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  恋愛相談(2)

本日3話まとめて更新しております。

これはその2話目です。

「司先輩、お疲れ様です」


 飲み会が始まって、はや2時間。先輩の隣にいた部員が席を立ったのを見て、その場所に腰を下ろす。


「小太郎、色々と悪かったな」

「いえ、俺は何も。――香奈ちゃんから話を聞けましたか?」

「あぁ、ここに来る前に全部吐かせた」


 来るのが遅いと思っていたら、やっぱり先に説教を済ませてきたらしい。

 変わらない二人の姿に、何だかほっとしてしまう。


「もう大丈夫だとは思いますが、また俺に何かできることがあれば、いつでも言ってくださいね」


 この二人が上手くいってくれることは、俺と咲良の願いでもあるから。


「あぁ」


 司先輩が笑みを浮かべて頷く。その時また先輩の背後で、さっき先輩に睨まれたばかりの守が性懲りもなく香奈ちゃんの肩に手をのせ、こそこそと顔を寄せるのが見えた。


「……今日、守のやつ何か変じゃないですか?」


 もともとあまり頭のまわる方じゃないけれど、ここまで学べないやつでもない。


「女ができたせいだろ」

「女!?」


 いつの間にそんなこと……。もしかして最近二人が親しくしているという、あの法学部の女の子だろうか。


 司先輩が酒の入ったグラスに手を伸ばす。ちょうどこちらの会話が途切れたこともあって、小さいながらも少し怒ったような香奈ちゃんの声が耳に届いた。



「守、最低! 元気になったかと思えば、付き合った初日に心配することがそれ!?」

「しょうがねぇだろ、男なんだから! 頼む、香奈! こんなこと聞けるのお前しかいないんだよぉ」

「小太郎に聞けばいいじゃん。それか間宮君や先輩たちにさ。経験豊富な人はいくらでもいるでしょ」

「やだね。絶対バカにされるに決まってる」



 一体何の話をしているんだろう。経験豊富? 

 気になったのは俺だけじゃなかったらしく、司先輩もグラスを持ったまま耳を傾けているようだ。



「七海ちゃんも付き合うのは初めてって言ってたしさ、そこらへんやっぱ俺がしきっていかなきゃだめじゃん?」 

「それはそうかもしれないけど……。私、先輩としか付き合ったことないし、普通がどうとか聞かれても分かんないよ」 

「じゃあ、お前の場合どうだったかだけを教えてくれればいいからさ。あれか? やっぱじわじわと段階を経てそうなったのかよ。いきなりキスとかじゃなくってさ」



 思わず吹き出しそうになり、口元を隠す。


 なにを真剣に相談しているのかと思えば、彼女にどう手を出したらいいのかを尋ねていたらしい。しかも、あの香奈ちゃんに。


 どうしよう。盗み聞きの罪悪感はあるものの、これは正直面白そうだ。



「わ、分かんないけど……やっぱりちょっとずつ進展していくほうがいいんじゃないかな。その、手をつないだりとかから? 七海ちゃん真面目そうだし」

「だよなぁ。くそ、手ぇつなぐとかこっぱずかしいな、おい」

「私の前でも平気でエッチな本見たりオナラしたりできるくせに。守の恥じらいポイント、絶対おかしいって」

「やっぱお互い自宅通学ってのが痛いよな。大学の中なんて誰に見られてっかわかんねぇしさ。……なぁ香奈、今度香奈の部屋貸してくんない?」

「絶対やだ。人の部屋で何する気!?」

「ケチ。――なぁなぁ、女の側からしたらさ、付き合ってる男からキスされる時ってどんな感じ? お前、先輩と初めてキスしたときどう思った?」 



 咄嗟に司先輩へと目を向ける。

 

