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公子様と魔女の日常  作者: 瀬尾優梨
小さな一歩、始めよう
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彼女の疑問

 皆様、こんにちは。私の名前はサラン・エルーゼです。フォルセス連合王国屈指の大魔術師タロー師匠の一番下の弟子です。……いえ、弟子でした。

 というのも、一ヶ月ほど前から……ひょんなことから出会った、フォード公国の公子でいらっしゃるアーク様の婚約者に抜擢され、フォードのお屋敷に住むことになったのです。

 どうやら、私の知らないところで話はとんとん拍子に進んでいっていたようで、私が席を外している間に婚約の話や嫁候補を選ぶ話までなされていたそうでした。まあ、私は姉様たちよりずっと経験が浅く、新参者なので事情を聞かされなかったのも致し方ないことかもしれません。

 そういうわけで私は追い立てられるようにタロー師匠のお家を出て、アーク様の実家に住まわせてもらうことになりました。といっても、この一ヶ月で劇的な変化があったわけではありません。

 私を連れてアーク様がご帰宅なさると、アーク様のご両親……フォード公爵夫妻様は大変お喜びになりました。メイドさんの話ですと、喜びのあまり二人してフローリングを転がり回ったとか。妙に床がぴかぴかしているのはそのせいだったのですね。

 そして、いきなり転がり込んできた私にも大変優しくしてくださいました。アーク様が「まだすぐ結婚するわけではない」と公言なさって公爵様たちは若干不服そうでしたが……私はほっと胸をなで下ろしました。

 だって、私とアーク様は出会って十日足らずですもの。お互いのことをよく知らないまま、結婚するなんてとんでもないことです。アーク様だってきっと、仕方なく私を選んだのでしょうし、フォード家は現在金鉱発見問題で内部でごたついています。問題が収束し、私とアーク様両者の意見が一致してから、正式に婚約者として発表しようということで決定が下されました。


 あっ、そういえばアーク様のことについて、まだ触れていませんでしたね。今現在私に分かることだけでも、お知らせしましょう。

 私とアーク様が最初に顔を合わせたのは、アーク様がお手洗いを借りにいらっしゃった時。姉様と師匠は家を離れてましたので、私が戸口に出ました。ドアの隙間から少し伺った程度でしたが……内心、はっと息をのむほど驚きました。

 ドアの外に立ってらっしゃったのは、背の高い男性。首の横で緩く結んだオレンジ色に近い金髪と翠の目をなさっていて、青地の乗馬服をお召しになってます。腰に帯剣していることで少し警戒してしまいましたが、優しそうなお顔と低くて耳に心地よいお声で、しかもお手洗いに困ってらっしゃるとのことで。私はアーク様を家にお招きしました。あの時は借金取り扱いしてすみません。リンリン姉様の借金を徴収しに来た輩かと思いましたの。

 それで、アーク様がお手洗いにいらっしゃる間、私はキッチンに戻っていました。もしよろしければ焼きたての胚芽パンをおみやげに差し上げようかと思ったので。そうしていると、戸口が騒がしくなって……。


「たっだいまー! サラン、首尾はどう?」

「ちょと姉様、それは秘密でしょ!」

「そうですわ、リンリン。あの子は一人でお留守番しているのです」

「ですよね。では早速実行致しましょう」

 何やら姉様たちの声が聞こえましたが、遠すぎたのでうまく聞き取れませんでした。

 私が竈からパンを出していると、キッチンにひょっこりとユイ姉様が顔を出しました。

「サラン、ただいま帰りました。どうやらお客が来ているようですね」

 あれ? どうしてご存じなのでしょう……と思いましたが、そういえばお客様は徒歩でいらしゃいました。あの格好で徒歩とは思えないので、きっとどこかに馬や同行人を待たせているのでしょう。師匠のご意向で、現在のお家は広葉樹林の真ん中にありまして、馬では入ることができそうになかったので。

「……ええ。私より少し年上くらいの……かっこいい男の方が今、お手洗いに……」

 私の説明に、ユイ姉様はしっかり頷いてみせます。その背後ではテディ姉様の「計画通り!」との声が聞こえました。しかし、何が計画通りだったのでしょう?

 続いて買い物籠をお持ちのシャリー姉様が顔を出しました。

「分かりました。実は、林の入り口に立派な馬が止められていて……そうではないかと思いましたの。悪いけれど、あの馬を厩に入れてもらえないかしら? あなたが一番、馬の扱いが上手だから」

 やはりそうでしたか。私は嬉しくなり、パンを置いて頷きます。

「はい! では、行って参りますね」

 雑用を任された、と言われればそれまでですが、私は姉様にお仕事を任されたのが嬉しかったのです。私は姉様たちの中で一番未熟者で、雑用くらいしかできないので、故郷にいた頃に父から教わった馬の扱いを発揮できることが嬉しかったです。


 それで、私は仁王立ちする馬をなんとかなだめ、厩に入れ、そして厩舎にいらっしゃったアーク様と一緒に家に戻りました。アーク様はどこかお疲れのようでしたが、晩ご飯を食べていかれるとのことで、また有頂天になっていました。

 ……で。事実を師匠から聞かされたのは、ご飯が終わって……アーク様がお酒で卒倒した後でした。


 私はどうやら、騙されやすくて単純なのだそうです。七日間、アーク様がうちに留まられることになった後、姉様たちから口を酸っぱくして言われました。「あの男のことをしっかり見ておくのよ!」「簡単に気を許してはなりませんわ」と。

 姉様と私は、師匠曰く「アーク公子を巡るライバル」のはずだったのに、なぜか姉様たちはアーク様より私の方に気を遣ってくださるようでした。私としては、姉様の誰かとアーク様が婚約なされば、それはそれでよろしいのでは、と思っていたのですが……。


 結局、七日目にアーク様は私を選んでくださりました。どうしてこうなったのか、未だに疑問符ばかりが浮かぶのですが……。でも、アーク様は醜くて未熟な私を好いてくださったのです。いずれ妻になってほしいと言ってくださったのです。

 そうして私はアーク様に連れられ、慣れ親しんだ家を後にしました。若干の……いえ、かなりの凝りを心に残しながら。

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