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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
小さな一歩、始めよう
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彼女にできること1

 お屋敷では、公爵一家様は一緒にご飯を召し上がるそうです。これは上流階級では滅多にないことで、フォード家がその異例に当たるそうだとか。

 私も居候の身ですが、食事はご一緒させてもらっています。私に宛われた部屋にも小さな給湯台やキッチンはあるのですが、公妃様が熱心に薦めてこられるので、僭越ながらアーク様のご家族の輪に加わらせていただいています。

 今日もまた、四人で食卓を囲むことになるかと思いきや。

「私たちは今夜、ファヴェール地方の諸侯たちと食事会があってだな」

 夕刻、立派な式典服を着込まれた公爵様がおっしゃいました。

「妻と私で隣町のレストランに行くのだ」

「ごめんなさいね、サランさん。あなたを連れて行くことができなくて」

 公妃様がおっしゃいますが、とんでもない! たとえ公爵様のご要請でも、私なんかが参上できるような場所ではありません。

 そう申し上げると、公妃様はふわりとお笑いになります。

「本当にごめんなさいね。だから今晩は、あなたとアークだけで夕食を食べてもらいたいの」

 少し離れたところで書き物をしてらっしゃったアーク様と目が合います。アーク様は事前にお聞きになっていたのか、どこかばつの悪そうなお顔で私を見つめてきました。

 ……あ、ひょっとしてこれも公爵様たちのご厚意でしょうか? 私とアーク様が二人きりになる時間を設けようと……。

 どうやらアタリのようです。公爵様はにこっと、心得たように私に笑いかけなさいます。

「安心したまえ、食事はメイドが作るし、何かあれば使用人に伝えてくれればよい。ではな。アークと仲よくするのだぞ!」

 ……すみません、最後の一言はちょっと余計でした……ほら、アーク様が眉間に皺を寄せてらっしゃいます……。


 公爵様も公妃様も、ご機嫌で馬車に乗って出発されました。あれ、そういえばお二人ともいつ頃帰ってこられるのでしょう?

「……きっと夜中まで帰ってこないだろうな」

 私の心の声が聞こえたのか、アーク様は前髪を掻き上げておっしゃいます。どことなくその手の動きがなまめかしくて、ドキッとしました。

「たとえ早めに会議が終わっても、どこぞで遊び回るんだろうな……まったく、その間公務を押しつけられる俺の身にもなってほしいよ……」

 呆れたような、疲れたような声色のアーク様。そういえば、今日昼頃にリンリン姉様がいらっしゃって、伯爵様もお帰りになって、それからずっと応接間で山のように積まれた書類と格闘されているようです。今、私は公爵様から呼ばれたのでここに下りてきたのですが、さて、これからどうすべきでしょうか……。

 上に戻ろうか、ここに留まろうか。顎に手を当てて思案していると、私が立ちぼうけなのを見かねてか、アーク様がおっしゃいます。

「……サラン。暇なら……座ったらどうだ?」

 書類を手にして、優しく微笑むアーク様。心なしか、少しだけほおが赤くなっているようです。

「立っているのも何だろう。もし、上で本を読んでいる方がよいのなら止めはしないが……」

「あ、いえ! お言葉に甘えさせていただきます!」

 本は後でも読めます。でも、アーク様からのお誘いなんて滅多にないもの。私はそそくさと、アーク様の向かいのソファに座りました、が……。

「……俺としては、こっちに来てほしかったんだが」

 と言い、自分の隣の空いた場所をぽんぽんと叩くアーク様。つまり、隣り合わせに座れと。

 ううう……向かいなら全然平気なのに、隣になると一気に緊張します……。だって、身内外の男の方が隣に座るなんて、今までなかったんですよ。あ、師匠は除いて、ですが。

 でも、アーク様がそうおっしゃるんですもの。私は腰を上げ、書類が積まれたテーブルを回り、アーク様の隣にぽすんと座りました。張りのいい革張りのソファは弾力性があって、お尻がぼよんと浮き上がりました。

 ……こんな近くでアーク様の顔を見たのは、本当に久しぶりです。一ヶ月前、アーク様に手を引かれて師匠の家を出た、あの時以来です。

 わあ、男性なのに睫毛が長いです。お肌もきれいで……うう、神様は本当に不公平です。

 アーク様は身分もお顔も武術も長けていらっしゃいます。少しくらい……私にも何か分けてほしかったです。だって、こうやって並んでいても……男性であるアーク様の方がずっとおきれいで、品があるんですもの。あっ、しかもいい香りがします……香水でしょうか。シャリー姉様とリンリン姉様がお持ちのものよりも、ほのかで控えめな香りですが……。上流貴族になると男性も、コロンを付けるのですね。はぁ、自分とアーク様の次元の違いをひしひしと感じます……。

 不躾なほどの私の視線を感じたのか、書類に印を押していたアーク様がふいに振り向きました。うっ! 不意打ちで間近でお顔を見てしまいました! とってもきれいです!

「サラン……そんなに見つめられると俺も緊張するよ。俺の観察はそんなに楽しいかな?」

 楽しいっていう問題じゃ……いやいや、そこじゃなくて!

 アーク様も緊張されるのですね。てっきり、私だけが萎縮しているのだと思っていたのですが。

 縮こまった私を見、アーク様はふっと微笑みました。

「ごめん、ここにいても暇だったんだろう? 悪いな。上から本でも持ってこさせようか?」

「あ、いえ、そんなことは……」

 暇だからアーク様観察をしていたのではないのですが……でも、私にできることもないし……あ、そうだ!

 私がソファの上でアーク様に向き直ったためか、アーク様は書類を置いて不思議そうな顔をされました。

「どうかした? サラン……」

「アーク様、目を閉じてください」

 私にできることを、したいのです。

 アーク様はわずかに目を細められましたが、すぐに私の頼み通り、まぶたを下ろされました。うう、やっぱり睫毛が長い……じゃなくて。

 私は左手をアーク様の目の前にかざし、右手を自分の額に当てました。そうして、師匠に教わった通りの呪文を口の中で詠唱します。

 私にできること、それは魔術でアーク様をお助けすること。私の魔力なんてしれたものだけれど、こうやって、アーク様のために使えるなら……。

 大地に含まれる魔法の欠片が、私の声と魔力に応じて引き出され、すっとアーク様の体に吸い込まれていきました。淡い青色の光はアーク様の体に一旦消え、そして再び浮き出して私の体に戻ってきます。

 ……どうやら、うまくいったようです。詠唱を終え、手の平を下ろすと驚いたようにアーク様は目を開けました。

「すごい……今のが魔法か? 体が軽くなったし、頭の中がすっきりするよ」

「はい。疲れを取る魔法です」

 魔法の基礎の一つである、癒しの魔法。師匠に教わり、完璧に使いこなせるようになって花マルをもらって以来、唱える機会がなかったのですが、うまくいったようです。

 アーク様は優しく微笑み、私の右手を握ってくれました。

「ありがとう、サラン。おかげで仕事がはかどりそうだ……。よかったらこれからも、サランがよければ魔法で俺を助けてくれないか? 俺は、君の魔法で……いや、君が側にいてくれれば、今よりずっと頑張れそうなんだ」

 私にとっては……これ以上ない嬉しいお言葉です。私も、アーク様のお役に立つことができるんです……!

「はい、もちろんです!」

 アーク様は笑います。私の大好きな笑顔で……笑います。


 アーク様が笑ってくださるなら……何だって致します。

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