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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
誰がために
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末妹の異常2

「これが塗り薬。あと、万が一熱が出るようならこっちを飲むように、それと毎食後にはこの錠剤を飲むように、伝えておいてください」

 ぽんぽんと応接間のテーブルに薬が並べられていく。塗り薬はなんだか嫌な色合いの液体で、解熱剤は幾種類かの薬草をすり混ぜて作った粉末、そして食後の錠剤はどろりと粘っこく、血のようなルビー色をしている。

「今、本人は上で休んでいるので、サランが起きたらそう伝えてください」

「ああ、すまないな」

 薬を一通り眺め、ふとアークは顔を上げた。

「そうだ、わざわざ出張してきてもらったんだ。薬の代金は……」

「いりませんよ。あなたのためというより、妹のためですから」

 さっくり拒否し、ユイは薬箱を抱えて立ち上がった。

「ご存じの通り本来ならば我々は累進課税制度を採用しているので、あなたのような貴族からはしこたまぼったくるのですが。……ただし、サランのことは今以上に気遣ってあげてください」

 「しこたまぼったく」られずに済んだアークは曖昧に笑い、軽く手を振った。

「外に馬車を待たせている。では、気を付けて帰ってくれ」

「ええ、では」


 馬車に揺られながら、ユイは一度だけ背後を振り返った。しっかりした塀に囲まれたフォード領主館がどんどん小さくなり、やがて見えなくなるまで見送り、再び前を向く。

「……ひょっとして……」

 小さなつぶやきは御者の耳にも届いたらしい。安否を問う御者に短く返事をし、ユイは考え込むように腕を組んだ。


「アーク、サランさんはどうだったの?」

 ユイが帰り、テーブルの上の薬をまとめていると背後から母の声が掛かった。心配そうに目元を暗くし、伺うようにこちらを見つめている。

 公妃は相変わらずサランをかわいがっており、今回の一件でも何かと気を揉んでいた。正直、彼女にできることは皆無に等しかったが、気を回してアークの仕事を夫に押しつけたり、使用人に命じて体にいいものを作らせたりと、彼女なりに(将来の)嫁を気遣っているようだった。

 アークは肩の力を抜き、安心させるように母にほほえみかけた。

「ユイ殿に看護を頼みました。このように、薬も幾種類か譲ってもらったので、サランに届けてきますね」

 そう言い、瓶やら紙包みやらの薬を一気に抱えてサランの部屋に向かう。階段を上がってから、この状態ではノブを回せないことに気付くがそこは気合いでカバー。肩を突き出し、右の肘でノブを回して部屋に入る。

 サランは先ほどとほぼ同じ位置で、今回は本は手元になく、ぼんやりと所在なさげに座り込んでいた。視点が定まっていないのか、何もない部屋の角をじっと見つめているようだった。

 服は、ちゃんと着ているようだ。目で確認し、アークはサランに声を掛けた。

「やあ……どうだ? 少しは楽になったか?」

 さっと、アークを振り返り見るサラン。その腕の中の大量の薬品を見、アークの顔を見、ちらと窓の外を見……。

「姉様は……もう帰られたのですか?」

 外で馬車の音が聞こえないほど、意識が遥か宇宙へと吹っ飛んでいたのだろうか。アークはそこにはつっこまず、頷いて薬をチェストに並べた。

「先ほどな。特別に薬代は免除してくれたぞ。ユイもサランのことを気に掛けていたようだ」

「……そう、ですね」

 端切れ悪く相槌を打ち、サランは目を伏せた。

 先程からうすうす思っていたのだが、どうもサランは姉に来てほしくなかったようだ。 早朝、アークが屋敷を出発した時も「気になさらないでください」と止めようとした。街の医師が来た時は平気そうな顔をしていたのだが……。

 何か、自分に言えない事情があるのだろうか。アークが目を上げると、サランの茶色の目と視線がかち合った。恥ずかしいのか、サランの方から目を反らした。そのほおが赤く染まっており、たまらない愛おしさが胸に迫ってくる。

 二週間前までは、サランは「大切な」存在だった。怪我させてはいけない。苦労させてはいけない。悲しませてはいけない。だが今は、「愛おしい」と感じることが多くなっていた。ふとした仕草や表情、言動の一つ一つが愛おしく、胸が温かくなるような思いがする。

 だからこそ、自分には言ってほしかった。いや、自分がだめならば心の許せた姉弟子たちにでも。

 それさえ、今のサランは拒絶しているようだった。むしろ、自分に親しい者に対して思いを隠し、真実を知られることに怯えているような……。

 さらりとした茶髪に、柔らかな日光が降り注ぐ。直射日光を浴びて金色に輝くその髪に触れ、アークは優しく声を掛けた。

「……もし、気が向いたらでいいから、今の気持ちを俺に言ってくれよ」

 再び、茶色の目が持ち上がる。その視線を離すまいと、アークはじっと、目の前の女性を見つめる。

「君にはずっと、気苦労をかけてばかりだ。だからこそ、君を大切にしたい。我が儘でもいいから、遠慮なく言ってくれたら嬉しい」

 サランの目が大きく見開かれる。一度二度、何か言いたげに口が開閉され……再び、ふいっと目が反らされた。

「……お気遣い、ありがとうございます」

 目を反らしたまま言うサラン。まるで、自分の本意を隠そうとしているかのように。

「何かありましたら……アーク様や奥様に報告致します。ご迷惑を、お掛けしました」

「……いいんだよ」

 今は、これ以上追求するのは無理だろう。アークは立ちあがり、テーブルに並べた薬品を手で示した。

「ユイから薬を預かっている。錠剤や塗り薬で……あっ、どれがどれか忘れた。サランは……ユイから聞いているか?」

「はい、一通りの説明は受けました」

 順に薬瓶を見、こっくり頷くサラン。ユイ、との名を聞いてまた目元が暗くなったように見えたのは、気のせいだろうか。

「ありがとうございます、アーク様。もう少し、横になっていてもよろしいでしょうか」

「もちろんだ。ゆっくり、休んでくれ」

 さっとアークは一歩下がり、ベッドに横になったサランにほほえみかけた。

「それではな、サラン。俺は下にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「……はい」

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