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第11話 もう一人の美形登場

「お疲れ様でした!!」


 最後の挨拶を終え、疲れ切った体を少し休めようと、グラウンド脇にある芝生の場所へ向かう。

 ついこの前ボールを拾いに来て偶然見つけた、ちょっとお気に入りの場所。

 緩い下り斜面になっているその場所には日陰を作ってくれる大きな木があって、人目につきにくい上に綺麗に芝が刈り込んであり、とっても寝心地が良さそうだったのだ。


「あぁー、疲れたぁ!」

 芝生の上にどさりと倒れこむ。

 思っていたとおりのフカフカ具合。ほのかに香る草の匂いもいい感じ。


 この達成感、そして心地よい疲労感は久々だなぁ……。

 生まれて初めて、心の底から幸子にありがとうって言いたい気分。

 6年間陸上を頑張ってきてよかった。そして引退後も毎朝かかさずにトレーニングを続けてきてよかった。

 私、もうランニングバック(RB)のパートの一員になれたんだよね。

 いままでさりげなく覗き見していた司先輩の華麗な走りも、これからは堂々と間近で見ることができるんだ!


 嬉しくて、嬉しくて、大きな声で叫んじゃいたい気分。

 爽やかな風が、疲れた体を優しく癒してくれる。


 ――みんなまだたっぷりアフターやるだろうし、いっそこのまま昼寝でもしちゃおうか。

 ほんのひと眠りだけ。それぐらいなら怒られないよね。


 目を閉じれば、木の葉を揺らす風の音と、どこかの部の掛け声が遠くから響いてくる。

 すぅーっと意識が薄れかけた時、頬に冷たい何かがピタッとあたった。


「ひゃあっ!!」

「あ、ごめん」

 飛び起きた私の前で微笑んでいたのは、見た事のないかなり美形な男の人。

「えっと……?」

これって、ラグビー部のユニフォームだよね?

「初めまして、アメフト部のマネージャーさん。すごい走りだったね、驚いたよ」

「あ、ありがとうございます」

よく冷えたスポーツ飲料のペットボトルを差し出され、戸惑いつつもありがたく頂く。

その人が隣に腰を下ろし自分の分を飲みだしたので、私も蓋をあけつつ、その横顔をこっそりと観察してみた。


 ツヤのある綺麗な黒髪に、涼しげな目元。鼻筋もきれいに通っていて、やっぱり文句なしにかっこいい。

 司先輩とはまた違う、黒髪の和風正統派美形って感じかな。うん、お茶の家元とか似合いそう。

 でもそんな人が、私に一体何の用だろう。


「あの、さっきのを見ていたんですか?」

「うん。最初は司がマネージャーの子と何かやりあっているな、と思っていたんだけどね。練習が終わってふとアメフトのグラウンドを見たら、君もスタートラインに立っていただろう? ただの練習にしては応援が盛り上がりすぎていたし、うちの部員もほぼ全員見ていたと思うよ」

「うわぁ、恥ずかしいです」

 もう必死すぎてなりふり構わずに走っていたから、すごい形相をしていただろうなぁ。


「君、陸上経験者だよね?」

「はい」

「やっぱり。走るフォームがすごく綺麗だったもんね」

「あの、さっき司って呼んでましたよね? 司先輩のお友達なんですか?」

「うん。俺もあいつと同じ経済学部の3年で、入学した時からの付き合いなんだ。今も同じ教授のゼミに入っているんだよ」

「そうなんですか」

「あ、名前を聞いていなかったな。俺は 泉川 拓哉。君は?」

「平川 香奈、法学部の1年です」

「香奈ちゃんね。ところで、さっきは何の勝負をしていたの?」


 泉川先輩の優しい雰囲気につられ、清田主将にRB担当のマネージャーになれと言われたこと、司先輩に拒否されたこと、そして司先輩と賭けをするようになったことを説明した。


