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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
誰がために
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末妹の異常1

「あら、お久しぶりですわね」

「ん? 私としては二週間ぶりくらいね。どう、少しは発展した?」

「ふむ……私としてはサランに会いたかったのですが、公子殿一人のようですね」

「発展? ちょっと姉様、それってどういうこと?」


 相変わらずこの家の女は姦しかった。


 アークは挨拶するなり口々に好き勝手のたまう女性らを一瞥し、肩をすくめた。

「……ああ、久しぶりだ。急に邪魔して悪い」

「いえ、お気になさらず」

 シャルロットは優雅に微笑み、読みかけていた魔道書に栞を挟んだ。

「しかし……ユイの言うことももっともです。サランは一緒ではないのですか?」

 シャルロットの質問に、アークは一気に表情を暗くした。どうやら今日、アークが一人でこの家を訪問したことと関連があるのだろう。

「えー? まさかあんた、サランを泣かしたとか?」

「はぁ? それが事実なら許さないわよ、シャイボーイ!」

「テディも姉様も落ち着いてください。そう髪を逆立てないで」

「そうですわ。……さあ、サランに何があったのですか?」

 やはり口々に思い思いのことを言う四人。こいつらに事実を話してよいのだろうか、相談相手を間違えただろうかと若干自分の身にかかる不幸を感じながら、アークは口を開いた。

「……最近、サランの体調が悪いそうなんだ」


「おめでたですね」

「あら、おめでただったの」

「まあ。ずいぶん早く懐妊したのですね」

「え? でもそれって、ずっと前にやることやってんじゃ……」

「違う!」

 多分そう言われるだろうと身構えていたので、速攻否定するアーク。

「よしんばそうであったとしても、おまえたちに相談するはずないだろう!」

「そりゃそうね」

「だったら何なのー?」

 切り替えの早いセオドアが問う。案外四人の中ではこの、格闘少女が一番物分かりがいいのではないだろうかとアークは思ったりする。まあただ単に、一つの物事を深く考えるのが苦手なだけかもしれないが。

「……特にこれといった仕事はさせていないのに、サランの疲れが酷いんだそうだ。医者に診てもらったら、体中に疲労がたまってるってことで……」

 豊かな巻き毛を揺らし、シャルロットは小首を捻る。

「ということは、精神的疲労ではなくて、肉体的疲労なのですね。重労働をさせたり長時間歩かせるなどした場合の疲れ、ということでしょうか」

「ああ。だがもちろん、力仕事はさせないし無理に歩かせたりしない。サランには好きなように散歩したり、街に出かけさせたりしているのでな」

 うーん、と一同首を傾げる。一人ハードな筋トレしているセオドアならまだしも、サランがこっそり筋トレするとは思えない。だいたい、サランは運動音痴の部類に入ったはずだ。

「……確かに、これと言った理由が見あたらないのに疲れがたまるようでは、町の医者もお手上げですね」

 そう言い、ユイが挙手した。

「アーク殿、私が妹の容態を見てみましょうか。師匠ほどではありませんが、私も回復魔法や薬湯作りの心得がありますので」

「すまない、そうしてくれると助かる」


 ユイの協力を受け、アークは必要そうな薬品や調合物を馬車に積み、彼女を連れて一旦フォード領の自邸に戻った。現在、タローの家は首都フォルセスの隅にちょこんと位置しているため、以前よりは自邸との往復に時間はかかったが昼前には何とか屋敷に戻ることができた

「サランは自室で休んでいる。午前中は特に、疲れが酷いそうなんだ」

 階段を上がりながら、アークは説明する。

「しかし、全く心当たりがないな……サランは我慢しやすいから、俺には言えない事情があるのだろうか……」

「……そうかもしれませんね」

 短く返し、ユイは胸に抱えた薬品箱をぎゅっと抱きしめた。家に残した姉たちやセオドアの手前、皆が納得いくような結果を自分がはじき出さなければならないのだ。しかも、相手は自分たちが可愛がっている末妹。

 しくじる、という言葉が脳内の辞書にないユイだが、今ばかりは両手の平が汗でぬめり、アークに悟られないようこっそりとローブの裾で手を拭った。


 サランはベッドに腰掛け、魔道書を読んでいた。ある意味、いつも通りの風景であったといえよう。

「帰ったぞ、サラン」

 ドアを開けてアークが声を掛けると、サランははっと顔を上げて嬉しそうに微笑む。

「はい、お帰りなさいませ、アーク様」

 なんだかすっかり夫婦っぽくなったようですね。心の中だけでつぶやき、ユイは一歩前に出た。

「久しぶりですね、サラン。アーク殿に尽力すべく、急いで来ました」

「姉様……本当に来てくださったのですね」

 そう、サランはにっこりと微笑むが。

 ……ん?

 姉妹弟子の様子を見ていたアークは、ふと目を細めた。ユイの姿を見た瞬間、わずかにサランの目線が泳いだ気がしたのだ。姉弟子が来たことに、動揺しているような……。

 幸か不幸か、ユイはその様子に気付かなかったようで、サランをベッドに寝かせると妹の額に手を当てた。いつもサランがアークの疲れを癒す時にするのと、ほぼ同じ動作だ。

 しばらくうつむいて呪文詠唱していたユイだが、間もなく苦々しげに息を吐いた。

「……本当。酷い疲れがたまっています。どうしてこうなるまで黙っていたのですか、サラン」

 目をつり上げた姉弟子に叱咤され、ベッドに横たわっていたサランはばつが悪そうに目線を反らした。

「……皆に、迷惑をかけると思ったのです。それに、これくらいなら寝れば治るだろうと……」

「事実、寝ても治らないどころか日を重ねるごとに症状が悪化しているのでしょう?」

 いつになく厳しく、責めるような口調のユイ。手を離し、脇に置いていた薬箱の留め金を探って蓋を開ける。

「アーク公子、できるかぎりの治療はしてみせますので、任せてください。終わったら下に降りるので、ちょっと席を外してください」

「だが、俺はサランがどうなるのか気が気でならないのだが……」

 退出を断ったアーク。だがユイは軽く鼻を鳴らし、じろりと眼鏡の奥でアークを振り返り見る。

「……残っていたいのならお好きなように。ただ、湿布代わりの薬を塗るのでサランには服を脱いでもらいます。それを見る覚悟があるなら、どうぞご自由に」

 そんなことすれば、サランが羞恥で死んでしまうでしょうけれど。と小声で付け足すと、とたんにアークはかあっとほおに血を上らせ、足下をふらつかせながら一歩後退した。

「! そ、そうか……すまん、では俺は失礼する。よろしく頼む、ユイ!」

 そう呂律も怪しげに言い、逃げるように部屋を出て行ったアーク公子。やはりそこまで二人の仲は進展していないということなのだ。ちょっぴり残念に思いつつ、ユイは薬の調合を始めた。

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