」


 何とか吐き気は収まったけれど、一気にお酒が回ったのか、ぐったりしていて立ちあがれない。

「家まで送っていく。荷物を取ってくるから、ここで待ってろよ」

 育太の言葉になんとか頷く。

 トイレの外にあるベンチで横になると、目を閉じた。



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