春の訪れ(3)
もともといくつも同じ授業を取っていたこともあり、その日から二人とはよく顔を合わせることになった。
守君の彼女はとても気さくな人らしく、守君が傍にいない時にも私を見かけると笑顔で声をかけてくれる。
でもそのたびに、守君への想いを見透かされているような気がしてしまって、正直いたたまれない気持ちになっていた。
そんな日がしばらく続いた頃――
「ねぇ、七海ちゃん。よかったら一緒にお昼行かない?」
いつものように挨拶だけ交わして逃げようとした私を、守君の彼女が呼び止める。
「いえ、私は……」
「一人だとつまらないだろ? 一緒に行こうよ、七海ちゃん」
どうして、いつも一人で食べていることを知っているんだろう。
守君にまで気を使われてしまい、うまい断りの言葉が見つからず、仕方なく頷いた。
「どこで食べよっか。七海ちゃんどこか希望ある?」
「ううん、二人がいいところで……」
「んじゃ、今日は天気がいいから外で食うか」
守君の一言で、学食の二階にある購買でお昼ご飯を買い込む。
図書館横の芝生に来ると、日陰になっている場所を見つけ、3人で座り込んだ。
「今日は風がきもちいいね。でもお弁当のふたを飛ばされそうだなぁ」
彼女さんが体に似合わず大きなお弁当に手をつける。守君もやっぱり大きなお弁当に加え、おにぎりとパンまで買っていた。
「七海ちゃん、ご飯たったそれだけでいいの?」
おにぎり一つと飲み物だけの私を見て、彼女さんが目を丸くする。
「うん、あんまり食べられないから」
「やっぱ、普通の女の子はこうなんだな。お前が食いすぎなんだって、香奈」
「仕方ないじゃん。これぐらい食べないと、清田先輩に言われている目標体重を維持できないんだもん」
「お前、まだ清田主将の指示を受け続けてんのか?」
「指示ってほどじゃないけど、たまに会ったり電話で話したりすると、必ず体重をチェックされる」
「んなもん、適当な数字を言っておけばいいだろ? しかしここまでくると、一種の病気だな、あの人」
――清田先輩って誰だろう。……病気って?
気になりつつも、盗み聞きしていると思われるのが嫌で、俯いたまま黙々とご飯を食べる。
もちろん目の前に座っているんだから、聞こえているのはバレバレだと思うけど。
……どうして私、ここにいるんだろう。
「あの……私、お邪魔じゃないですか?」
どうしようもなく居心地が悪くて、そう声を掛ける。
「邪魔?」
二人が同じように首を傾げた。
「あっ、分かった! もしかして七海ちゃん、勘違いしてる?」
彼女さんが、はっと顔を上げる。
「えっ?」
「私と守、付き合ってないよ。ただの部活仲間なの」
「部活……仲間?」
「うん。まだ自己紹介してなかったよね。私、平川香奈といいます。アメフト同好会のマネージャーをしているんだ! そういえば守からこの前聞いたんだけど、アメフトのみんなが七海ちゃんに嫌な思いをさせちゃったことがあったんでしょう? 本当にごめんね」
嫌な思い……もしかして、あの時偵察と間違われちゃったことかな?
「ううん、大丈夫。私こそ、練習の邪魔をしちゃったみたいで……」
「あのあと、今やんがすっげー気にしててさぁ、女の子泣かせたって」
守君がククッと笑う。
「今田君が? 気付かなかったなぁ。でもどっちかっていうと、守と今田君の役割が逆だよね」
「逆?」
「守が無神経なこと言って女の子を泣かせて、今田くんが紳士的に慰める」
「オイコラ――」
「そんなことないよ! 守君すごく優しかったし、無神経なんて!」
思わずそう声を上げたあと、はっと我に返った。
――あぁ、私ってばなんてことを言っちゃったんだろう。香奈ちゃんは冗談で言ったに決まっているのに……。
守君がそうだろそうだろと満足げに笑う横で、香奈ちゃんはまだ目を丸くしている。
でもしばらくすると、とても嬉しげに微笑んだ。
「そうだね。結構優しいよね、守って」
「う、うん……」
「これで、もうちょっとしっかりしてくれたら言うことないんだけどなぁ。たまたま学部が同じだったばっかりに、毎日面倒みるのが大変だよ、もう」
「なんだよ、その迷惑そうな言い方は!」
ため息をつく香奈ちゃんを、守君が拗ねたように睨み付ける。
「……私、二人はすごく仲がいいから、てっきり付き合っているとばかり……」
「そりゃ、毎日朝から晩までほとんど一緒にいるからね。仲はいいのかもしれないけれど、もうほとんど家族みたいなものだよ。……今まで何となく七海ちゃんに避けられているのかなって思ってたんだけど、気をつかわせちゃってたんだね。嫌われているわけじゃなくて良かった」
香奈ちゃんが安心したように微笑む。
「香奈と恋人ってのはないなぁ。仮に司先輩がいなかったとしても……うん、やっぱ無理」
「なんでだろう。ありえないのはお互い様なのに、守に言われるとやけにムカつく」
お茶を片手に、しみじみ「ないわー」と首を振る守君を、香奈ちゃんがじとっと睨んでいる。
「あの……今言ってた、司先輩って?」
「あぁ、こいつ生意気にも彼氏がいるんだよ。またいい男なんだ、コレが。奇跡だな!」
「守は彼女いないけどね。生まれてこのかた、一度もできたことがないけどね!」
「うるせぇ、余計なこと言うな!」
守君がいきなり香奈ちゃんの首に腕をかけ引き寄せる。バランスを崩した香奈ちゃんの頭が守君の胸にトンとぶつかり、まるで後ろから抱きしめられているかのように守君の腕の中に納まった。
どう見ても恋人同士そのものの光景に息をのむ。
その時急いでお弁当を地面に置いた香奈ちゃんが身をよじり、守君の両脇をガッと掴んだ。
「んぎゃっ、ギブギブ!」
「いきなり首絞めるのはやめてよね! お弁当落ちちゃうでしょ!」
「はい、ごめんなさいっ!」
守君が慌てて手を離す。香奈ちゃんはムッとした顔で身を起こすと、ぼさぼさになった髪をさっと直し、何事もなかったかのようにお弁当を食べ始めた。
びっ……びっくりした。
今のって、ただの冗談だよね? 別に香奈ちゃんを抱きしめようとしたわけじゃなくて、じゃれあっていただけで……。
自分がされたわけでもないのにドキドキが止まらなくて、こっそり息を整えた。