 香奈ちゃんのことを考えたら、もうこの辺で止めてやるべきかもしれない。だけど絶対に聞こえているはずの司先輩は、素知らぬ顔で口をつぐんだまま。


 これはもしかしなくても、もう少し聞きたいというサインだろうか。



「い、嫌とかは思わなかったけど……」


 守の押しに負け、人の良すぎる香奈ちゃんが弱りきった声で答え始める。


「思わなかったけど?」

「……心臓がバクバクして……」

「バクバクして?」

「……息が苦しくなって」

「苦しくなって?」

「……心の中で、ずっとギャーって叫んでた」



 今度こそ吹き出す。同時に司先輩からも笑いをこらえるような声が漏れ、目が合った瞬間二人して笑ってしまった。


「まるで中学生の恋愛相談みたいですね」

「あぁ」


 俺たちに聞かれているとも気付かず、二人の会話はまだ続く。



「ギャーって何だよ。ほんと色気ねぇな、お前!」

「守に言われたくないし! ってか、人がせっかく恥ずかしいこと答えてあげたのに、その態度ってどうなの!?」

「ごめんごめん。じゃああと一つだけ。お前も司先輩が初めての彼氏だったわけだろ。先輩って付き合ってどのくらいで手を出してきた? キスで3カ月ぐらいか?」

「あ」

「なんだよその顔。もしかしてもっと早かったとか?」

「……」

「1か月」

「……」 

「1週間」

「……」

「その日かよ!?」

「わ、わかんない」

「はぁ?」

「……あの時、ラグビー部の人に沢山お酒を飲まされていて……酔っぱらって朝起きたら、なぜかもう先輩と付き合うってことになってたの。だから付き合ったその日が初めてなのか、前の日にもうしてたのか、よくわかんない」

「……すげぇな、司先輩ってやっぱ足だけじゃなく手も早いのか。まさかあっちまで早いなんてことは――」


 ビタンッという音を立て、香奈ちゃんの手が守の口を覆う。


「もうちゃんと答えたでしょ! この話はおしまい!」

「痛ってぇ! 待て待て、こっからが重要なんだから! 場所はどこだよ、先輩かお前の部屋? どんな流れでそうなった?」 

「もうやだ。絶対答えない」

「頼む香奈! どうやってそういう雰囲気に持ちこむかってとこが一番重要なポイントだろ? 教えてくれよー」


 守の声が大きくなってきたせいか、周りの部員たちが二人の様子に気づき目を向け始める。さすがに見かねたのか、司先輩がやっと口を開いた。


「守、いい加減にしろ。情けない」

「げっ、司先輩!」

「まっ、まさか今の聞いて……!?」

「初めての女ができていっぱいいっぱいなのは分かるけどさ、お前本当に香奈ちゃん頼りすぎ。少しは自分で何とかしろよ」


 俺もそう付け足すと、周りの部員たちが一斉に騒ぎ出した。



「守に女? マジで!?」

「何だよ、何の相談だ? 水臭いな、俺たちがいくらでも聞いてやるぞ!」

「い、いや、俺は別にその……!」

「どうやってキスできる雰囲気に持っていけばいいのかを教えてほしいそうですよ」


 仕返しのつもりだろうか。この手の話が苦手なはずの香奈ちゃんが、まだ頬の赤みを残したまま憮然とした顔で暴露する。


「香奈、てめぇ覚えとけよ!」

「キスの雰囲気ぃ? んな細かいこと気にすんな。強引に行け、強引に」

「そんなこと言われても」

「なら、ちょうどここに一組本物のカップルがいるじゃないですか。守さん、実演してもらったらどうですか?」


 二年生RB三村の言葉に、その場が一瞬で凍りつく。

 それもそのはず。ここにいるカップルといえば、司先輩と香奈ちゃんでしかありえない。


「バカ、三村! お前何言って……!」

「いいじゃないっすか、キスぐらい。この際たっぷり見せつけてやってくださいよ。くだらない噂を吹き飛ばすためにも」


 そういえば、面白半分の噂に腹を立てていたのは雄大だけじゃなかったか。


 おい三村、と焦ったように声を荒げる中野先輩を、酒の力を借りた三村が負けじと睨み返す。そしてそんな二人を黙って見つめる司先輩……。


 これはもう、噂の出所まで全部バレたかも。



「――三村、人のキスシーンなんか見て楽しいか?」


 司先輩の淡々とした問いかけに、三村がぐっと歯を食いしばる。


「楽しいっすよ。二人が仲良くしてる姿を見ると嬉しいっす」


 完全に目が座っている三村を見て、司先輩が微かに口元を緩めた。



「守」

「はい!」

「香奈」

「はい!?」


 名前を呼ばれた二人が同じように司先輩を振り返る。すると先輩はいきなり香奈ちゃんの体に腕を回し、ぐっと自分の方に引き寄せた。


「「「――っ!!」」」


 あとほんの数ミリで唇が触れあうという、ギリギリのところ。

ぴたりと動きを止めた司先輩が、呆然と目を見開いて固まっている香奈ちゃんを腕で支えたまま、守に目を向ける。


「――わかったか?」


 驚きすぎて言葉の出ない守が、口を開けたままコクコク頷く。


「こんなの余裕だろ?」


 めずらしくいたずらな笑みを浮かべた司先輩と、情けない顔になって首を横に振る守。


 唖然として眺めていた部員たちから、どっと歓声が沸き起こった。




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