「そっか。香奈ちゃんも大変だね。司はいいやつなんだけど、女の子には本当に冷たいからなぁ」

「男の人には優しいんですか?」

「そうだね、態度も言葉もそっけないから誤解されやすいけど、意外と面倒見のいい優しいやつだよ。――香奈ちゃんさ、もし司にいじめられてアメフトのマネージャー辞めたくなったら、いつでもうちにおいで。最近、ラグビー部で香奈ちゃんのことが結構評判になっているんだよ、あんなに良く働いてくれる子はなかなかいないって。もし来てくれるなら、部員全員で歓迎するよ」

「本当ですか!?」


 ラグビー部といえば、数あるS大運動部の中でも文句なしに1番の成績を誇る、歴史ある名門部だ。全国大会でも毎年優秀な成績を収めている。

 たしか部内の雰囲気を緩めたくないという理由で、今まであえて女子マネージャーは採らないようにしていたはず。

 そのラグビー部の人たちに、お世辞とはいえそんな風に言ってもらえるなんて……!


 頑張ってきてよかった、なんてジーンと幸せに浸ってみたけれど、すぐにいやな記憶が頭をよぎる。

 ――あぁもう、駄目だって。

 なんでも簡単に信じちゃうのは、私の悪い癖だ。

 あの名門ラグビー部のメンツが、私なんかを相手にするわけないじゃん。


「泉川先輩の嘘つき。ラグビー部は女子マネージャーを入れないって有名ですよ? いざ私がラグビー部に入りたいって言いに行ったら、『信じてんじゃねーよ、ブス』とか言ってみんなで笑いものにする気でしょう? アメフトの先輩たちからどう聞いているのか知りませんけど、もう、そうそう簡単には騙されませんからね!」

「えっ?」

「あ、それとも『あいつを入れると結構いいパシリになるぞ』とか泰吉先輩あたりに言われたんですか? 嫌ですよ、私。女子大生の夜の全力疾走って、毎回かなり冷たい目で見られているんですから。これ以上パシられたら堪りません」


 きっぱりと断ると、泉川先輩がますます目を丸くする。

「……香奈ちゃん、アメフト同好会で、一体どんな扱いされてるの?」

 あれ? 本当に知らなかったのかな。

 まだちょっと疑いを持ちつつも、清田主将に勧誘された時から順を追って話してみる。

 話を終えたころには、泉川先輩は綺麗な顔をおもいっきり崩し、肩を揺らして笑っていた。


「香奈ちゃん可哀想に! こんなに可愛いのにね!」

「いや先輩、さすがにその言葉を真に受けるほど私頭悪くないですよ。自慢じゃないけど、私が可愛いって言われたの、小学生の頃父親に言われたのが最後ですもん」

「お父さんが最後か! それは悲しいな!」


 うーん、文句の付けどころがないイケメンから言われると、もの悲しさが倍増するのはなぜだろう。

神様ってば不公平だ。きっと泉川先輩は自分の外見に悩んだことなんて一度もないに違いない。

一度ぐらい眉毛が全力でつながって困ればいいのに。

「くくっ、笑ってごめんね。でも本当に、香奈ちゃんは可愛いと思うよ。いまはちょっと肌が荒れているだけで……」

 先輩がいきなり、その大きな手を私の顔に向かって伸ばしてくる。

 何をしたいのか分からず固まっていると、グラウンドの方から私を探す小太郎の声が聞こえた。


「おーい、香奈ちゃん大丈夫か?」

「あっ、いけない!」

 私、何も言わないで来ちゃったんだ!

「ごめん小太郎! 今戻る!! ――泉川先輩、飲み物ありがとうございました。私そろそろ戻りますね」

「うん、じゃあまたね、香奈ちゃん」


 また会うことなんて、あるのかな? 

 一瞬そう思ったけれど、いつも隣のグラウンドで練習しているんだし、きっとすれ違うことぐらいはあるだろう。


 泉川先輩に頭を下げると、急いでグラウンドへと駆けだした。



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