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  春の訪れ(5)

すみません、長すぎる部分を二つに分けたので、今回短いです。

 香奈ちゃんたちと飲み会をしたという水曜日を境に、今度は守君の様子がおかしくなった。


 誰かからの連絡を待っているのか、授業中も昼寝をすることなく、深刻な顔で何度も何度も自分の携帯を確認している。そして金曜日の今日は、なぜか香奈ちゃんの携帯まで気にしているようだ。


 飲み会のことはあえて何も聞かないようにしていたけれど、何か大変なことでもあったのだろうか。

 直接聞いてみれば教えてくれるのかもしれないけれど、私にそんなことができるわけもなく、ただ二人の邪魔にならないようにと口をつぐんでいた。



「ねぇ、七海ちゃん。よかったら今度メールとかしてもいい? アドレスを教えてもらえたら嬉しいんだけど」

「あっ、うん、もちろん」


 ふいに香奈ちゃんからそんなことを言われ、慌てて携帯を取り出す。

 焦っていたせいか手を滑らせてしまい、携帯が床へところげ落ちた。


「あっ」

「七海ちゃん、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫。ごめんね」

「じゃあ、赤外線で――って守、なんでまた私の携帯いじってんの!」


 なぜか守君の手に香奈ちゃんの携帯が握られているのを見て、香奈ちゃんがそれを奪い返す。


「いや、司先輩からメール来てないかなと思ってさ」

「こんな昼間に来るわけないじゃん! いま仕事中だよ?」


 どうにも落ち着かない様子の守君に、香奈ちゃんが呆れたような眼差しを向ける。

 それがとても可哀想に思えて、小さくため息をついた。


 守君はどうしてそこまで香奈ちゃんの心配をするんだろう。

 以前は恋人同士と思っていたものの、こうして近くで見ていたら、香奈ちゃんが守君のことを全く恋愛対象で見ていないのは明らかだ。

 守君だって、そのことに気付いているはずなのに……。


 香奈ちゃんがわざと守君から離れた場所に携帯を置き直す。守君はしばらくそれを気にしていたものの、やがて諦めたようにいつものお昼寝体勢に入った。


 何でこう、上手くいかないのかな。

 自分の好きな人は他の人を想っていて、いつまでたってもその気持ちは一方通行のまま。

 無理だって分かっていても、なかなかその気持ちを他に向けることができない。


 振り向いてくれたらいいのにな。

 私だったら、守君が想ってくれる分だけ、ちゃんと返すことができるのに。


 もやもやだらけの情けない顔も、少し俯くだけでメガネと伸びた前髪が隠してくれる。


 やっぱり、もう二人からは離れようかな……。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと先生の声に耳を傾けた。





「守、起きて。部活行くよ!」

「うーん」

「はーやーく」

「んきゃっ!!」


 今日最後の授業が終わり、香奈ちゃんがいつものように守君の脇腹をギュッと掴む。

 以前はずっと遠くの席から、そして最近はとても近くで、もう何度も見た光景だ。


「その起こし方はやめろって!」

「だってこれが一番手っ取り早いんだもん。ねぇ、七海ちゃん?」


 なかなか起きてくれなかったバスの中での守君を思い出し、苦笑してしまう。その時、机の上に置いてあった香奈ちゃんの携帯がふいに鳴りだした。


「あれっ、司先輩からだ」

「えっ、マジで!?」


 香奈ちゃんが驚いた様子で携帯を手に取り、耳に当てる。

 聞き耳を立てようと素早く守君が顔を寄せたけれど、香奈ちゃんの手のひらで容赦なく鼻を潰されながら遠ざけられた。


「……もしもし?」


 香奈ちゃんがおそるおそると言った感じで呼びかける。


「あの、たった今授業が終わったばかりで、まだ講義室に……」


 妙に張りつめた空気の中、香奈ちゃんが相手の声に耳を澄ませる。そして何を言われたのか、少し悲しげに眼を伏せた。


「……そうですか。分かりました、電話はやめておきますね。……楽しい飲み会になるといいですね」


 飲み会? 

 なぜか守君が険しい表情になり、きゅっと唇を噛みしめる。


 本当に何があったの? そんなに深刻な出来事だったの?

 電話が終わったら、今度こそ勇気を出して聞いてみよう――そう決心して二人に目を向けた時、まだ何か話していた香奈ちゃんがいきなり教室のドアへと向かって走り出した。


「おい香奈、どしたっ!?」


 守君の呼びかけにも振り返ることなく、香奈ちゃんは廊下へと飛び出して行く。 

 すぐに後を追った守君が、ドアを出ようとして慌てて中に戻ってきた。


「ど、どうしたの!?」

 部屋を出ていく学生たちの邪魔にならないよう、守君と二人、ドアの横で小さくなる。


「……先輩が来てる」

「先輩って、香奈ちゃんが付き合っている人のこと?」

「あぁ。……ヤバいな。かなり怒ってるわ、あれ」


 守君が自分のことのようにため息をつき、頭をガシガシとかく。そしてまた心配そうに顔を出し、二人の様子を窺った。

 どこまでも一途に、香奈ちゃんだけを見守り続ける守君の姿に、胸が苦しくなる。


「……守君、もうやめなよ」


 すっかり人のいなくなった教室で、小さくそう呼びかける。


「んー?」


 一応返事はしてくれたものの、守君は香奈ちゃんの姿を見つめたまま。私のことなど振り返ろうともしてくれない。その姿に、涙がぽろりと零れ落ちた。


「……私じゃ、だめですか?」

「え?」

「私は……守君のことが大好きです」


 ドアが、ガタガタッと音をたてる。

 顔を伏せていて見えないものの、守君が勢いよくこちらを振り返った気配がした。


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